手が届くのなら
セインズの記憶を辿る中で、シトラが初めに目にしたのはとある村の様子だった。一見普通ののどかな村に見えるが、隣のセインズの様子が何だかおかしい。
「シーズ、ここは?」
「あぁ、お前は行ったことねえのか。ここはルペチオと呼ばれる村。オレはこの村で生まれて、大人になった。」
そう語るセインズの表情は、とても喜んでいるようには見えなかった。自らの出自に複雑な心境を抱くラヴィーネの姿が、どこか重なって見えた。
「ねぇ、その…ルペチオの村?シーズは好きだった?」
「んあー…好きじゃないことは確かだな。そんで、そこの近くには大きな竜が住んでたんだ。村ができたばかりの頃に、年老いた竜が巣を作ったらしくてな。それ以降、馬鹿な村人たちは竜を守り神と崇めるようになった。」
「守り神…魔物を崇拝してたの?竜に何かしらの恩があるとか?」
「そんなじゃねえ。ただ皆死ぬのが怖かっただけだ。だから、竜を尊い存在として、村を襲わないように生贄を出していた。守り神の一部となれる、名誉なことだって教えてな。」
そのようなことを話していると、目の前の情景に変化が訪れた。厳重に鍵がかけられている扉を開けると、その先には見るも無惨な男性の遺体が転がっていた。彼の苦痛に歪んだ顔を、「誰か」がただ呆然と見ていた。
「オレも…その馬鹿な連中と同じだった。恩師のファーレさんが生贄として亡くなって、千切られた肉片を竜が貪り食う音を聞いて、初めて竜とは何かを知った。あれは守り神なんかじゃない、ただの魔物なんだってな。」
場面が切り替わり、男性の遺体は土の中に寝かせられた。所々が縫われてきれいな状態になっている。遺体に土がかけられている間、村の人達は笑っていた。
ーファーレ様は我らの守り神に魂を捧げたのです。何と名誉なことでしょうか!ー
ーあの人もさぞ喜んでるでしょうね。こんなに安らかな顔をして!良かったわねぇ、羨ましいわねぇ。ー
その中で唯一、必死で涙をこらえている子供がいる。パパ…生贄にされたファーレさんを見つめ、かすかにそう呟いた。きっと男性の娘さんなのだろう。その子の母親らしき人がその子を不思議そうに見つめ、問いかける。
ーどうしたの、リシュア?パパは守り神様とお友達になれたのよ。もっと喜ばなきゃでしょ?ー
ーだってパパはもう…動かないんだよ!何で皆笑ってるの?[まもりがみ]なのに、どうしてパパのことは守ってくれなかったの?ねぇ何で?…うわぁーん!ー
「何これ…狂ってる。」
「そうだな、何もかも狂ってる村だった。ファーレさんのお嬢ちゃんだけが、マトモだったんだよ。例えそれが、どんな結果を招いたとしても…正しいことだった。」
そこまで言うと、セインズは一呼吸置いて目を閉じた。最初に見た村の情景と比べ、葬儀の様子はやけに細かい箇所までハッキリと映っている。恩師の死が、セインズの心のなかに色濃く焼き付いている証拠だ。セインズは暗い顔つきで、続きを話し始めた。
「それから半年後のことだった。村の奴らが、お嬢ちゃんを生贄にすると言い出したんだ。当然オレは反対したよ。でも聞き入れる気がまるでねぇ。」
「それでシーズは、どうしたの?」
「お嬢ちゃんをせめて匿おうと、村の中を無我夢中で走った。直ぐにひっ捕らえられたけどな。裏切り者だとか、悪魔だとか散々言われた気がする。その後は…いい大人がオレ一人に対してのリンチタイムだよ。笑えてくるよな。」
セインズは乾いた笑いを浮かべたが、その目は全く持って笑っていない。その場に座り込み、目線を地面に落とした。
すると再び場面が切り替わり、「誰か」が両手両足を縛られた状態で暗い場所に放り込まれていた。ノッシノッシと嫌な足音が聞こえ、奥からはよだれを垂らした竜が顔を覗かせる。
「この時はマジで焦ったよ。予想はしてたが、本気でオレが生贄になるとは思わなかった。というか状況を理解するのが一番難しかったな。」
その「誰か」は必死に立ち上がろうとするが、パニックになっていて余計に立つことが出来ない。手足の鎖からジャラジャラと音がなり、竜はジリジリと接近してくる。その間に指で魔法陣を描き、風の刃で鎖を破壊した。一部が皮膚に当たり、流血している。
「自分諸共…?よくこんな事できたね。」
「そうしないとここで死んでたからな。仕方ないだろ?」
「それもそうだけど、判断が的確だなっていう話だよ。」
「誰か」は拳から血が出るほど扉を何度も叩いている。その隙を狙い、竜がとてつもないスピードで突進してきた。後ろに倒れ込んで避けると、竜が激突した扉は大きく凹んだ。竜は瞬時に「誰か」の位置を把握し、立ち上がる前に上に飛び乗ってきた。
「オレの何倍もある体が上にあって、余計にビビった。このままだと肋骨がイカれそうで、テンパって足とかを無駄に殴った。そしたらオレの左腕を口で咥えだしたんだぞ、信じられるか?」
左腕に血が滲み、見ているだけで想像を絶する痛みがあるのだとわかる。「誰か」は苦しそうな叫び声を上げ、力ずくで左腕を引き抜こうとした。その瞬間、竜は骨をも噛み砕き、左腕を噛みちぎった。「誰か」はフラフラと走り出し、凹んだ壁を魔法で破壊して外へ出た。村の方から大勢の呼び声が聞こえ、「誰か」に対して火や弓矢が放たれる。それでも、止まるわけにはいかなかった。
「無我夢中で走っている内に、崖から転げ落ちて動けなくなった。大量出血で死を待つだけだったオレは、シィと会い、肉体を共有する契約を交わした。後は、お前の知る通りだ。」
セインズの言葉はそこで途切れ、突然目の前が真っ暗になった。気がつくとそこは、シトラとセインズの精神が共生する場所だった。セインズは気怠けな顔で首を傾げる。
「…こんな話聞いて、お前面白いのか?」
「面白そうだから聞いたんじゃないよ。ただシーズのことを知りたかったから、あたしはそれだけで嬉しいの。」
「ほー、そういうもんか。」
セインズは少し考える素振りをし、シトラも座るよう右手で手招きした。シトラが彼の真正面に座ると、彼は精一杯の優しい笑顔をつくった。シトラがギョッとした顔をしても、いつもと違い何も言わなかった。
「シィ、オレは死ぬのが怖かった。だから、精神体になってでも生きようと思った。でもな…今は、そんなでもないんだ。」
「え?それってどういう…」
「フォズと約束したんだろ?責任を取ってもらうって。でもな、フォズだって万能な訳じゃねえ。だからもし、約束が叶わなかったら…オレが一緒に死んでやるよ。」
そのたったの一言で、シトラは言葉を失った。ただ目を丸くし、セインズを見つめることしか出来ない。
一つの肉体を共有する上での、二人の契約事項は三つだ。
一つ目、シトラが望んだ時に触手を介してセインズが力を貸すこと。
二つ目、生命活動に支障がない範囲で、セインズがシトラの生命力を吸収することを許可すること。
三つ目、シトラの肉体が死を迎えたときのみ、セインズが肉体から離脱することを許可すること。
セインズにシトラと最後の運命を共にする義務はない。その時になればセインズは他の肉体に移って生き残ることが出来るのだ。それなのに、目の前のこの男は、それをする気がまるでない。シトラには全く理解ができなかった。
「なん、で…だってシーズは。」
「恩師を見殺しにした時点で、きっとオレはもう死んでたんだ。今更生きたいなんて思えねぇよ。それよりも、シィとフォズの行く先を最後まで見届けたい。」
「……ありがとう。」
セインズのぎこちない笑顔をよそに、シトラもまた精一杯に笑ってみせた。そしてセインズの顔をじっと見つめると、思わず吹き出してしまった。




