第二章 第二十二話 そして祭典の幕は上がる。
「うぐぐぐ、さっぱり分からない。十回は挑んだのに…………」
「そろそろ教えてあげてもいいんじゃ?」
アカリの援護射撃にアカツキは首を横に振る。
「いや、あれはタネが割れると対応されてしまうんだ。だからなるべくばらしたくない」
「ってことは仕掛け自体はシンプルってことですか?」
一行は馬車の中にいた。
二人の少女の決闘から既に三日は経過し、その間にクリスとリーナ、および他の面々の仲は一層深まった。
互いに模擬戦をこなしたりだとか、お互いの新しい手札を考えたりだとかの戦力向上に努めていた。
ちなみにアカツキ対クリスの模擬戦も既に相当数行われているが、その全てでアカツキの勝利となっている。
《爆炎の翼》抜きの状態でも『何か』によって動きが妨害され、幾度となく首筋に刃を突きつけられたクリスは憤懣やるかたない様子だ。
そのうえ、アカツキの助言によっていくつかの新技を思いついたのも、クリスのプライドを刺激するのだろう。
「それにしても王都か……。このレベルの人口密集地に来るのは、流石にビビるな。アンデッドバレとかしないといいなぁ」
「問題ないと思うよ? ボクの《眼》を超える《感知》系なんてほとんどないし。ボクに関しても戦闘状態の時しか違和感を感じなかったし」
「ちなみにその違和感ってどんな感じなんだ?」
「えーと…………」
「ようやく検問が終わったよ。これで王都内に入れる」
クリスの思案を遮るようにして、御者をやっていたテッターが馬車内部に声をかける。
検問の際にはいくつかの感知魔術が行使されるが、それにもアカツキのアンデッド反応はなかったようだ。
ちなみに《憑依》していた二体の鎧穴熊は、既に野生に帰してある。
これがコブリンなどの人を積極的に襲うモンスターであれば、アカツキは討伐していたが、鎧穴熊はほとんど人前には出てこず、自らが掘った穴で暮らすのが大半。
それを無理に人里に連れてくることもないと、アカツキは彼らを解放したのだった。
「ま、あんまり気にしすぎても仕方ないか。それで、どんな違和感なんだ?」
「何というか、こう……、ビリビリウジョウジョって感じ?」
「ビリビリ? ウジョウジョ??」
アカツキが首を傾げたその瞬間。
それは起きた。
大地が鳴動し、馬車とその内部の人間はその揺れによって浮き上がる。
おぞましい浮遊感が消えた瞬間に、全員は即座に戦闘態勢を取って外に出た。
「なんだ…………、これは」
「結界……、しかもこの都市を丸々覆うほどの!」
彼らの眼前にそびえるのは光の壁だった。王都の街壁に重ねるようにしてソレはそびえ立ち、左右と上に弧を描いてどこまでも続いている。
光のドーム。それが王都を突如として覆ったモノの正体だ。
「どうやら出入りはできなくなったみたいね」
「単純な封鎖、だけじゃすまないでしょうね」
アカリとロンが街門を見遣れば、光の壁を叩く者たちがいた。
人を通さないのを見るや、穴を掘ろうとする者もいたが、結果は同じ。
ほんの一瞬にしてビットー王国最大の都市は、完全に周囲から孤立してしまったのだ。
こんなバカげたことを行う集団はたった一つしかない。
アカツキたちの考えを肯定するかのように、どこからともなく、そしてどこにいても聞こえるように若い女の声がした。
『皆様、こんにちは。私たちは『神より権威を授かりし者たち』という者でございます」
「もう動きだしたのか、『神権教団』……!」
□
王都内のどこかで、金髪金眼の女は静かに語る。
「我々は、神より『権能』を授かった選ばれし者たちでございます。その権能の名を【ゼノギフト】。その力はあまりに強大であり、そして特異です。何故我らが神は、この力を我々に授けたのでしょうか?」
女は穏やかな口調で語りかけている。
女が今いる部屋は豪華絢爛ともいうべき調度品に満たされていた。金糸をあしらった絨毯。とあるモンスターの牙より削り出した彫刻、精緻な木細工の施された箪笥。
しかしその全ての輝きが霞むほど、女の美貌は喜びで煌めいている。
当然だ。女にとって、これより執り行うことこそが、自らの存在意義。
権力も財力も知力も暴力も、全て神の使命を為すための手段に過ぎない。
他者から見てどれほど狂気に満ちた信念であっても、自分自身がそれを信じ、それに殉じるために生きているのだ。
故にどうあっても止まることはない。
「それは我々が人類の旗手に選ばれたからです。かの『地球』は既に荒廃し、人類は明日を生き永らえるために、百年後の未来を食いつぶしている。そんな時代に遣わされた『始まりの探究者』たちは、我々人類に輝ける新天地に導くために現れたのです」
しかし、と言って溜息と共に女は言葉を区切った。
彼女からは見ることはできないが、既に王都中の住民が聞き入っている。
この異常事態をもたらした者が次に何をしでかすか。何のためにこのようなことを行ったのか。
「その使命を忘れた《探究者》たちの、なんと多いことか。ある者は明日の身銭を稼ぐことに囚われ、その大半を使ってこの地の美食を貪る。ある者はこの地に蔓延る獣たちを見て、無聊を慰める。ある者はこの世界に地球の技術を持ち込み財を成す。極めつけに、この地のヒトモドキたちと、愛を育むなどっ……!」
悲嘆に満ちた声で、人々の営みを列挙する。
しかしその事に何の問題があるのだろうか。
自らの手で勝ち取った財貨を自らが使おうと、地球にはもうほとんどいない動植物たちを見て楽しもうと、ましてどこの誰が誰を愛そうと、それは個人の自由に過ぎないはずだ。
しかし、この女の頭の中では、それは許しがたい悪徳として計上される。
「我々はもう一度彼らに使命を思い起こさせるのです! そして、地球に住まう人々をこの安寧の地へと導くのです! そのために我らは――」
――この国を滅ぼし、この地を我らの領土とします。
女は最後に、静かにそう告げた。
□
「何を……」
街中に困惑が広がっている。
当然だ。いきなり得体のしれない光の壁が現れたかと思えば、訳の分からない女の演説。
これらを即座に理解しろという方が酷だろう。
それができるとしたら、すでに彼らの悪逆非道を既知とする者たちだけだ。
そんな彼らの認識すらも、既に遅いが。
「逆探知は!」
「少なくともこの王都内! それ以外はさっぱりだ!」
「くっ! 一刻も早く連中を見つけてひっ捕らえねば!」
この王都には、当然この国を治める王族が住まう王城が存在する。
王都の中心部にそびえ立つソレは街門付近、つまり王都の端からでも見えるほどだ。
『聖人教会』の勢力圏であるこの地域では国家という物はあくまで、教会からその地域の統治を委託された存在に過ぎない。しかし、国の歴史そのものであり、顔ですらある王城はそれなり以上に豪華かつ絢爛で、巨大なモノだった。
そう、過去形だ。
何せ王城の半分は突如として爆炎に包まれ、崩れ落ちたのだから。
アカツキたちがソレを認識したのは、余波である熱風と轟音が己の体を叩いてからだった。
「な、何が!」
「連中、本気も本気ということか……!」
その王都全域に伝わる崩壊の音を号令として、至る所から悲鳴が木霊し始めた。
突如として半壊する王城、『何か』に襲われる王国民、『結界』に閉ざされた王都。
この破壊が亡国の狼煙となってしまうのか。
そして『神権教団』の手に落ちてしまうのか。
その全ては、アカツキ・ソウヤに託されている。