第二章 第十四話 急襲
木々の隙間を流れるように彼らは進む。
街道は通らない。なるべく『神権教団』の手の者に見つかるようなことは避けたいからだ。
森の中を疾走していく一行は、木々の根によって凹凸に満ちた薄暗い地表を、危なげなく駆け抜けていく。
ロンの《付与魔術》による疲労軽減と敏捷強化によって、すでにアジトまでの道のりの八割程度を消化していた。
(往復で一日半程度かかるか。戦闘とその事後処理も含めれば、二日。模擬戦まで俺がリーナを直接指導することはない。果たして彼女自身が上手く気づくか……)
《部分憑依》させた鎧穴熊と共にリーナは基本的な能力値差を少しでも埋めるために、レベリングを行っている。
しかしどれだけモンスターを狩り、種族レベルを上げたとしてもさしたる意味はないだろう。
リーナの種族レベルは163、《ジョブ》は中級職である《勇者》、《治癒術師》、《疾走者》の三つ。
対してクリスの種族レベルは、487。
五百レベルというヒトという限界に迫った正真正銘の強者。
《ジョブ》も《虹彩の斬手》を筆頭に、その剣技と魔術を更なる高みに押し上げるための《魔法剣士》系統の上級以上を取り揃えているだろう。
結論から言って、能力値も《スキル》の数も質も、とてもじゃないが太刀打ちできるところではない。
(すべてはあのことに彼女が気づくかどうか……)
「……聞きたいことがあるんだけど」
「どうした?」
並走しているアカツキへと、クリスが質問を投げかける。
ちなみにアカツキは他のメンバーよりも、数段AGIが低いのでつい先日就職した《雷戦士》による《スパーク・アクセル》を行使して速度を引き上げている。
無論魔力消費はあるが、道中のモンスターから《命力吸収》を行い、《魔力操作》によってロスを減らすことによって、アカツキに魔力残量は常に九割五分以上をキープしていた。
「……【水使い】は、生物の体液を媒介にしてバフをかける、っていうけど、直接こっち側の体液を操作されるっていう危険性もあるんじゃないの?」
「それはないな。内界直接干渉の難易度は【ゼノギフト】も、《スキル》や《アビリティ》も、共通だ。できたとしても効率が最悪。『霊体免疫』は悪意ある全ての干渉に平等に働く」
属性魔力には主に三つの性質がある。
その場にある属性に応じた物を操る『干渉』。
属性に応じた物に何らかの性質を加えたり、減らしたりする『変質』
最後に魔力そのものをその物質とする『生成』。
火属性の燃焼ガスや雷属性の電子の奔流は主に『生成』に分類される。
逆に水属性や土属性などの確固たる物質を、魔力のみで生み出そうとするとかなりの消費となる。
例えば初級土属性魔術である《ソイル・ボール》は大地から土を集結させ放つ魔術式となっているが、これを魔力のみで土塊を形成しようとなると中級と遜色ない魔力消費となってしまう。
それほど固体や液体などの物質を一から生み出すのは、効率が悪い。
しかし、数百年前、『魔術連合』のある術師は考えた。
砂粒一つ程度ならば、さしたる魔力消費はない。
そして生成する場所は、魔力が届きさえすればどこでもできる。
だったら人間の体内、例えば血管、例えば脊椎管といった場所に不純物を生成しさえすることができれば、能力値の多寡に関係なく敵を即死させることができるのではないだろうか、と。
もとより敵の血液を『干渉』したり、『変質』させたりすることによって抹殺する魔術が種族固有のモノでありながら存在している。
しかし、その種族の固有魔術である血液への『干渉』や『変質』は、通常のデバフなどのように彼我の実力差によって『抵抗』されてしまうのだ。
だからこそ、それすら超える『殺戮術式』を生み出すために、その術師は研究に自らの心血と何千もの人間の血と死を注ぎ込んだ。
結果としてその閃きを完全に否定する法則が明らかになった。
「赤子一人に作用するのに、四百レベル以上の《魔術師》の全魔力だったけ?」
「ああ。上級魔術を軽く百発は撃てるだろう《魔術師》の全魔力を振り絞って、ようやく種族レベルゼロの子供の命に手を掛けられる。それだけ人間の霊体は直接干渉に対する強固な、いわゆる免疫を有している」
「それが【ゼノギフト】にも適用されるってこと?」
「ああ。そういった直接作用に特化した【ゼノギフト】もあるにはあるけど、大概はその『免疫』を乗り越えるために、相手への接触が不可欠になるほど射程が短いか、複雑な条件を乗り越えなければならないか、のどちらかだよ」
「そうなんだ。……ありがと」
「一応《付与魔術》のデバフとかみたいに機能を低減させる程度の間接的な干渉だったら、そこまで制限はひどくないけどな。……聞きたいのはこれだけか?」
「っ……!」
アカツキが何と無しに放った言葉は、クリスに劇的な反応をもたらした。
木の根に足を取られて、バランスを崩したのだ。
あわや転倒といったところで、クリスは風を纏い、風力を持って上体を起こして、遅れを取り戻す。
(今のは……、既存術式にしては、使い方が柔軟すぎるな。無詠唱も手慣れた感じだったし)
「なら、聞かせてもらうけどさ。……何でこっちに来たの」
質問という体を取っていながらも、その口調にはどこか責めるているような気配をアカツキは感じ取った。
どういう意図の質問なのかは明白。
何故リーナを置いて、こちら側の戦闘に来たのか、ということだろう。
「……ボクへの勝ち筋なんて、今のあの子にはほとんどないでしょ。少ない勝ち筋も【ゼノギフト】の全てを引き出さない限り、実現しない。そう言ってたのは君でしょ?」
「ああ。そうだな」
「だったら何で、あの子を放ってこんなところに……」
「自分で考えなくちゃ、この先に繋がらないからだ」
アカツキの揺るぎない声に、激発しかけたクリスは押し黙る。
「俺は彼女が今までどんな人生を送ってきたのかは、ほとんど知らない。数週間行動を共にしているだけだ。けどそれだけの時間、彼女を見てきてはっきりと分かったことがある」
「……何を……」
敵地へ向けての疾走を続けながら、アカツキは静かに語る。
「彼女は進み続けようとしている。過去に何があっても、今の自分に力が無くても、かつての無力さに膝を屈しそうになっても、前を向いているんだ」
リーナは言葉を返せない。
この数年の間、ろくに親友とも言うべき彼女と言葉を交わしていなかったから、自らに語る資格がない、と思っているわけではない。
努力家で誠実な少女であるということは、虹の少女も良く知っていたからだ。
今はそうでなくとも。かつては、誰よりも。
「そんな人が今、どんな理由であれ進むための力を手にし、自ら思考を働かせ、更なる高みに昇ろうとしている」
「だったら猶更、君が一番近くで助けてあげるべきなんじゃ……」
途中で尻すぼみになっていく言葉。
そうではないことを彼女も分かっているのだろう。
しかしアカツキは頭ごなしには否定しなかった。
「確かに。立ち上がり、一歩目を踏み出そうという人間に対して、常に肩を貸して歩幅を合わせるというのも、支え方の一つではあるだろう。けど今のリーナは既にその段階にないっていうのは、見れば分かるだろう?」
「……うん」
アカツキは言った。
「既に歩き始めた人間にすべきことは一つ。それを見守ることだけだ。自分の歩みを自分に信頼させること。手出しも口出しも無用だ」
「だったら、ボクは……」
「君は親友として、真っ向から向き合えばいい。まかり間違っても手加減しようなんて考えるなよ」
「あ、当たり前だよ! あの子はボクの、親友だってずっと思ってるんだから……」
かつては互に胸を張ってそう言えた。
けど今は、色々なものが二人の間につもり重なって、言えなくなってしまっていた。
けどもし、昔みたいに真っ向から剣を交えることができたのならば。
変えられるのだろうか。昔のような、お互いを忌憚なく親友と呼べる間柄に。
そんな淡い期待を胸に膨らませるクリスに先行していたロンとテッターがハンドサインで停止を命じる。
目的地からあと十分といった距離だ。
木々に阻まれていなくても、村の跡地は地平線に遮られて見えないであろう距離だ。
「見張りがいるね。だいぶお粗末だけど」
「分かるんですか?」
「そう言えばアカツキ君には言ってなかったね。僕の【ゼノギフト】は対感知に優れているからね。相手の索敵を見破ることは容易いさ。……ふむ、《召喚》」
[ケージ]――従魔収納用アイテムボックス――から小鳥を取り出し、そのまま解き放つ。
パタパタと枝葉の隙間をすり抜けて飛び上がっていくそのモンスターには目もくれず、テッターは片目を閉じながら、懐のメモ帳に何事かを書き出していく。
(《コネクト・サイト》か。現状支配下にあるモンスターと視覚を共有する《スキル》。テッターさんは少なくとも《偵察者》と《洗練従魔師》を獲得しているみたいだな)
「よし。大体相手の監視は把握できた。皆は通った道を、合図したら全力で駆け抜けてくれ。ただし、《スキル》の使用は一切なしだ。毒ガスには各自事前に配っておいた[アクセサリー]で対応してくれ」
テッターの指示に全員が頷き、敵地への進軍は開始された。
□
「ふぁ~あ」
「おい、ヤメロよ欠伸なんて。気合が入ってねぇってどやされるのは俺ら両方なんだぞ」
「別に見ちゃいねぇだろ」
二人の男が、荒れ果てた畑の上を歩き回っている。
顔はガスマスクを被り、皮鎧を身に纏って、腰には長剣。
一般的な野盗とほとんど同じ服装だが、手にしている物はそこらの野盗とは格の違う物品だ。
突撃銃。
《探究者》が『イグノーテラ』の世界に持ち込んだ、現代的な銃火器と酷似したソレが彼らの手に握られていた。
「それにこいつがありゃ、大抵の奴はイチコロよ」
無骨に黒光りする銃身を愛おしそうに撫でる相方を見ながら、もう一方は溜息をつく。
「なっさけねぇな。かつては俺たちも名のある盗賊団の一員だったていうのに。ここ数年で増えまくった《探究者》共のせいで同業者はどんどん狩られていって、挙句に俺たちゃその《探究者》の下っ端だ」
「いいじゃねぇか。別に俺たちは盗賊であることに誇りなんざなかっただろう? 誇りを持っていた俺たちの頭領はどうなったよ?」
相も変わらず銃を撫でている相方の問いに、凄惨極まる光景に身震いする男。
ひどいものだった。
大きめの行商団に襲いかかったあの日。
ろくな護衛も付けていないことに違和感を覚えながらも、困窮していた彼らは全力で襲いかかった。
結果、四割が瞬殺され、頭領はそのまま見せしめを兼ねて生きたまま酸に入浴する羽目になった。
その行商団は『地球』でも屈指に凶悪な、それこそ日々の糧を得るために真面目に働く気がないから盗賊になった彼らとは比べ物にならない、殺意と狂気に満ちた犯罪者たちであった。
その組織のトップらしき金髪金眼の女に奇妙な『術』をかけられた残りの六割は、そっくりそのまま彼らの下働きになったというわけだ。
当然歯向かった者も、逃げ出そうとした者もいた。
そのどちらも例外なく、踊り狂って死んでいった。
「龍の尾には巻かれとけよ。そうしときゃ、わざわざ逆鱗に触れることも無くなるさ。それより見ろよ、この銃、ちょっと輝きを増してねぇか? [呪いの装備品]になりかけてんじゃ……」
「……ま、昔の俺たちみたいに、憂さ晴しにリンチしない分遥かにましか。っていうか、モンスター十数匹殺した程度で《呪装化》されるわけないだろう。しかもそうなったら上に取り上げられるだけだろ」
そんな自らの地位を嘆きながらも、待遇の安定さに不満を飲み下した男。
そんな腑抜けきった彼らの眼前で明らかに不自然な動きで、草むらが揺れた。
「んだ? モンスターか?」
「俺様の相棒で蜂の巣にしてやるぜ!」
そう言って慣れた手つきで銃口を草むらの揺らぎに向けた直後。
彼らの背後に一人の影が立ち上がる。
その腕の輪郭がぶれた。
「出てきや――」
「どうし――」
言い切る前に、どさりと倒れ込む二人の男。
背後に立ち上がった影の腕には、桃色の蛇が巻き付いていた。
文字通りその毒牙にかかったのであろう二人の男は、死にかけの虫けらのように痙攣し。
直後に口から血色の泡を噴き出して、ピクリとも動かなくなった。
「やりすぎでは?」
「これ僕のレジーの麻痺毒じゃないよ。多分身動きが取れなくなった時点で自害するような代物が掛けられてるんだ。ま、会話の内容的に同情はできないけど」
雑草をふんだんにあしらったギリースーツを《インベントリ》にしまい込みながら、テッターはハンドサインでロン以外の者を呼び込む。
「よし、ここからなら、《スキル》は使ってもよさそうだね」
「では全て片付けてしまいましょう」
「「了解」」
そうして、彼らの攻撃は静かに始まった。




