第二章 第十三話 捜査会議
木々の温もりが感じられるはずのログハウスの中に、冷えた緊迫感が満ちていた。
彼らの修練の場である森中の広場のほど近くに建てられたその中には、彼ら全員が生活できるだけの設備とスペースがあった。
その中で主に会議室代わりに使われているリビングに、アカリ、アカツキ、リーナ、『疾風の剣』の四人、そしてクリスまでもが勢ぞろいしている。
「作戦概要を説明するわ。目票は『神権教団』のアジト内に存在する『回廊』及び構成員の捕縛。場所はビットー王国南東部、レオスト山脈麓の廃村の一つよ」
「数年前に『ユニークス』が現れて、そのまま村人が全滅したそうです。件の『ユニークス』はこの国の騎士団によって退治されたましたが、その『ユニークス』の性質がこの場所を難所たらしめているらしくて」
黒板型マジックアイテムに貼り付けられたビットー王国の地図のある箇所にバツ印が書かれている。
ちょうどルンダ村の真南の場所だ。
《洗練従魔師》テッターと《洗練神官》のロンが中心となって情報共有が行われていく。
「かなり毒性の強いガスをまき散らすモンスターだったみたいだね。その地域は土壌汚染が激しすぎて、人もモンスターもほとんど近寄らない危険地域になっているよ」
「隣国ゼシリアにつながる街道からもかなり離れている上、特に鉱山資源とかもないので、国も放置してみたいです。モンスターの異常繁殖による氾濫の可能性もないですからね」
「そこを『神権教団』が目を付けたってわけ?」
「確定、とまでは言えませんが、その方角に行き来する数人程度の集団を見かけたとの報告や、その危険区域の境界線近辺での行方不明者が何人か確認されているそうです」
「口封じだね」
「十中八九、そうでしょね」
「そんな……!」
絶句するリーナ除く全員の表情に苦々しさはあっても、驚きはない。
クリスは《至天職》としての責務を果たす過程で、そういった悪人を。
『保安機構』の面々は生業として。
よく見てきたからだ。私欲のために平気で人の命を踏み躙り、その事に何ら感傷を覚えることなく、中には愉悦すら者たちを。
アカツキも兜の奥の存在しないはずの表情は同じだ。
「我々の作戦目標は、拠点の壊滅及び構成員への捕縛、もしいたとした場合は虜囚の救出となっています」
「毒ガス内部に関してはどうなのかしら?」
「それに関しては俺が説明しよう!」
ビッシ、と手を挙げたドイルがその巨躯で床板に軋む音を奏でさせながら、黒板の前に進み出る。
「俺の【ゼノギフト】にかかれば、毒ガスなんてただの霧に等しい! なので気にせず突き進んでいったところ、奴らの拠点と思わしき場所を発見した!」
「村の跡地なんじゃないんですか?」
「恐らく、その地下だ!」
気配を探ってみたところ――この『気配を探る』とは、特に《スキル》でも《アビリティ》でも【ゼノギフト】でもない、本人の素の五感によるモノらしい――地上のどの建物にも人の気配はなく、代わりに下に続く気流の流れをいくつか感じ取ったとのことだ。
「当然、その廃村の地下に空洞があるなんて報告はないね。というか地下に洞窟がある居住地なんて、地中内のモンスターの急襲が恐ろしくて誰も寄り付かないだるけど」
「『教団』が作ったモノだと」
「換気のための穴をいくつか設けなければならない以上、【ゼノギフト】による空間展開ではなく、【外界作用】系か、《ジョブ》で掘ったモノだと考えるのが妥当ね。次に構成員について」
アカリの考えに首肯を返したテッターが、話題の中核をアジトの場所から『中身』へと移っていく。
ドイルは続ける。
「見張りとして、アジト上部の地上に現地の人間が二人一組で、大体十組ぐらいで周囲を警戒しているぞ。アジト内部の人の気配はそれほど多くなかった」
どうやらそのアジトにいる人間は『神権教団』の違法《探究者》だけではないらしい。
山賊などによる事件がこの国で激減していることから、【他界介入】系の精神干渉によって兵隊にしているという見方が一般的だ。
その精神干渉持ちの異能力者がかなり古参らしいため、第三次世界大戦下でもよく見られた手法のようだ。
彼らの思想的に【ゼノギフト】を持たない『イグノーテラ』の人々と相容れることはなさそうだが、単なる使い捨ての駒としては、十分というところなのだろう。
「問題となってくるのは中核的なメンバーね。全員《探究者》でしょうね。それも戦闘と殺戮を生業としている一番厄介なタイプ」
「? そこにその『神権教団』のメンバーが全員いるというわけではないのですか?」
「どちらかと言うと前線基地の一つという見方が正しいね。奴らの本拠地は地球。大戦下での決戦から半世紀も経つのにどこに存在しているか一切分かっていないけどね」
「だから『イグノーテラ』で連中を発見して、尋問することが最重要になってくるんだ」
「……ちょっと、聞きた……いんですけど」
「何でしょうか?」
少し言いよどみながら、クリスは続ける。
「不死身で神出鬼没のはずの《探究者》を、捕縛できる前提で話をしてるけど、そんな方法があるんですか? 捕まえられそうになった時点で《帰還》するなり、自爆するなりしちゃえばいくらでも逃げ切れるし、最悪向こうに情報を渡すだけになっちゃうんじゃ?」
「それに関しての説明を忘れていましたね。実は彼らのような犯罪者は、我々統括政府に正式に認可された《探究者》とは異なっていくつかの制約があるのです」
「基本的に現在の異世界渡航の主流である『第四世代型』っていうのは、幽体投射によって成り立っているわ」
「意識だけをこっちの世界の体に飛ばしてるんでしたっけ? だからこっちで肉体がどれだけ壊れても、向こうの体が無事な限り死にはしない、と」
『イグノーテラ』の人々の《探究者》の認識はおおむねその程度だ。
むしろ地球側に別の肉体があると、分かっているだけでかなりクリスの認識は正しい方だろう。
中にはこちらの世界で死なないことと、【ゼノギフト】の特異性を一括りに考え、《探究者》全体を何らかの超常生物と捉えている人々もいるぐらいなのだ。
実際不死身であるがゆえに、リスクを恐れず窮地に飛び込めるが故の高い経験値効率と、【ゼノギフト】分のジョブ『適性』拡張が行われている時点で、『イグノーテラ』の人々よりも遥かに速い成長速度となっている。
が、それだけだ。
「活力活性状態では霊体の揺らぎが幽体にまで適用され、任意のタイミングで帰還することは不可能となるわ」
「肉体が致命的に損壊した場合に行われる強制退場機能は作動し、強制的に地球へと送還されます。しかし非認可の投射装置は、痛覚は据え置きです。致命傷レベルのダメージを受けてしまった際のショックで数日以上は昏睡を強いられるでしょう」
そして一度こちらの世界での肉体を破壊されてしまえば、修復するまで『イグノーテラ』に降り立つことはできない。
その者の種族レベルに応じて修復の時間は伸びていき、500レベルを超える者ともなれば一週間はかかるだろう。
再誕の場所は死亡した際に、最も近いモノリスの傍と決まっているので、生き返った瞬間にリスキルということも可能だ。
事実《探究者》と戦争を行っていた『イグノーテラ』のある地域では、そのような戦法を徹底することで不死身の軍団に対して勝利をつかみ取っている。
「それに戦闘状態のままこの[手錠]を強制的に装着させると、霊体のエネルギーを乱して帰還不能の状態を常に維持できるわ。これで逃げられる心配もない。『保安機構』の開発部門が作った代物よ」
「つまり『イグノーテラ』では不死身でも、殺すことにちゃんと意味はあるし、捕まえる手段もあるってことですね。ありがとうございます」
そう言ってアカリが懐の《インベントリ》から取り出したのは、黒く艶やかに光る手錠だ。
一切の装飾が施されていないが、どことなく禍々しい気配を放っている。
「この気配は……、[呪いの装備品]?」
「原理的には同じね。と言ってもかなり複雑なデバフだから、相手を瀕死に追い込んでからでないと、抵抗されてしまうけれどね」
「逆に、一度装着してしまえば装着させた者の許可がない限り、決して外れることはありません」
「それって、普通の《探究者》の人たちにとっても危ないんじゃないんですか?」
リーナの問いももっともだ。
こうした腕輪が犯罪者たちの手に渡って、しまえば観光や商売、そして《探究者》の本懐たる肉体を含めた完全な渡航手段の確立のために来ている人々が、犯罪に巻き込まれてしまうだろう。
「大丈夫。統括政府に認可された装置には、本人の意思だけで自らの命を絶てる『緊急送還』というセーフティがあるわ。少し《インベントリ》からものが落ちてしまうけど、その程度。非合法の装置にはソレがない。だからこの腕輪が決定打となる」
「それにこれらの[手錠]は《インベントリ》と同様に、我々の肉体に紐づけられていますから、他の者が使おうとも、何の効果も発揮いたしません」
「それらの手錠で『神権教団』の連中を全員捕まえてしまえば、いいってことですか?」
クリスの問いに、ロンは首肯を返してさらに付け加える。
「こうした専用の装備に加えて、統括政府の管理下にない非合法の投射装置を使っている犯罪者たちは、自分たちで専用の『回廊』を用意する必要があるのです。それさえ抑えれば、一網打尽にすることができます」
「『回廊』?」
「地球と『イグノーテラ』をつなぐための道ね。地球側と『イグノーテラ』側に『楔』を置くことで成立するものよ。これを一度壊されてしまえば、彼らは立ち行かない」
「その『回廊』を用いている《探究者》は、地球側の肉体は『停死状態』という代謝すら止まった状態になり、《探究者》としての肉体も植物状態に陥ります」
「その『回廊』っていうのを壊せば、どっちの世界にいる『神権教団』にも確実なダメージを与えられるってことね。非公式の地球側の物は一つで済むけれど、こちら側のモノはその地域ごとに設置しなければならないから、一つ壊しただけで即時壊滅とはならない。けれど、一つでも見つければ地球側の『回廊』も逆探知できるわ」
「そういうことだったんだ……。ありがとうございます」
「いえ。それではそのアジトにいるであろう中核メンバーについて話していきましょう」
『イグノーテラ』での悪行によって、捕まっていないながらも多くのメンバーの能力の傾向と素性が判明しつつある。
その中で、アジト近辺での目撃情報や、地下を掘りぬいて大規模な建造物を建てることができるという点などから三名ほどその場所にいるという推測が経った。
「一人目は能力名不明、【外界作用】系構築型、推定【変異能力者】のガンテツ。主に建造物などの建築に関する能力を備えているわ。《ジョブ》などによって、あのアジトもちょっとした要塞並みの防御力と迎撃力を誇るでしょうね」
「今回の目標はこの男の捕縛を最優先とさせていただきます。彼の能力上、他のアジトや本拠地に関する情報を持っている可能性も高いので」
「二人目は能力名【上り坂の脱兎】、【内界改変】系変容型、【驚異能力者】のフルシア。《蹴撃士》系統との組み合わせによって、相当な機動力と火力を誇っているわ。恐らく廃村のアジト内では最も脅威ね」
「三人目は能力名【狂奏の水操楽団】、【他界介入】系向上型、【驚異能力者】ゼリーム。生物の体液を介して多様な生理機能を強化するそうよ。この男の能力の影響を受けた人間は、身体能力のみならず、自己治癒力、継戦能力なども向上するようね。効果量を上げれば少人数を劇的に、下げれば千人を超える人間を強化できるようね」
「遠隔ドーピングみたいなものか……」
アカツキの言葉に頷きながら、二人は続ける。
「この二名に関しては純粋に戦闘員ですね。加減の必要はいりません」
「そしてこちら側から出せる戦力だけれど……」
「その前に、いいですか?」
「何かしら、エルディムさん」
「そのアジトの壊滅に、ボクも同行させてください」
虹の髪の少女は手を上げ、その理由を述べていく。
「ボクはこれまで異能力者と戦ったことはありません。けど『神権教団』の大規模テロが予想されている以上、【ゼノギフト】との戦闘経験がこれからの生死を分けることになりかねません。彼らは『神権教団』の本隊というわけではありませんよね。なら、《至天職》であるボクなら足手まといになることはないはずです」
「それは……、こちらからしては願ってもない提案ですが……」
「良いの?」
ロンが言い淀んだのも、アカリの確認の内容も言うまでもない、アンデッドであるアカツキから目を離していいのか、という意味だ。
「……ボクだって、何も見てこなかったわけじゃないですから」
「なら俺も行かせてください」
「えっ? リーナちゃんの指導は……」
「既に方針は示しました。後は彼女自身が考えるべき段階です」
「そう、ですか?」
リーナの不安げな表情にアカツキは力強くうなずく。
「ああ。というかリーナ自身が考えなければならない段階に入りつつある。【ゼノギフト】というモノは強くなればなるほど、独自性を増していく。現状の段階であれば、俺のサポートも意味があるかもしれないが、この先は自分で自分の【ゼノギフト】に向き合っていかなけばならない」
「この先……」
「これからも《勇者》として生きていくんだろう? だったら、その力を自分自身の手で育て上げなくちゃ」
「私に、できますか」
「できるさ。常に己と向き合い、思考を止めず、進み続ける。だが決して休息を軽視しなければ、必ず今よりももっと強くなれる」
「はい……!」
「決まりね。アジトに攻め込むメンバーはテッター、ロン、アカツキ、クリスさんの四名。何としてでも連中から情報を搾り取り、大規模テロを食い止めるわよ」
『了解!』
一糸乱れぬ返答が、彼らの結束をものがたっていた。
帰還 ログアウト
両者共通 戦闘状態でなければどこでも
送還 ログイン
正規品 最寄りのモノリス
非正規 同じく最寄りのモノリス かつ回廊の効果範囲内
再誕 リスポーン
最寄りのモノリス インターバルはアバター再構築時間
回廊の設置場所 アバター再構築+本人が意識を取り戻すまで
緊急離脱 エスケープ
任意でのアバター破棄
非正規品にはなし




