第二章 第七話 アカツキの命乞い講座 ②
「あ、アンデッドがいきなり何を……」
「『例えこの身が死に染まろうとも、私の信仰に嘘偽りはございません。なおもそれが信じられぬというならば、どうか御使いの手で正しき死をお与えください』」
狼狽するクリス。
無理もない。
彼女は未だ十四歳、生まれながらに《至天職》を有しているため、戦闘能力は人類種の中でも上位に位置している。裏を返せばそれ以外の能力は年相応。
つい一分前に全速力で逃げていったはずのリビングアーマーが、なぜかスライディング土下座で自らの前に現れ、『聖蹟』の一節――聖者たちの偉業をまとめた、『聖人教会』の聖書とでもいうべき物――を諳んじるなどという、異常事態に即時対応できるほどではない。
(一体何がどうなっているの!?)
いきなり遭遇した不可解なアンデッドに対して芽生えた疑念。
生者の敵であるはずのソレを庇う親友に対して抱いた心配。
《精神干渉》の気配が無く、故に親友を悪辣な手練手管で誑かしたのでろうアンデッドに対して吹き上がった激怒。
しかし、あまりに見事な土下座と、神学校での授業を聞き流している自分ではできない『聖蹟』の暗唱によって、虹の少女の内に渦巻いていた全ての感情の行く先は完全に迷子となっていた。
(好機!!)
その様子を見て、自らの選択した戦術に間違いがなかったことを確信した少年は、更なる手札を切る。
「私の生まれは『地球』でございます。しかし《探究者》ではございません。あちらの世界で死んだ私は、いかなる導きか、死霊となってこの地に転生したのです」
「そ、そんなこと、いきなり言われて……」
『事実。そして前例もある。教会の記録の中には、異なる世界での前世の記憶を持った人間の存在は幾度か確認されている。私も何度か接触したことがある。流石にアンデッドに転生したのは初めて見た。けど、そのほかの種族、獣人や森人、中にはドラゴンに転生した者たちも見かけた。むしろここ百年の間に確立された『異世界渡航』の技術の方が、私たちの世代にとってはイレギュラー』
「る、ルクスさんまで……」
(ナイスフォロー!)
インテリジェンス・ウェポンかつ『聖具』であり、この場において最も長く『聖人教会』に所属していると言えるルクスのフォローによって、アカツキの出自に説得力が増大していく。
自身の声色の精一杯の悲壮感を醸し出しながら、少年は続ける。
「私ははっきり言って、絶望しました。私は生前に悔いはあります。しかし、人に恥じるようなことはしてこなかったつもりです。そんな私が、なぜ縁もゆかりないこの地に飛ばされ、死霊として、人類の敵として生きていかねばならないのかと……」
「…………」
クリスは沈黙してしまった。
少年の話に聞き入っているのではなく、必死に脳内で状況を整理しているのだろう。
しかしアカツキは、彼女に考える時間を与えるつもりなど、毛ほどもなかった。
「しかし私には、自ら命を絶つこともできませんでした。一度死というものを文字通り体感してしまった私には、それを選ぶ勇気など、到底なかったのです……」
「じゃあ、今までどうやって生きてきたの? アンデッドには疲労も睡眠の必要もない。けど、食事はしなくちゃならない。生者の生命力を奪わなければ、自らの存在を保てないはずだけど」
何とか平静を取り戻したクリスは遠回しに、少年に問うているのだ。
生きるのために人を殺したことがあるのか、と。
自らの首筋にピタリと当てられた冷え切った刃と、ソレがもたらす死の気配を感じながら、尚も少年はよどみなく自らの過去をでっち上げていく。
「私は、今も下級の死霊でございます。当然そんな存在が、人間に太刀打ちできるはずがございません。死というものを心底恐れていたかつての私は、下級のモンスターや、モンスターと称するのもおこがましい小動物の生命力を啜って何とか生き永らえて来ました」
「それを信用できるとでも? アンデッドが生命力を奪うのは生存のために不可欠。かつて生きていた自分という存在を劣化させないためにね。だからこそアンデッドは自分と同じ種族を最もよく襲うんだ。ただの死骸であってもね」
「信用していただく必要はございません。なぜなら、かつての私の潔白は証明できないからでございます」
「死の危険を遠ざけるためにどんな人間とも出会わないようにしていたから? ならおかしいね。地球で生きていたはずの君が、どうして『聖人教会』への信仰に目覚めたのかな?」
少女の中で膨れ上がった疑念が、殺気となって首筋の刃を覆う。
次の一言次第で、即座にその殺気は殺意となり、刃を走らせるだろうということを、彼は正確に予見しながら。
心の内で、口の端を吊り上げた。
「ある夕暮れのことでございます。遠方に私は狼の群れに襲われている一人の少女を見つけました。浅ましくも飢えていた私は、狼たちのおこぼれにあずかろうとしてたのです。御使い様の言う通り、やはり同族の命に、私は抗いがたい魅力を感じておりました」
「まさか……、その少女って……」
「うん。私のことだよ」
《部分憑依》による念話によって、リーナへのある程度の口裏合わせを頼んである。
といってもボロが出ないように、今の肯定のような最低限の返事しかしないようにお願いしているが。
「己の無力さを言い訳に、次第に追い詰められていく少女をただ眺めていくだけ。そんな私を眩い光が襲ったのです」
「それって……」
『私と、リーナの【ゼノギフト】によるモノ』
「ぜ、ゼノギフトって、リーナちゃんに!?」
少年はさらに畳みかけていく。
「この身を焦がす光に私は二度目の死を直感しました。事実光が止んだ後に焼け死んでいる狼たちを見れば、あの光は私を殺しうるものでした。助かったのは、臆病にも遠巻きに眺めていたからに過ぎません。しかし何よりも死を感じたのは、光がもたらした痛みではありません。光をもたらすことのできる存在を私は知っていたからです」
「そういえば、《勇者》ってあっちの世界でも有名なんだっけ?」
「はい。人類の守り手、選ばれし者、生まれながらの英雄。聖なる武具を携えし者たち。そして何よりアンデッドの天敵であるということは地球でも広く知られています。殺される、と思いました」
人生において数度しかない、泣いた経験を必死になって思い出し、アカツキは渾身の泣き真似を披露する。
といっても涙腺は文字通り死んでいるので、嗚咽を漏らすだけだが。
鎧に《憑依》していてよかったと考えながら、喉奥から声とも言えぬ声を絞り出していく。
「し、しかし……、《勇者》であるリーナ様はっ……! アンデッドである私に対し、ただ、『大丈夫ですか』と……、お声がけしてくださったのです……!」
数秒間ほど嗚咽だけを口から漏らし、次なる文章を頭で組み上げていくアカツキ。
クリスの表情を伺い知ることはできないが、首筋に当たる刃から伝わる殺気は幾分か薄れたのように感じたアカツキは嗚咽を止め、嘘まみれの命乞いの核心部分を解き放つ。
「死によって生まれ故郷へ帰る道も、人の体をも失った私は……! 自らの知らぬ内に、人の心すらも忘れ去ろうとしていたのです……! しかしそれを、リーナ様が思い出させてくださったのです……!」
「リーナちゃんが、アンデッドを助けたの? 本当に?」
「普通のアンデッドと違うのは、クリスちゃんもわかるでしょ?」
「…………」
親友たる少女の答えに、虹の少女は下唇を噛む。
生まれた時から備わった《魔眼》よって、クリスはこの場の誰よりもはっきりとアカツキの異常性を感じ取っていた。
自らの『目』を疑うことができる者など、そうはいないだろう。
「私が人であるということを思い出させてくださったリーナ様は、浅ましきこの私を『聖蹟』の一節を持って、勇気づけてくださいました。『汝の血肉が何であろうとも、汝の行動が、汝の魂の潔白と信仰を証明するのだ』と」
『『聖骸のポラリス』に《常光の聖者》ゼイスが述べた一節』
「む……」
リーナもかなり熱心な『聖人教会』の教徒であり、《勇者》として芽の出ない自分に負い目があって、こうした勉強にはかなり力を入れていたらしい。
おかげでアカツキが即興で考えた、リーナがアカツキに布教し、その事によって信仰が目覚めたという嘘まみれのカバーストーリーに信ぴょう性を持たせることができた。
「私は自分を人だと思い出させてくださったリーナ様に、何よりかつての《聖者》様方の歩みに救われたのです! 故に――」
「信仰を証明したいと? どうやって?」
「私が死んだはずの私が今持ち得ている物はそう多くはありません。しかし失われなかった物はあります。私の知識です」
「知識? 地球での知識に一体何の意味が……」
「リーナ様は【ゼノギフト】に目覚められました。何故目覚められたのかは分かりません。しかし紛れもなく【ゼノギフト】であるがゆえに、地球での私の知識をリーナ様の一助とすることができるのです。そうすることによってリーナ様への恩を返すと同時に、非力な私でも『聖人教会』の理念たる、安寧のために知識という力を振るう、その一助になるかと思ったのです」
「今の自分にしかできないことでリーナちゃんを助けて、それで信仰を証明しようってわけだね? でもそれって、そこにいる《探究者》の人にもできることなんじゃないの? 何で《探究者》の立ち入りを制限しているこの国いるかは、知らないけど?」
クリスのほくそ笑むような声色に、リーナはハッと息をのみ。
アカツキは《部分憑依》による念話で、合図を出した。
『アカリ、頼む』
「ご挨拶が遅れました。私は『保安機構』の捜査官、アカリ・カンバラと申します。まず最初に、何らこの国に断りを入れることなく、無断で足を踏み入れたことをお詫びいたします」
「『保安機構』……。ってことは、『神権教団』絡みでここに来てるってわけ?」
「はい、その通りでございます。私たちは地球での捜査によって、このビットー王国にて彼らが大規模テロを計画しているという情報を得て、それの裏付けを取るためにこの地域に調査をしていた次第です」
「その最中に私とアカツキさんがこの人達と知り合って、一緒に『神権教団』と戦おうってことになったの。実際、私とアカリさんと、アカツキさんでユニークスを討伐したりもしたよ」
「……リーナちゃんは、この『保安機構』の人よりも、このアンデッドの方が、自分を強くしてくれるって思っているの?」
「うん。この人を私は信頼している」
リーナの揺るぎない答えを受けて、アカリはアカツキに問うた。
「じゃあ、どうやって君が【ゼノギフト】の力を引き出せたと、ボクに証明するの?」
ここから先はリーナからの提案だ。
《部分憑依》によって、彼女から伝えられた内容を吟味し、アカツキはそのまま述べた。
彼女と彼女の【ゼノギフト】ならできると信じて。
「リーナ様と御使い様が模擬戦をして頂き、リーナ様の勝利によってその証明とさせていただきたい」
「…………ふざけてるの? 私は《至天職》だよ? それとも親友相手なら、私の刃が鈍ると……」
「【ゼノギフト】とは個々人に課せられた世界法則でございます。逆に言えば既存のいかなるルールにも勝る可能性を秘めているということ。その力を引き出すことができたのならば、はるか格上とも十分に渡り合えます。模擬戦という状況下であるのならば、勝利を掴むことも不可能ではありません」
「そんなこと、できるわ「何より!」
アカツキの大声に、わずかにクリスはたじろいでしまう。
「『神権教団』の中には【災異能力者】の存在も確認されております。《至天職》の同格、あるいは上回る程の脅威度です。リーナ様の現時点の戦闘能力で相対すれば、なすすべもなく殺されてしまうでしょう。故に私の出したこの条件は、現在の状況下において、最低限要求されていることなのです。リーナ様の身をお守りするために」
「ッ……!」
アカツキは推測する。
恐らく生まれついて《至天職》を宿すこの少女は、自らの親友を戦場から遠ざけたいのだろう、と。
対『ユニークス』戦でリーナが吐露したあの苦悩を、恐らく誰よりも近くで見てきたからこそ、予測不能な力を持った殺人者が跳梁跋扈している戦場から。
そして同時に、自らの親友がこの場所から決して逃げないということも誰よりも分かっているのだろう。
「…………いいよ。わかった。期限は?」
「一週間ほどお時間をいただきたく存じます」
「……もし一週間後、リーナちゃんがボクに勝てたら、君の信仰を認めてあげる。たとえアンデッドだとしてもね」
聖骸のポラリス
数百年前に聖人認定された人物。
とある『ユニークス』の襲撃を受けて、亡国となった国の騎士団長。
一人でも多くの国民を逃がすために単身『ユニークス』と三日三晩戦い続け、撃退そして死亡。その後アンデッドになった。
それからは、正体を隠しながら世直しの旅をしていたが、因縁の『ユニークス』と再度戦う際に正体が露見した。
あわや『ユニークス』認定され、自身も討伐対象になるかと思われたが、《常光の聖者》ポラリスとの問答と、生前の行い、アンデッドになってからの世直しを評価されて、聖人認定を下された
専らポラリスの逸話は、『ヒトを外見や種族で判断するのではなく、中身をみるべきだ』という教訓のために引用される。




