序章 第十二話 予想外
「回復ちょうだい」
「侍ビルドで回復は甘えだ」
「えー!」
「しょうがないなぁ」
腕輪型端末から立ち昇るホログラムには、侍姿の二人組が波濤の如く押し寄せるモンスターを薙ぎ払う光景が映っていた。
彼らの手元にはスティック型のコントローラーが握られており、その表面を彩るボタンをテンポよくたたいていく。
彼らが今行っているのは『ソード・ブレイカー』という名作ゲームだ。
もっと厳密に言えば『ソード・ブレイカー 3 界を絶つ魔剣 『イグノーテラ』リマスターバージョン』である。
ちなみに最新作である『ソード・ブレイカー 7 異空の勇者たち』は本シリーズ三作目のフルダイブ型であり、地球にて絶賛大好評発売中である。
いつごろか、彼らの話題にあがったランクもこのゲームのランクマッチの話だ。
アカツキとレントは、ここ数日間、繁華街の外れにある公園内にて、こうしてゲームを遊んだり、木剣を片手に模擬戦をしたりと、暇な時間を年の離れた友人との遊びに興じていた。
対して今彼らが手にしているのは、時代の潮流において『レトロゲーム』に分類されることとなった、非フルダイブ型のコントローラーである。
地球で遊ばれていたモノを、『イグノーテラ』の技術で再現した形だ。
今は[インベントリ]を含めた《探究者》専用端末にソフトが内蔵されたコントローラーを接続することによってしか、遊ぶことはできない。が、ゆくゆくは『イグノーテラ』の子供たちも、かつての地球人類のように、この電脳遊戯を耽溺することとなるだろう。
「やっと、裏ボス倒せた……。にしても変な感覚だな。いつもは全身使って遊んでるのに、このコントローラーを使えば指先だけでゲームができちまう」
「そうだなぁ。お、宝箱みっけ」
「え、何が入ってた!?」「お、スキルオーブだ! 何々……」
『ソード・ブレイカー』とは、手にした剣で――別に剣以外の武器でも可――目の前の障害を切り払い続けていくいうちに、世界の命運を賭けた戦いに巻き込まれていくという設定のアクションRPGである。
七作目まで出ていることから分かる通り、大人気のシリーズである。この二十二世紀において、『有名なゲームは?』と聞かれたら、五割以上はこのゲームの名前を第一にあげ、残りの四割程度の人間も三番目以内に同じタイトルをいうこととなるだろう。
「《ブラスト・スマッシュ》だな」
「外れスキルじゃん……」
攻撃力に応じた爆風をまき散らし、強烈なノックバック効果を与えるスキルである。敵味方どころか自分もそれに巻き込まれる――しかもそれなりのダメージを喰らう――という大きすぎる欠点に目をつむることができれば、火力と機動力を兼ね備えた強烈なスキルだ。
「これは軽業ビルドに活かせるかも。俺は保管しておくよ。レントは?」
「ん-……、俺もそうしとくよ」
「侍ビルド以外もやってみることにしたのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ……」
少し言いよどんだ彼は、指先でコントローラーを弄びながら、しかし意を決してアカツキに問うた。
「なあ、兄ちゃん。どうやったら、兄ちゃんみたいに強くなれる?」
真剣な眼差しだ。決して普段の会話のような雑談の種ではない。
自らの将来、そのための問いだろう。
「兄ちゃんの出てた『アンダー15』、俺もWetubeで見たぜ。メチャクチャ強かった。現実で侍ビルドをしてるみてぇだった。俺の木剣がかすりもしないのも、納得って感じだった」
「相手の攻撃を全部避けて、自分の攻撃を確実に当てるか」
『ソード・ブレイカー』における侍ビルドとは、数ある能力構築の中でも指折りに玄人向けのモノである。
防御力を極限まで削り、動きを阻害しない軽装を帯びて、しかしその速度も最低限、相手の攻撃を避けられる程度まで削り、残った全てを火力とクリティカルのための器用さにつぎ込む。
同レベル帯であっても一撃で殺され、一撃で殺せる。ハイリスク・ハイリターンのビルドだ。
それを最新作で、つまり体を動かすフルダイブ型のVRMMOで扱うことができるということは、純粋な反射神経と身のこなしで相手の攻撃をすべて躱すことができるということである。
それはアカツキの、現実で追及している戦闘スタイルでもあった。
「確かに侍ビルドは俺にとって最も理想的な形だ。よく見てるじゃないか」
「俺も、そうなりたい。そのために、どうすればいい? どんな《ジョブ》を、この『イグノーテラ』で取るべきなんだ?」
少年の真剣な眼差しに、アカツキもまた嘘偽りなく答えた。
「まず俺にとって、侍ビルドっていうのは必要に迫られているからやっていることだ。現状、俺の【ゼノギフト】は直接戦闘に役立つことはない」
「……? 役立つって、そもそも無くなっちまったんじゃないのか?」
「いいや。こう言うふうに――」
アカツキの指先で、紫電が弾けた。
しかしそれはほんの瞬き。静電気に劣る程度のモノだ。
「――まだ俺の【チカラ】として、確かにここにある。出力は、以前と比べるのもおこがましいレベルになっちまったけどな」
「そうなんだ……。けど、だったら俺にだって」
「【ゼノギフト】を持っている自分なら、俺よりも確実にそうなれると?」
コクリ、と頷く少年。
彼はソレを否定はしなかった。
「確かに君の反射神経やセンスは相当なモノだ。次の『アンダー15』を優勝するのは君かもしれない。今から侍ビルドを現実に落とし込むための訓練を積めば、俺のようにモノにできるだろう」
「だったらそのコツを……!」
「けどな。これは俺みたいな、相手の攻撃をまともに防ぐ手段がない、そういう人間が追求すべきモノだ」
「どういうことだ?」
[インベントリ]から、アカツキは一冊のノートを取り出す。
この『イグノーテラ』で配布された、つまり手にしてから一ヶ月も経っていないモノ。
しかしパラパラと捲られたノートには、びっしりと字が、アカツキの分析と研究が書き込まれていた。
それを眺めながら、アカツキは自分の研究結果を基に喋り出す。
「あった、あった。侍ビルドってのはな、自分よりも速く、自分よりも硬く、自分よりも強い敵に勝つためのモノだ」
「格上をぶっ飛ばすためのモンだろ? それを身に付けたら誰にも負けないってことじゃないか」
「いいや。格下に負ける危険性が常に付きまとうってことだ。実力差をひっくり返すために、それだけ安定性を削っているってことだからな」
「でもそれは、自分の技術で補うことが……」
「相手だってそうするさ。そして実力差っていうのは、戦いの駆け引き次第でひっくり返すことができる。俺がエイトルドに、前回大会優勝者に無能力者に勝ったように。そしてそれは、ピーキーなバトルスタイルをしている俺こそ、ひっくり返されやすいってことだ」
「…………」
黙りこくってしまった少年。
彼も愚かではない。むしろ戦闘面に関しては、同年代よりも遥かに優れたセンスと感受性を持っている。
故にアカツキの言葉を理解することができる。
しかし理解できることと、納得できることは違う。
不満顔の少年に、アカツキは同じく真剣な顔で問うた。
「君にとって強いってのはなんだ?」
「……そりゃあ、侍ビルドみたいに、同格の相手を一撃でぶっ飛ばして、格上にも食らいつけるような……」
「そのために装備制限を科す代わりにSTRを上げる《筋戦士》系統だとかの、ピーキーな《ジョブ》を取るべきだと?」
「うん。相手の攻撃なんて、全部避けちまえばいいんだから……」
「甘いな。こういったゲームの相手は、AIで動くモンスターも、スクリーン越しに戦っているプレイヤーも、現実の戦闘とは比べ物にならないぐらい戦闘行動を制限されている。現実での戦闘っていうのは、どれだけ完璧を追求したとしても、予想外ばかりだ」
自分の掌を眺めながら、彼は呟くように言った。
レントは、その言葉が自分だけに向けられたモノではないと思えた。
「だからこそ、あらゆる事態を想定し、そして想定外にも耐えうるだけの保険も常にかけておかなくちゃならない。言うなれば安定性だな。これは不可欠だ」
「……でもやっぱり俺、侍ビルドみてぇに、敵を一撃でぶった切りたいよ。それもあきらめたほうがいいのか?」
「いいや。敵を一撃で倒すってことは、それだけ相手の攻撃の機会を奪うってことでもあり、当然追求すべきことだ」
「でも兄ちゃん、さっきは安定性を取るべきだって……」
「その通り。けどこの『イグノーテラ』でも、そして『地球』でも、ゲームの戦闘とは決定的に異なる部分がある。何か分かるかい? ヒントは一撃必殺だ」
思案顔の少年が、迷いながらも答えを紡ぐ。
自らの思考で、自分の経験から。そして少年の言葉から。
「心臓とか、首とかを狙えば、一撃で倒せること?」
「その通り。大正解だ」
「でも『イグノーテラ』じゃ、VITとかHPの能力値があって、それなりに固くなるんじゃ?」
「確かに。けどそれは急所への攻撃が通り辛くなるということを意味するのであって、それが無効化されるってことじゃない。大概の、そういった致死攻撃への耐性を備えている【ゼノギフト】を有していないのならば、どんな人間だって首を断ち切られれば死に至る。能力値次第で、日本刀で首を切られてもかすり傷で済んだり、首を切り離されても一分ぐらい喋ることができるかもしれないけどな」
少年はアカツキの言葉を少しずつ咀嚼していく。
「でもそういう攻撃って、相手も警戒するんじゃ?」
「そうだな。そういった攻撃を警戒することが防御の本懐といってもいい。そしてどうやったそれらの致命傷を相手の押し付けることができるかが、攻撃の本領とも言える。そしてゲームのようにHPを削りるまで死なず、ベストパフォーマンスが維持されるってことはソレだけ安定性が自動的に担保されて言う。そして現実ではどうしてもその部分を欠かざるを得ない。そして侍ビルドみたいなピーキーな戦闘スタイルは、能力の偏りを、技術で強引に安定させることこそが大前提」
「……でも現実じゃ、その強引に安定させた分、隙になる……」
「流石。理解が速いな。……これからはそういった部分を中心に教えようか?」
「そういった部分って?」
「戦闘における駆け引きの部分だよ。ここを押さえれば、同格相手に勝負をひっくり返されることは格段に少なくなるし、格上相手に食らいつける確率も格段に上がる。ま、格下に予想外の敗北を被る可能性は消えないけどな」
「マジで! じゃあさ、今、今から教えてくれよ!」
「時計見なよ。もう時間じゃないのかい?」
「あ!」
時刻は夕方。
冴えわたるほどに美しかった空は、暁色に染まっている。
子供は帰る時間だろう。
事実このぐらいの時刻になると、レントは保護者から呼ばれ帰路へとつくこととなる。
その事はこの数日の『特別休暇』の内に判明していた。
「そうだ! 兄ちゃんに伝え忘れてた! 兄ちゃんのことを話したら、あの人たちが会いたいって言ってたんだよ。あってくれないかな」
「あの人たち……? 確かに子供の遊び相手は、保護者なら気になるものな。いいぜ、付いていけばいいか?」
アカツキは彼の保護者の反応次第では、少年と遊ぶのはこれで最後になるだろうと予感していた。異能喪失者という超少数派は、この時代における単なる無能力者と比べても風当たりが強いのだ。
異能喪失が伝染するというデマを彼の保護者が信じれば、この少年とアカツキが遊ぶことはなくなるだろう。
(その場合は、清書したノートを一冊進呈しておくか。要点はまとめてあるから、この子なら十分に読解してくれるだろう)
そうアカツキは対策を考えながら、少年についていく。
大通りを通って、そこから中の道に入り、更に入り組んだ小道を踏破していく。
路地裏としか言いようのない場所を抜けてようやく少年は、ここが目的地だ、といった。
そうしてアカツキたちが出たのは、繁華街の中のエアポケットのような、ひどくさびれてもの悲しい、空き地だった。
三方どころか、今アカツキたちが通ってきた場所すらも背の高い建物に挟まれた路地裏のため、この広場は建物という壁に完全に囲まれているということになる。
「まだ来てないみたいだな」
「もうじき来るよ。俺が着くとすぐ来るんだ」
「…………そうか」
はっきり言って異常だ。
こんな場所に子供を一人待たせるなど、常識はずれにもほどがある。
そう考えたアカツキは、背後から聞こえてきた足音の主に対して、文句の一つでも言ってやろう振り返って。
固まった。
「感謝いたします。私たちの大切な信徒と、今日まで遊んでいただいたことに」
聞き覚えのある声だった。
聞こえてはならない、声だった。
「導主、大丈夫なのですか? この男は異能喪失者ですよ」
「心配性だなぁ。ロンドは。異能喪失者が異能喪失をばら撒くなんて、デマに決まってんじゃん」
「テメェが能天気すぎるんだよ」
アカツキの腕を落とした超速の男、そして彼と対等の言葉を交わす女。
何よりも、『神権教団』の導主 エイゼリア・オルカーベルト本人が。
アカツキの退路を塞ぐように、そこに立っていた。
この場所に、夕陽は届かない。
重い暗闇だけが、わだかまっている。