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5 いざ王立学院へ


 出かけに兄上様から不穏な脅迫をされたが、気にしたら負けだ。私がやることは変わらない。


 絶対に勇者に選ばれてやる。そして、魔王をこの手で倒す。


 王都郊外に建てられた煉瓦造りの校舎を仰ぎ、私は気合を入れた。

 今日から本格的な授業が始まる。


 アウリオン王国が誇る王立学院――正確には王立プロキネウス・カペラ記念学院という。

 あまり正式名称で呼ばれないのには理由がある。

 王国初の勇者プロキネウスを称え、彼の恋人であったというカペラ姫が創設した歴史ある学び舎なのだが、彼氏と自分の名前を学校につけるという痛々しいセンスは現代っ子には不評だった。

 学院の一番古い石碑には「プロキネウス・カペラ記念学院」の「・」がハートマークで刻まれているしな。

 うん、イタい。恥ずかしい。


 しかしプロキネウスは偉大な勇者だし、王立学院も王国一の教育機関だ。

 こと勇者を目指す者としては絶対に通っておきたいところである。

 何しろこの学院は、次世代の勇者とそのパーティーを育成するための場所だからな。


 入学できるのは十五歳以上の男女で、身分による制限はない。貴族も平民も亜人も一緒に同じことを学ぶ。

 歴代の勇者の出自は多種多様だ。中には奴隷から成り上がった者もいる。

 よって貴族を優遇したりはしない。学則も平等を謳っている。


 この学院、学費はそれなりにかかるが、推薦入学だったり、入試で優秀な成績を修めれば免除される。そのせいか王国中から我こそはという若者が集まる。

 ちなみに私は学費免除で通うこともできるが、入学金や授業料に加え、多額の寄付金を払っている。

 授業の質が下がらないように、王国へ貢献するために、持っている家が多めに払うのが道理だ。


 在籍期間は最短一年、最長五年まで。魔法や剣技、精霊術、医療術、魔物研究……魔境ガランドリネを旅するためのあらゆる技術と知識を修めることができる。


 基本的に単位制だ。

 勇者コース、魔法使いコース、戦士コース、医術師コースなど、志望に合わせてある程度のガイドラインはあるが、自由に自分が学びたい授業を選んで受けることができる。

 そして卒業に必要な数の単位を取れば最終試験を受けられ、合格すれば卒業となる。


 どのコースでも一年で卒業したとなれば、とても立派な学歴だ。

 貴族ならばエリート街道まっしぐら、玉の輿にも乗り放題。平民だって就職先や結婚相手に困らないと聞くぞ。上手く名を売れば準貴族として上流階級の仲間入りもできる。


 私は学歴なんてどうでもいい。私がこの学院に入学した理由は、卒業の儀にこそある。

 毎年一年の最後に行われる試験で"最優”を取れば、我が王国の聖剣・アルデバランに触れる権利を与えられるんだ!


 アルデバランに宿る精霊はあまり人が好きではない。ぺたぺた触れられるとへそを曲げ、何年もガン無視を決め込むという。

 だからせいぜい年に三回程度しか勇者選定の儀式は行えない。その貴重な一回が卒業の儀だ。


 というわけで、学院のトップに立つことは、この王国で勇者になる最短のルートである。





 私はリュカットの時間割りを見て、ほくそ笑んだ。


「薬草学、治癒精霊術初級、人体解剖学……医療術関係ばかりだな。しかも座学中心」


 私とは必修科目以外ほとんどかぶっていない。

 ということは、リュカットに見張られることも少なくなる。一緒にいるとどうしてもイラつくからな。これで勉強に専念できる。


 学院には基本的に部外者は出入りできない。よって裕福な者ほど世話係として従者も一緒に入学させることが多い。

 私も例に漏れず、リュカットを伴っての入学だ。

 他の家と違うのは、普通は主人と同じ授業を取るところを、リュカット個人の希望を優先させている点だ。

 リュカットは平民の中でも貧しい生まれだが、縁あって兄上様と出会い、今ではとても目をかけられている。


「僕はオルフェ様の補佐役を目指しているので、自然とこうなりますね。お嬢様こそ、勇者コース以外にも山ほど授業を取っているようですが、シェリアーク家のご令嬢として医療術を中心に学ぶべきでは?」


「必要ない。簡単なことは分かるし、本気で学びたくなったら兄上様に教えてもらう」


「……オルフェ様がどれだけご多忙か分かっているのですか?」


「兄上様の方から自分で教えたいとおっしゃったんだ。むしろ心待ちにしているようだったぞ」


「くっ……“大賢医”に直接教わるなど贅沢すぎる……!」


 はは、悔しがれ悔しがれ。

 リュカットは兄上様を心の底から崇拝している。兄上様に甘やかされ、常に迷惑をかける私の存在はさぞ目障りだろう。

 ……ちょっぴり申し訳ないと思う。許せ。


 リュカットは不貞腐れたように言った。


「言っておきますが、僕の監視がないからといって好き勝手なさらないように。おかしな噂が耳に入ったら、すぐにオルフェ様に報告させていただきます。退学にならないことを祈っていますよ」


「私よりも自分の勉学の心配をしろ。私は一年で卒業するつもりでいる。兄上様の側近たちもみんな最短卒業者ばかりだ。一人だけ落ちこぼれるなよ」


 小さな舌打ちが聞こえた。

 ……私も主としては大概だが、こいつも従者としてどうなんだ。

 そんなこんなで今日も全く打ち解けることなく、私たち主従は教室棟で分かれた。

 リュカットも私と離れられて清々するだろう。のびのび学べ。多分、私の周りはいろいろとごたつく。





 私が教室に足を踏み入れると、空気が変わった。


「今年の勇者役の……」

「シェリアーク家のライラ様だ」

「見た目とは裏腹にすごく凶暴らしいぞ」

「不用意に近づくな。噛みつかれる」


 他人を猛獣みたいに言いやがって。

 威嚇してやろうかと思ったが、初日から揉めたくない。無視だ。


「見て……剣の紋章エンブレムよ」

「あの噂マジだったんだ。シェリアークのお嬢様が勇者を目指すって正気か?」

「オルフェウス様がおいたわしいですわ」


 私の制服の胸には、勇者志望を表す剣の紋章が留められている。

 これは、私なりの覚悟だった。


 嫌な視線が集まってくるが、私は何も気づかないふりをして、教室の最前席を目指した。

 暗黙の了解として、上位の貴族が前に座るものらしい。いくら学院が身分平等を謳っていても、自分より位が高い者より前の席に座れる者ばかりではない。


「……う」


 ふと、視線を感じて振り返ると、窓際の最後列に座っていた少年と目が合った。

 ルルタ・アルシャインだ。

 彼はご飯を目の前にした子犬のように目を輝かせると、立ち上がった。


 ま、まさか寄ってくる気か?

 そんな、心の準備が……。


 私は内心身構えたが、ルルタがそれ以上近づいてくることはなかった。そばにいた少女に制服を引っ張られ、止められていたからだ。

 二人は何やらこそこそと話し合い、ルルタが折れるような形で席に座り直した。 


 誰だろう。ちらりと見た感じ、かなりの美人だった。友達か、あるいは……。


 いや、誰だっていい。

 近づいてこないのならそれに越したことはない。彼の存在は私の心を波立たせる。勉強の邪魔だ。

 ルルタに関わってはいけないと兄上様にも言われているし……。


「…………」


 もやもやとした気持ちのまま、授業が始まった。

 落ち着かない。

 めっちゃ視線を感じる。左斜め後方から。


 恐る恐る振り返ると、案の定ルルタと目が合った。にこりと私を見て笑う。

 慌てて前を向いて教本に目を落とす。しかし熱を帯びた視線が私から離れることはなかった。

 教壇では教師が魔物の脅威を説明し、板書をしている。初めての授業ゆえにみんな真剣に話を聞き、メモを取っているというのに、ルルタはただただ私を見ているようだった……。


 授業に集中しろよ! お前は何しに学院に来たんだ!


 そう叫び出したい衝動に駆られながら、私も何度か後ろを振り返ってしまった。だって気になる。


 くそ、やっぱり顔は好みだな。普通にカッコいい。

 しかしこんなに視線を送ってくるということは、やはりルルタも……。


「ライラ・シェリアーク」


「っ、はい!」


 気付けば、教師が私を見下ろしていた。


「このレベルの授業は、きみには物足りないかもしれない。だけど、一番前の席に座るからにはちゃんと聞いてほしいな。全員の気が散る」


 幸か不幸か、教師は顔見知り――三大大公家の一つフォーマルハウト家のユリウス様だった。人を人とも思わないような、何を考えているのか分からない冷たい目に、私は息を飲む。


「後ろの……あの席に移動しなさい。今後、僕の授業はその席で受けるように。それが嫌ならば退席を命じる」


「申し訳ありません。移動します」


 今のは完全に私が悪かった。だから素直に従い、最後列のルルタの隣の席に腰かけた。


 そうだな! これなら他の生徒には迷惑はかからないな! 視界に入らないもんな!

 大公家の者がこの席に座るなんて、史上初かもしれない。リュカットの耳に入らないことを祈る。


 教室がにわかにざわめいたが、ユリウス先生が授業を再開すると徐々に静かになっていった。大公家の者であろうと、授業態度が悪ければ怒られると分かり、みんなビビっているようだ。


「ごめんな、ライラ。邪魔をした」


 しばらくして、ルルタが前を向いたまま小声で話しかけてきた。

 びっくりした。

 私の身分を知ってなお、呼び捨てにタメ口か。別に、いいけど……。


「…………」


 私は胸がきゅうっとなるのを我慢して、ルルタを無視した。

 結局、最後まで授業に集中できなかった。



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