20 婚約事情
王立学院には二つの食事処がある。
一つが大盛り上等で驚くほど格安な、だだっ広い賑やかな食堂。
もう一つが高めの値段設定で個室があり、コース料理が出てくる静かなレストラン。
平民や下級貴族が前者、金持ちや上級貴族が後者を使うことが多い。
私も普段はリュカットを伴って後者を利用したり、ミミィが用意してくれた弁当をひっそり食べているのだが、今日はなぜか騒がしい食堂にいる。
「だってあのレストラン、ヒト型じゃないと怒られるんだもん」
キュロンは龍の姿のまま、テーブルの上でミートボールを食べていた。律儀にフォークを使っているが、お行儀が悪いことに変わりはない。
私は食券やセルフサービスのシステムに四苦八苦したというのに、こいつは伸び伸びできて羨ましいな。
「まぁ、たまにはいいか。味は悪くなかった」
「良くありません。なんですか、この状況」
私がパスタランチを完食してお茶を飲んでいると、目の前にプリンが差し出された。
こ、これは、日替りランチにしかつかないデザートじゃないか!
興味はあったが、日替わりランチ全体の量が多そうだったので泣く泣く諦めたのだが……。
「ライラにやるよ」
「……どうして私に」
「ん、ライラに食べてほしいからっつーか、俺がライラにあげたいから。まだ食べられるか?」
にこにこと期待に満ちた表情で私を見るルルタ。
「……食べられる」
別に、プリンにそこまで執着があるわけじゃないぞ。断ったらきっとルルタががっかりすると思ったから。
くっ、それはそれで問題じゃないか!
「えー! ライラだけズルいー」
「まぁまぁ、キュロンにはお菓子をあげるから」
「あ、クッキーだ! ありがとー、ツバサ!」
満足げな村人と異世界人。餌付けされる大貴族の令嬢と龍。それを見て頭を抱える従者。
確かにおかしな状況だ。
なんやかんやで昼休みまでルルタたちと一緒に過ごすことになるとは……。
「で? 大公家のお嬢様が、なんでこんな人外と婚約しそうになっているの? 何か理由があるのかしら」
頬杖をついて、険しい顔をしているユシィ。「何をー!」と怒り出したキュロンを宥めるのはツバサくんに任せ、私は遠い目をする。
キュロンと結婚するメリットについて話し、そっと溜息を吐いた。
「秘境の資源は魅力的だし、キュロンをアウリオン王国に留まらせるだけでも王家へ貢献できる。シェリアーク家にとってはいいことだらけだ」
「だからってひどくない? 政略結婚にしたって、せめて普通の人間と結婚したいでしょ? もっと他に候補はいないわけ?」
「いることはいるが……正直、今のところ兄上様から聞いている候補者の中ではキュロンが一番マシだ」
その言葉にユシィだけではなく、ルルタも目を見開いた。
ここまで来たら吐き出してしまおう。リュカットが止める素振りを見せたが、何も言ってこなかったしな。多分、こいつも誰が候補に名を連ねているか気になっていたのだろう。
「絶対に口外するなよ。……私が聞いている候補は後二人。一人がヒュドロ・フォーマルハウト」
同い年で、同じ三大大公家の直系血族。家柄的にはお互い何の問題もなく、両家の結びつきが強くなることで国の地盤も強くなる。経済の発展も期待できることから、王族からもそうなることを望まれていると聞いている。
「だが、私はフォーマルハウト家に嫌われている。ヒュドロ本人には特に」
好感度がゼロの政略結婚なんて珍しくもないが、マイナスに大きく振り切っている相手と夫婦になるというのはさすがに不幸だ。
だから私も気は進まないし、兄上様だって冷遇されると分かっている家に妹を嫁に出すのは気が引けるだろう。
学院での在学中にヒュドロと打ち解けられれば可能性はあっただろうが、多分無理だろうな。私からも向こうからも歩み寄る気がゼロなのだから。
「もう一人の候補がベテル殿下。といっても、側室だがな。これは向こうから打診があったらしい」
「なっ!?」
ルルタ以外が凍りついたように固まった。私も初めて話を聞いたときは驚いたものだ。
「それ、誰だ?」
「ベテルギア・サーフェン・アウリオン様。この国の第二王子だ。王都で暮らすからには直系王族の名前くらいは覚えておけ」
ルルタもようやくみんなが驚いた理由が分かったらしい。少し顔色が悪くなった。
「すげぇな、ライラ。王子様に見初められたってことか……」
「まさか。政治的な理由が絡んでいるだけだ」
第一王子と第二王子の王位継承争いは、一応第一王子の勝利で決着はついた。しかし第二王子陣営にはまだ諦めていない者もいる。
兄上様は現在、第一王子のリゲル殿下の主治医をしており、その関係上シェリアーク家は第一王子派に名を連ねている。そこを切り崩すべくシェリアーク家の娘をベテル殿下の側室にどうか、という話が出たらしい。苦し紛れの愚策だな。
兄上様は「王家との繋がりは欲しいが、今のところ旨味のない話だ」とやんわり打診をかわしている。また王位継承争いが始まるのも面倒だしな。
この話はそのうちなくなるんじゃないかと期待している。
私自身、ベテル殿下が好きではない。
これは兄上様にも言っていないが、打診があったという話を聞いた後、王城で顔を合わせたときに耳打ちされたことがある。
『裏切り女勇者の末裔は、嫁入りにも苦労するようだな。どうだ、泣いて乞うなら私の三番目の妻として可愛がってやってもいいぞ』と。
あのときは拳どころか足が出そうになった。あの無駄に整った顔にヒールをめり込ませてやれたらどれだけ良かったか。
まぁ、少し殺気を漏らしたら、それ以上の圧力で黙らされたんだけどな。
ベテル殿下は剣の達人。今の時点では私でも敵わないだろう。人間に負けているようではダメだな。もっと修練しなければ……。
「人間同士のしがらみって面倒だよねー。その点ボクはとっても尊い生き物だけど、風のように自由。ライラにぴったりでしょ? だからきっと、オルフェもボクを選ぶと思うな!」
キュロンがクッキーを頬張りながら胸を張った。
そうなのだ。
三人……ではなく、二人と一匹の婚約者候補の中では、キュロンが一番いい。嫌われてないし、ちょっとウザいが動物だと思えば我慢できる。
龍の子どもを産む可能性があることを思うと気が遠くなるが、魔王の子どもを産むよりは……寒気がしてきた。これは例えでも引き合いに出して考えてはいけなかったな。
「なぁんか納得いかない。大体、お兄さんに決められちゃっていいの? 結婚相手は一生の問題なのに」
ユシィが机から身を乗り出し、詰め寄ってきた。その勢いに私はたじろぐ。
「兄上様とはお約束事があるんだ。勇者を目指すことを許す代わりに、結婚相手に文句は言わないって」
「約束って、前にも言ってたよな。学年総合一位をキープしないとってやつ」
ルルタの言葉に頷き、私は兄上様との七つのお約束事について話した。
私としては破格の条件だと思うのだが、ルルタもユシィもツバサくんも顔をしかめた。平民や異世界人とは感覚が違うらしい。
兄上様は何も悪くない。私が勇者を目指すことで、兄上様にはたくさん迷惑をかけている。
「いろいろ言ったが、婚約者については兄上様の決定に従う。それで学院に通わせてもらえるのなら安いものだ。私は、勇者になる夢の方が大切なんだ」
そうはっきり告げると、ユシィは悔しそうに、ツバサくんは心配そうに、ルルタはどこか悲しそうに私を見た。
もう話すことはない。すっかり生温くなったプリンを一口食べる。
ほろ苦いキャラメルの味が舌に残って、何かを間違えたような気持ちになった。




