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19 対峙、からの……

 


 翌朝、いつものように学院に向かうと、門のところでキュロンが待ち伏せていた。


「おはようー! ライラ!」


 今日も上手く化けているな。こうして見る分には無邪気で可愛らしい美少年だ。ただし、ヒト型での抱きつきは断じて認めない。

 私はギリギリまで引きつけてからくるりとターンし、リュカットを盾にした。


「ぐぇ」


「……離れて下さい。一刻も早く」


 朝から男が男にハグをするという微妙な画をお送りすることとなった。一部の女子が頬を染めて喜んでいたが、本人たちはどんよりと気分が沈んだようだ。

 ……悪かったな、リュカット。キュロンはこれに懲りたら少しは落ち着け。


「ひどいよ、ライラ。未来の旦那様になんてことするの?」


「まだ決まったわけじゃない。旦那面するな」


「えー、ボクくらいじゃない? ライラみたいな乱暴な娘をお嫁さんにもらってあげられるのは」


「知らない」


 ぷい、とそっぽを向くと、視線の先で魂が抜けたような有り様の少年と目が合った。

 ルルタだ。

 くっ、聞かれたか。気が遠くなる。


「お、お嫁さん、旦那……? まさかそいつが、ライラの……」


 今すぐこの場から逃げ出したい。

 やましいことをしたわけでもないのに、後ろめたくて仕方なかった。


「んー、誰? あ! もしかして、こいつがオルフェの言ってたライラに付きまとってる男?」


 場の空気を一切読まず、キュロンがルルタに突っかかった。ピョコピョコと様々な角度からルルタを観察し始める。キュロンのヒト型はチビだから、長身のルルタを下から見上げる格好になっていた。


「っ!」


 龍の瞳は、人間には見えない不思議なものを見通すという。吉兆だったり、凶兆だったり、その人が持つ天稟だったり。

 何か尋常ならざるものでも見えたのか、キュロンは目を見開いて大きくのけぞった。


「なんだ? 大丈夫か?」


「……ふ、ふんっ! 可愛さでは勝った!」


 どこか悔しそうな顔で、キュロンは胸を張った。

 そうだな。可愛さなら勝てるかもな。

 だけど普通、この場合は格好良さで勝負するものじゃないか?

 既に男として負けてないか?


「ライラ……その、この子は?」


 ルルタがそわそわした様子で私を見つめる。私は見つめ返せない。


「……兄上様が私の婚約者候補に考えている奴だ。私にとっては幼なじみに当たる」


「へ、へぇ……なんか仲が良さそうに見えるもんな」


 そうか?

 まぁ、私にとってキュロンは家族よりも遠慮しなくていい相手かもしれない。


「小さい頃からライラにはよく振り回されたもんだよ」


 うんうん。本当に龍の尻尾を掴んで振り回していたな。

 今はしないぞ。精神年齢的にこいつが年下になったからな。


「とにかく! ライラはボクのお嫁さんにするんだから、手を出しちゃダメ! 諦めて!」


 堂々と言い切るキュロンに対し、ルルタは難しい顔をしている。

 私は胃と心臓を押さえた。キュロンを殴りつけたい衝動と、ルルタがどう答えるのかという恐怖がせめぎ合い、足が動かない。


「おい、あれって龍天族のキュロン様か? 本当に学院の生徒だったのか」

「一緒にいるのは……ああ、あのお嬢様か。相変わらず目立つことで」

「修羅場? 龍と平民がライラ様を取り合ってるの?」


 いつの間にかギャラリーができていた。

 散れと心の中で叫ぶが、声が出ない。固唾を飲んでルルタの反応を待つ。


「ライラのこと、好きなのか?」


 ルルタのシンプルな問いをキュロンは鼻で笑った。


「べっつにー。ライラのことは嫌いじゃないけど、人間たちの恋愛は分かんない。まぁ、どうせボクとライラじゃ寿命が違う。一生添い遂げるわけじゃないんだし、五十年くらいならつがいになってもいいかなって。シェリアーク家には借りがあるし、退屈はしなさそうだし」


 腹の立つ答えだったが、まぁ、私とキュロンの関係はそんなものだ。気心は知れているが、恋愛感情が絡むような間柄ではない。

 そもそもキュロンが私の婚約者候補に数えられるのだって、シェリアーク家にちゃんと利があるからだ。決してキュロンが私に懐いているからではない。貴族の令嬢と政略結婚は切っても切り離せないからな。


 キュロンは龍の一族しか入れない秘境に入れる。そこには未知の資源がわんさか眠っている。新薬の材料だって手に入るし、魔法や精霊術の研究に役立つものも見つかるだろう。

 それらを独り占めできるとなれば、莫大な富を手に入れたも同義。


 龍の花嫁と言うと生贄感が半端ないが、こういった理由でキュロンに娘を差し出そうとする貴族は多い。


「そっか」


 ルルタは先ほどまでの狼狽えぶりが嘘のように、落ち着いた様子で頷いた。


「なら、俺が諦める理由はねぇな」


「な、なんで!?」


「そりゃ、俺の方がライラのことーー」


「もうー、なんの騒ぎ? あんまり目立つなって言ってるのに」


 不機嫌なユシィの声がルルタの言葉を遮った。タイミングが良いのか悪いのか、私の心臓は風船のように破裂する寸前だったのだが。


「きゅ!? この気配! まさか天使族?」


 キュロンが臨戦態勢に入り、反動で龍の姿に戻った。ルルタは「おおっ」と目を見開いた。ギャラリーも沸いてる。


「天使の手先め! 地上までお前らの好きにはさせないぞ!」


 古代から龍と天使は折り合いが悪いらしい。キュロンはユシィのことまで警戒して一生懸命威嚇しているが、正直つぶらな瞳で睨みつけたところで微笑ましいだけだ。


「何これ。ライラちゃんのペット?」


「失礼な! ボクはキュロン! ライラの婚約者で、誇り高き天の覇者の一族だ!」


「婚約者……これが?」


 ユシィは私とキュロンの顔を交互に見て、口を手で覆った。


「か、可哀想。いくらなんでも、こんなにょろにょろの人外と結婚させられるなんて……あり得ない」


「にょろにょろっ!?」


「近づかないで。生臭そう。生理的に無理」


「っ! うわーん!」


 シクシクと珍しく本気で泣いているキュロンが首元に来たので、仕方なく撫でてやった。

 わんわんとうるさい奴だな。早く泣き止め。

 ……一応言っておくと、生臭くはない。タテガミからお日様の匂いがする辺り、天界の龍なんだなと実感する。


「女の子に慰めてもらうなんて、オスとしてどうなのー? ださーい」


 キュロンを庇うわけではないが、ユシィめ。なかなか辛辣だな。


「やめろよ、ユシィ」


 見かねて止めたのはルルタだった。


「何よ。先に喧嘩売ってきたのは向こうじゃない」


「それでも泣かせることはないだろ。あんな可愛いくて幼気な生物を」


 キュロンがピクリと反応し、ルルタを振り返る。


「……可愛い? それ、ボクのこと?」


「ああ。確かに可愛さじゃ勝てねぇ。それに、喋る龍なんて初めて見た。すごいな」


 ルルタの飾り気のないその一言は、キュロンの自尊心にクリティカルヒットした。ぱぁっと顔が輝き出す。

 チョロすぎないか、こいつ。


「えへへー。そうなんだよ。ボクって親しみやすさが売りの可愛い龍なんだー。きみ、なかなか見る目があるじゃない!」


 すいすいと宙を泳ぎ、キュロンはルルタの元に行った。馴れ馴れしい奴め。


「すげぇ! どうやって飛んでるんだ?」


「ふふん、飛行魔法だよ! でも、地表付近は重力が強くてすぐ疲れちゃうんだ。あ、肩貸してー」


 先ほどまで軽い修羅場みたいな状況だったのに……なんなんだ、この時間。

 私とユシィは顔を見合わせ、同時にため息を吐いた。背後ではリュカットが面白くなさそうに舌打ちをするし、朝からカオスだ。






 意外なことに、キュロンのフォルムはツバサくんにも好評だった。


「喋ってる! すごい! 進化しそう!」


 とのことだ。意味が分からない。

 称賛に加えて可愛いを連呼され、すっかりご機嫌になったキュロンはルルタとツバサくんに遊んでもらっていた。

 この二人が構えば自然と平民の生徒が集まり、珍しい龍を囲んで話の華が咲く。


 キュロンがにょろりとした爬虫類に見えるのか、女子の中には怖がる者もいたが、愛嬌のある顔と子どもらしい態度に認識を改め、恐る恐る頭を撫でていた。


「わぁ、不思議な感触……」

「キュロン先輩、私も触っていいですか?」


「仕方ないなー。今日だけだよ」


 人気者になった気分を味わえているようで、キュロンも嬉しそうにしている。


「…………」


 なんだこの疎外感。

 私が言うのは絶対におかしいが、あえて言わせてくれ。

 さっきまで私を巡って争うような構図を取っていた男二人が、どうして私をそっちのけで和気あいあいとしているんだ。


 馬鹿馬鹿しい。

 しかし、こっそり離れようとすると……。


「あ! ダメだよ、ライラ。ボクから離れないで」


 護衛という役目は忘れていないようで、キュロンが素早く私の首に巻きつき、綱と綱引きをしているような格好になった。

 私はルルタたちと行動を共にする羽目になった。さすがにこれは喜んでいいのか分からん。


「なぜでしょう。オルフェ様はこうならないために、キュロン様を護衛に任命したのに……」


 ルルタの肩の上でおやつをもらうキュロンを見て、疲れたような声を出すリュカット。

 兄上様はルルタを甘く見過ぎていたな。平民や亜人に好かれ、精霊に愛される男だ。龍を手懐けられないとは限らない。

 

 



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