通算とのこと
誰が運んでくれたのか、オレは石畳みの上で寝転がった状態で目を覚ました。
[48:42]とステータス画面に表示されている。
気を失ったのはたしかクエスト残り時間が五七時間とかそこら辺だったから、少なくとも八時間以上は経っている。
気を失っていたのと同時に、かなり睡魔に襲われていたようだ。
現実世界だと、まだ一時間も経っていないわけだが、長時間イベントに出ているからだろう。
「あぁ、もう……最悪だ」
オレは上半身を起こしながら周りを見渡した。
他のプレイヤーも疎らではあったが、それぞれパーティーずつに丸まって休憩をとっているようだった。
「おや、目が覚めましたか?」
一人の老人……いや半獣人がオレに声をかけてきた。
ボースさんみたいに牛というわけではなく、どちらかというと蛇。
その鱗をまとったかんばせがシワに見えたことと、落ち着いた物言いからか、老兵としか思えなかった。
「あ、すみません。ご迷惑をおかけしたみたいで」
オレは咄嗟に上半身を起こし、蛇顔のプレイヤーに頭を下げた。
「いえいえ、戻ってきた他のプレイヤーから聞きましたが、どうもこのゲームはふざけているとしか言い得ませんな」
「別に今に始まったことではないので」
オレは「んっ」と肩を伸ばす。
ついでにステータスを確認。
……メイゲツがオレに掛けてくれたのか[玉兎の法衣]が装備されていた。
おそらくオレが目を覚ました時に、自動回復が発動してくれることを期待してのことだろう。
目を覚まさずにそのまま死ぬ……現実でもあり得ることだ。
「目を覚まさずに……か――」
不意に病室で寝ている星藍が脳裏に浮かんだ。
彼女も……目を覚まさずにそのまま死ぬ可能性がある。
今は脳が生きており、意識があるということから、このゲームではプレイヤーであると同時にデバッガー、運営スタッフに意見が言える立場なのは知っていた。
「そういえば、貴殿にひとつお聞きしたいのですが、そちらの双子に、貴殿が皆に人質……というのはすこしたとえが悪いですな。その[紫雲の法衣]というものを預けたのですかな?」
蛇顔の老人……、すこし気になったので鑑定をしてみる。
[コウマ 剣士 Lv:26]
オレより上だった。
そのコウマさんが言うには、オレが[紫雲の法衣]を双子のどちらかに預けたというのだが――そんなもん記憶にない。
オレ以外も、周りを見渡せばプレイヤーはほとんど休んでいたり、度重なる疲れで眠りこけている。
双子もオレの近くで、二人並んで寝ていた。
だからこその違和感。
「コウマさんはオレが運ばれてから寝たんですか?」
その問いかけに、
「ええ。シャミセンさんがもどられてから休もうかと思っていましたからね」
と、応えるようにうなずいた。
「ちなみに私が起きたのは今し方十分ほど前のことですがね」
つまりは彼も見ていないということになる。
「油断した……」
狸寝入り以前に、こんな大勢のプレイヤーが滞在している中で、そんな大それたことをしてくれたものだ。
「どうやら盗まれたようですな」
コウマさんがオレの表情を察したのか、つぶやくように言う。
「まだその可能性としてですけどね。と言っても、あれってあまりオススメしませんよ」
オレはコウマさんに[紫雲の法衣]の効果を説明した。
ビコウが言っていたとおり、あれはオレだからこそ最大限の力が発揮できる。
オレ以外のプレイヤーが装備したところで、レア度に相応しい装備にはならない。
[紫雲の法衣]の説明を聞き終えたコウマさんは、おどろきと唖然、その両方をかけあわせた複雑な表情をオレに向けていた。
「さすれば噂は本当だったようですな」
「……噂?」
オレは片眉をしかめるようにコウマさんを見た。
「いやいや、すこし知り合いから面白いプレイヤーがいると聞いておりまして、レベルアップ時のポイントをすべてLUKに振り分けているアウトローがいるとか」
アウトローって、人聞きの悪い。
「ですが、それが本当だとすれば、あの装備はシャミセンさんにこそ相応しい。よく言うじゃありませんか、人が道具を選ぶのではなく、道具が人を選ぶと」
なんとかは筆を選ばずとはよく言ったもので、巧い人は粗末な道具であったとしても、うまく使いこなすことができる。
逆に藤四郎がプロ仕様の道具を使おうものなら、その力に振り回され、見るに無残なものになってしまうというもの。
道具が人を選ぶとは、まさにそういう意味だ。
「つまり、オレはそれに選ばれたってことですかね?」
「そうでしょうな。防具であるにもかかわらず防御力が上がるというわけでもない。その効果、LUKの合計値の30%が防御力として付加されるというのは、そもそものLUKが高いからこそ実力を発揮する」
そこまで話すと、コウマさんは「うむ」と、ちいさく唸った。
「そろそろしたら二日目の朝になりますな」
言われてみるとたしかに。残り時間が四八時間になろうとしていた。
シャミセンが目を覚ます三時間ほど前のことだった。
まだフィールドの中は夜明け前で、フィールドにはエフェクトとして朝霧に包まれている。
[紫雲の法衣]を盗んだプレイヤー二人は、そのフィールドを駆けまわっていた。
一人はアンスタン、もう一人はアトカースという名前である。
レアアイテムを軽々しく皆の前で脱いだシャミセンも悪いが、二人はそれを狙い、皆の目を盗んで、[紫雲の法衣]を持ち逃げしたのだ。
休憩場所にはあれだけ多くのプレイヤーがいた。
シャミセンが彼らに疑心暗鬼を生ずのは確実だ。
そう逃げ惑う二人は思った。
そんなものは……淡い期待にすらならない。
「…………」
突然、二人の目の前に、二振りの双剣を持った少女が姿を現した。
「な、なんだ?」
一人のプレイヤーが怪訝な表情を見せた時だった。
赤い閃光。それがアンスタンの腹部を一閃する。
それと同時にアンスタンのHPは全壊した。
「はっ?」
突然のことでアンスタンは呆然とした複雑な表情を浮かべながら、光の粒子となってステージのスタート時点へと強制送還されていく。
「くそっ? いったい何が起きた?」
焦りを見せるアトカースだったが、本心はしてやったりとほくそ笑んでいた。
パーティーを組んでいた場合、その仲間も一緒になってスタート時点へと戻される。
これを使えば、この訳の分からない存在から逃げることができる。
だが、その火眼金睛の少女から逃げることはできない。
アトカースが光の粒子になる既のところを、あまりあるその力で、一撃で倒すほどの一打で、アトカース自体もダメージによって光の粒子になった。
プレイヤーが倒されたことで、装備品以外のクエストで得た所有物がすべてフィールドに投げ出された。
少女はそのうちのひとつである[紫雲の法衣]だけを手に取る。
二人が手に入れたメダルのかけらには目を向けない。
いや、興味がなかったといえよう。
なぜなら……
セイエイはすでにメダルのかけらを三つ手に入れていたのだから。
ましてやクエストボスを倒してこそ意味があると思っているからこそ、プレイヤーから盗もうなどとは端から思っていない。
彼女は[紫雲の法衣]をアイテムボックスに直すと、その持ち主であるシャミセンを探し始めた。
彼女は、[紫雲の法衣]の持ち主がシャミセンということは知らない。
それでも、その装備アイテムを鑑定して見た結果、本能的にシャミセンのものだと思った。
彼女は物事を深く考えるのが不得手だった。
学校の勉強でも、教科書を読んで解き方を知り、教師の話を聞いて、問題をどう組み合わせればいいのかを知る。
これだけを聞くと、頭がいいと思われるだろうが、本人はいいとは思っていない。
実際、数学など、公式の解き方さえ理解できれば、あとは応用をつかえばいい。
社会は記憶。理科は実験の経過。その経過に変化があれば、どういった経緯で変化したのかを覚える。
そのような考えだからこそ、彼女にとって勉強というのはパズルゲームに近いものだった。
いちおう授業内容をノートにとっているし、宿題もしている。
ただし苦手な科目だってもちろんあった。
国語のテストに出てくる論理的な問題が苦手だ。
答えがひとつではないにしろ、それに近い正解が書けていれば点をもらえるのだが、感覚的に物事を判断するセイエイには、それが苦手だった。
論理の問題は、そもそも例題となった作品の筆者の心理と、出題者の解釈の時点でかけ離れている場合がある。
道筋が決まっている理論と、議論や推理をもちいて答えを導く論理では、意味が似ていてもその過程が異なる。
論理的な推測は、感覚的に行動をしている彼女がもっとも苦手なことだった。
その性格が禍いを呼んでしまう。
彼女は理解できなかったのだ。
周りがどうして勉強できないのかが。
彼女のやりかたは勉強法とはいえない。
ただ単純に、教科書と教師の話を聞いていただけだ。
理解力が優れていたというわけでもない。
彼女にとって、ゲームと同じ要領で覚えていたからこそ、難しくはなかったし、特別嫌いというわけではなかった。
成績も、平均より少し上くらいなものだ。
また、塾に行くなどと考えたことは一度もない。
通えばゲームをする時間がなくなってしまうから。
そのせいもあり、部活も入っていない。
両親がゲームに関わる仕事をしていたからこそ、セイエイは生まれた頃からゲームに慣れ親しんでいた。
古今東西、ありとあらゆるジャンルのゲームをやっている。
そんな環境に育ったセイエイだからこそ、学校の教科書は、セイエイから言わせればゲームの説明書のようなもの。
授業は、その教科書に書かれている事を詳しく説明するチュートリアルか、もしくはヒントを与えるものだろう。
そしてテストは、そのクエスト内容をしっかりと覚えているか、どういうものだったのかを書き込んでクリアする。
彼女にとって勉強というのは、そういった感覚だった。
できて当たり前とは思っていない。
その過程が、RPGにおけるクエストのように、自分の成長が見えるからこそ、楽しかったといえよう。
できなかった問題でも、どうしてできなかったのかを考える。
その過程が、倒せなかったボスや、アクションゲームの攻略法に似ていて、セイエイ自身はその過程すら楽しかった。
そのような深層心理だからこそ、彼女は勉強が嫌いにはならない。
難しいステージをクリアできた時の高揚感と似ていたからこそ楽しかった。
だからこそセイエイは周りの人間が自分を蔑ろにしているのかが理解できなかった。
自分が中国人と日本人のハーフだということにたいしてまったくと言っていいほど無頓着であり、気にもしていない。
そのことでいじめられていたというのはすこしばかり考えたが、それで自分を恨むようなことはしなかった。
というよりはしたくなかったといえよう。
すれば大好きな叔母である星藍を裏切ると思ったからだ。
もちろん両親のことも。
中学に上がってからは、進学校だったこともあり、頭がいいことは褒められる反面、やはり妬まれることでもあったが、セイエイはそんなことを気にしなかった。
だからこそ、小学校の頃に比べて、学校に行くことが苦痛というわけではない。
いや、小学校の頃も苦痛だとは感じていなかった。
それがいじめだと気付いていたとしても。…………
そんな中、彼女はたまたま、偶然、あのチーム戦に参加したことが、彼女の気持ちを少なくとも乱した。
彼女は両親や、家政婦である咲夢、叔母である星藍以外で、心から落ち着く場所を見つけた。
それが恋心だとは彼女は微塵も思っていない。
思ってはいても、それが恋心だということを彼女は知らない。
産まれて十三年弱、そういったことを経験したことがないからだ。
そしてその感覚を彼女は今まで知らずに生きてきた。
彼女は、自分が誰かと一緒にいて嫌な思いをしない場所が好きだった。
その感覚を、家族や身近な人以外で感じたことは一度もなかった。
誰かと出会うまでは。
そんな感覚が、初恋だとは彼女は知りもしない。
一緒にいる。
自分の隣に、誰かが一緒にいてくれる。
そんなホッとする場所がセイエイは好きだった。
本能的に[紫雲の法衣]がシャミセンのものだとわかったのは、シャミセンと一緒にいた時に感じた雰囲気が、[紫雲の法衣]から残り香として残っていたからだった。
その匂いが、彼女にはホッとする。安心する匂いだった。
学校でのセイエイは、普段めがねをかけているせいもあり(視力低下の原因はゲームのし過ぎ)、おとなしく、成績がクラスの平均以上のため、優等生と思われています。
当の本人は喋ることがない以上は饒舌にならないので、そう思われていますが、大好きなゲームのことになれば、自分から話すくらいです。




