義憤とのこと
油断していた。
いや、油断していたなんていう逃げの言葉では、この状況下において通用しない。
ヤツは……クレマシオンは隠し持っていたのだ。
魔獣演武のコンバーターだということを。
しかも、連れているモンスターは幻獣レベルなのだろう。
魔物に知識がある人ならわかるはずだ。
クレマシオンが連れていた魔獣は三つ首の魔犬――ケルベロスだった。
その三つ首はひとつひとつに意識があるかのように、まったく違う方を見ている。
忘れていた。
[影狼の毛皮]の弱点のことを。
プレイヤーには気付かれなくても、モンスターには臭いで気付かれるということを。
「くっ……」
オレが攻撃態勢に入ろうとした時だった。
クレマシオンがゆっくりと手のひらをオレに見せる。
制止の合図だった。
「ちょっとでも動けばこいつが炎を吐く。強烈な魔法だ。これを喰らって生きてる奴なんていない」
ケルベロスは三つの首を大きく拡げ、オレに狙いを定めている。
「シャ、シャミセンさんっ! 逃げてくださいっ! 勝てるわけないですよ。だってレベルの差が」
セイフウが、オレの袖を握る。
「そうだっ! そのガキの言う通り、逃げたっていいんだぜ? ただし……逃げたって、仲間を見殺しにしたって掲示板に書いてやるよ。面白くなるだろうぜ? あの噂のシャミセンが、実は非道で冷酷なプレイヤーキラーとして祭り上げられるんだからなぁ」
ケラケラとクレマシオンは嘲笑する。
「やれるもんならやってみろよ」
オレはスッと立ち上がる。
「セイフウ、オレの回復アイテムを全部やる。やばくなってきたら回復をしてくれ」
「ちょっ、ちょっと? 人の話を聞いていたんですか? いくらシャミセンさんの運がいいからって、当たれば一撃で殺されますよ」
そんなこと、オレがわかっている。だけど……。
「こいつらだけは……クレマシオンだけはぜってぇ赦せねぇ。仮想現実の中であったとしても、たとえゲームだったとしても、相手を貶すようなことは、人間として礼儀作法がなってねぇ」
オレは一歩、また一歩とクレマシオンに近寄る。
「おいっ? お前バカかぁ? 動くなって言っただろうがっ!」
「やってみろよっ! 大馬鹿野郎がぁっ!」
オレは[緋炎の錫杖]をクレマシオンに向けて投げ放った。
「バカは死なねぇと治らねぇか。ケルベロスッ! [魔界の咆哮]ッ!」
クレマシオンの言葉がトリガーとなり、ケルベロスの口からマグマの塊が放たれる。
その火の弾がシャミセンを飲み込んだ。
「シャミセンさんっ!」
「きゃはははっ! バカがぁっ! ケルベロスの魔法は最高に上げていたんだ。魔法の力を最高にっ! どんなやつだって一撃で倒せるんだよ」
クレマシオンが高笑いを浮かべる。
彼は知らないのだ。
今のシャミセンに――魔法が一定の確率で意味をなさないことを。
パンッと、クレマシオンのうしろでなにかがはじけた。
それと同時に、クレマシオンの全身を赤い雨が濡らした。
「はぁ?」
クレマシオンは濡れた自分の身体に目をやる。
獣の臭いと……血の臭いだった。
パッとうしろに振り返るや、ケルベロスの三つある首のひとつが、それこそ風船が割れたかのように破裂していた。
「な、なんじゃこりゃぁあああああっ?」
「クレマシオンッ!」
ラプシンがクレマシオンに近寄り、回復魔法を唱える。
「[チャージ]ッ! [フレア]ッ!」
クレマシオンとラプシンの頭上に、赫々に染まった炎の玉が振り下ろされる。
「ぐぎゃぁああああああっ?」
「きゃああああああああっ?」
クレマシオンとラプシン、二人のHPが徐々に削られていく。
「く、くそぉっ……[エアブラスト]ッ!」
ラプシンはオレの姿を捉えるや、風の刃を放った。
「効かねぇんだよっ!」
オレはその風の刃を、それこそ流れるプールの流れを逆らうかのように、その刃に向かっていく。
「なっ? どうして? どうしてダメージを喰らわないのよ?」
ラプシンが恐怖で顔を引き攣らせる。
「ちくしょぉっ! このチーターがぁあああああああああっ!」
クレマシオンは刀剣を振りかざし、オレに攻撃を仕掛ける。
「おらぁっ!」
相手との間合いがレッドになる。
[刹那の見切り]でクレマシオンの攻撃を避けると同時に、拾い上げた[緋炎の錫杖]で攻撃した。
「くぅあぁあっ!」
攻撃が通じ、更には武器の魔法効果。
さらには急所に当たったのか、クリティカルの判定が入った。
「く、くそがぁっ! ラプシンッ! なにしてやがるっ? 援護しろやぁこの役立たずがぁ」
「あんたっ! さっきから人に命令ばかりしてんじゃないわよ」
ラプシンは魔法の詠唱を長くしていた。
魔法にチャージをかけているのだ。
「ちくしょうっ! おいケルベロスッ! こいつを殺せっ!」
クレマシオンがそう命じると、ケルベロスはふたつの首のまま、炎の魔法を放つ。
その炎がシャミセンを包み込んだが、[紫雲の法衣]の効果である魔法無効が適用され、シャミセンは魔法詠唱の構えを取っていた。
「これで終わりだっ! クレマシオンッ!」
実際は敵対しているものからの魔法効果を無効にできる確率は61%と高くはない。
だけど、その運がどういうことか上昇していて、さっきから全然魔法攻撃がオレにダメージを与えていない。
「[チャージ]ッ! [エアブラスト]ッ!」
ラプシンが魔法詠唱を終え、風の刃を放つ。
「[チャージ]ッ! [ライティング・ブラスト]ォッ!」
それとほぼ同時に、オレの魔法がラプシンに向かって放たれた。
ラプシンの風の刃がオレにぶつかってくるが、[紫雲の法衣]の効果で魔法は無効化される。
それとは逆に、オレが放った光の矢がラプシンに通じた。
クリティカルの判定。ダメージはラプシンのHP全体の1%にも満たない。
「きゃはははっ? どんな強力な魔法かと思ったら、全然ダメじゃない」
ラプシンはやれやれといった哀れみの笑みをオレに向けた。
ハッキリ言う。
オレがお前にその表情を向けたい。
「――えっ?」
ライティング・ブラストの光の矢で射抜かれたラプシンの身体から光が放出される。
その光が新しい光の矢を作り出し、ふたたびラプシンの身体を射抜いた。
「きゃぁあっ?」
さっきのダメージの二倍。HPの2%のダメージを食らう。
そしてその攻撃はふたたびクリティカルの判定を与える。
「くっ? くそぉっ! な、なによっ? これぇっ!」
ライティング・ブラストは相手への攻撃がクリティカルであれば、それが途切れるまで永遠に続いていく。
最初はちいさく雀の涙ほどのダメージでも、回数を増やしていけば――100%を超える。
「くっ? くそぉっ!」
HPを全壊されたラプシンの身体は光の粒子となって消える。
それと同時に、クレマシオンの身体も光の粒子に変わっていく。
マリカと一緒にいた剣士が言っていたとおり、仲間が死ぬと一緒にその場を離れてしまうようだ。
「ち、畜生っ! てめぇ覚えてろっ! ぜってぇ殺してやるっ!」
そう捨て台詞を吐きながら、クレマシオンも飛び去っていった。
オレはその場に倒れ込む。疲労が半端じゃない。
「セイフウ、大丈夫か?」
そう呼びかけたが、セイフウの返事がなかった。
「お、おいっ? セイフウッ! 返事をしろっ!」
冗談じゃない。
あんな呪いみたいな、訳の分からないバッドステータスで死ぬんじゃねぇよ。
だけど悲鳴を上げたところで解決方法が見つかっていない。
「セイフウッ!」
声が聞こえ、オレはそこに目を向けた。
「なっ? ど、どうして?」
部屋の入り口に、[玉兎の法衣]を羽織ったメイゲツの姿があった。
彼女の顔に活気があり、急いでメイゲツのステータスを確認した。
ステータスには[カース・ノア]の文字がない。
「メイゲツッ! 助かったのか?」
オレがそう声をかける。
「はい。彼女が助けてくれました」
メイゲツはゆっくりとうしろを振り返った。
「ほんと、どうしてイベントになると危険な目に遭うのか、そういう運命なんですか?」
苦笑を浮かべながら、ビコウがオレに文句を言う。
「そういう運命なんだろ? ダイスの神様はいつも気まぐれだ」
オレは笑みを返す。
「憎まれ口を叩けるあたり大丈夫そうですね」
ビコウはそう言うと、視線をセイフウに向ける。
「ビコウ、セイフウを助けてやってくれないか?」
そうお願いしたが、ビコウは首を横に振る。
「なっ? なんでだよ? お前だったら助けられるんじゃないのか?」
オレは納得がいかず、ビコウを責める。
「わたしが最高レベルだからって、覚えていなければ意味がないですよね? それに私、病院で言いませんでした? 今回のイベントでは私は参加できないって」
「で、でもよぉ……。こんな訳の分からない状態異常で、なにも解決策がない状態で死ぬなんて、そんなの理不尽だろ?」
オレはビコウに頭を下げる。
「シャミセンさん、人にはできることとできないことがあるんです。わたしだってセイフウを助けたい。でも今回のイベントでわたしは監視するという立場でしかないんです」
ビコウのいうことはもっともだ。
彼女はこのゲームではプレイヤーであると同時にデバッガーでもある。
さらにいえば運営からゲームの監視を任されている特殊な立場だ。
審判が、個人的な理由で選手を助けることは本来許されていない。
「だから呪術解除の回復魔法をメイゲツに覚えさせました」
ビコウは笑みを浮かべる。
「えっ?」
オレは、いったいなにがどうして? といった素っ頓狂な表情を浮かべてしまった。
「い、今……なんて?」
「ですから、メイゲツに呪術解除の回復魔法を覚えさせたんです。わたしができないのはあくまでクエストの助言や手助け。プレイヤーに魔法を教えることに関してはそれ以外のことですから制限はされていないんですよ」
オレはメイゲツに目を向けた。
あ、でもプレイヤーに魔法を教えるのは手助けじゃないの?
と思い、それをたずねると、どうやら呪術自体が予想外の事態だったらしい。
そのメイゲツはセイフウに近寄り、胸元に手をかざすや、回復魔法の詠唱を始めた。
「そうだっ! ビコウ、セイフウの首に毒が仕込まれた首輪がはめられてるんだ。」
ビコウはちいさくうなずくと、首輪に手をかざした。
ガチャンと、なんとも気の抜ける音と同時に首輪が外れる。
「た、助かったのか?」
「はい。ただ……針を短くした画鋲を首輪の内側に貼っただけのハッタリでしたよ」
えっ? どういうこと?
「シャミセンさんはプラシーボ効果っていうのは知ってますか?」
「えっと、たしか思い込み……」
オレは、アッと声を荒らげさせた。
「セイフウは両手両足を鎖で縛られ、さらに呪いを掛けられていた。さらには痛みを与えられたことで、あのふたりの言葉を信じこんでしまった」
「つ、つまり……相手がなにかやったことでその首輪に毒があると思い込んだってことか?」
その問いかけに、ビコウはうなずく。
「感情が昂れば正確な判断ができなくなる。このゲームの一番やっかいなシステムですからね。それをコントロールできれば頼りになりますが、振り回されれば最悪仲間を失ってしまう諸刃の剣ですから」
ビコウがオレにそう説明する。
そのオレは、双子が死ぬことなく助かったことに緊張が解け、へなへなとその場にへたり込んだ。
まったく無様な姿だ。
そんなオレを見ながらビコウは含み笑いを浮かべる。
文句を言いたかったが、そんな気力も出なかった。
影狼の毛皮の身を隠せる効果は、シャミセンの余りある幸運値ですら、嗅覚が鋭いモンスターには通用しません。
いうなれば、プレイヤーに気付かれる確立が5%だとすれば、獣から気付かれない確立が5%といったところでしょう。(それでもモンスターのレベルが低い場合は、プレイヤーと大差ありません)
通用したらシナリオ的に面白くないなと思い、付けたデメリットです。




