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悪役令嬢ぴるぴる16


さてさて。

収穫祭がやってまいりました。

王都の収穫祭は、芸術祭、ダンスコンクール、武闘会、料理大会、そして周囲の屋台郡が、まず基本構成となっております。

芸術祭は、出場希望者が思い思いに描いた絵画を出展し、絵画を競うものであり、優勝者には賞金と絵筆が贈られる。

ダンスコンクールは、ダンスを競うものであり、ゲーム内では女性が一人で踊る映像しかなかったが、どうやら男性部門、男女ペア部門もあるらしい。

優勝者には、賞金と櫛が贈られる。

武闘会は、各人好きな武器の使用が許された、トーナメント式の大会である。

剣術、柔術、体術など、何でもありだ。

優勝者には、賞金と剣が贈られる。

料理大会も、各人好きな料理を作り、それを予め選定されていた審査員たちが票をつけていくものである。

優勝者には、賞金と高級卵が贈られる。

ゲームでは、それぞれ優勝か準優勝すると、芸術祭とダンスコンクールは社交評価が、武闘会は戦士評価が、料理大会は家事評価が大幅にアップしたものだ。

 ちなみにステータスは、基本の「基本能力ステータス」と、世間の評判的な「評価ステータス」の2種類がある。

賞品として贈られたものは、品に応じた各種基本ステータスが上げられたし。

そして、なんといっても屋台。

広場を中心に、広場へ向かうすべての通りに所狭しと屋台が並ぶのである。

ばっばーん。

 おかず屋台に、粉もの屋台、冷たい飲み物屋台に、スープ屋台。

 お酒屋台におつまみ屋台・・・うふふ。

 色とりどりのスイーツ屋台が並ぶ甘味通りは眼福である。

 眼福・・・そう、私はただひたすら見下ろすだけなのである。

 ひたすら、ひたすら、ひたすら、じーっと。

 このバルコニー席から。

 兄とともに父を挟むこの場所から。

 長い道のりでした。

 そして、ゴールはまだまだ遠いのです。

まあ、このバルコニーも素敵だからいいんだけどね。

石造りの、パーティー会場に使用することもあるという、正確にはルーフバルコニー。

手すりには神話をモチーフにした彫刻が彫られ、広々と置かれた台座も豪奢なソファには、肌触りの良い布がかけられている。

そしてソファを覆う天蓋は、なんと今回の収穫祭のために誂えられたものだという。

支柱は熱を持ちにくい何とかいう金属ででき、覆いの布は光沢のある白い布に細かな刺繍が施されている。

「お嬢様、暑くございませんか」

 急ごしらえとは思えない天蓋の下で、爽やかな風を送ってくれているエド君です。

 エド君は、孔雀の羽のような大ぶりの白い羽を重ねた扇子を持ち、私が座る柔らかソファの脇に跪き、涼しい顔で扇いでくれているのだ。

「ええ、とても涼しいわ。もう大丈夫よ」

 緊張が祟ったせいか、テラス席に着き、父と兄に挨拶するためにエド君の腕から降ろされた瞬間、私はよろめていしまったのだ。

 ちょっとふらついただけであって、本人的にはそれほど大したことはなかったのだけれど、エド君は大層な動揺ぶりだった。

あ、と思う間もなく、気づいた時にはエド君の腕の中に戻っていた。

 阿鼻叫喚の地獄絵図を見てしまったよ。

 そしてエド君の動揺につられたのか、父が王都中のエリクシールという万能薬を集めるよう指示を出し、兄は兄で、屋台通りが出来上がりすでに賑わいきっている中での救急搬送用のルート確保を指示していた。

やめてくれ。

エド君にお願いして父と兄の暴挙を思い留まらせてもらおうにも、エド君もあちら側の住人になっていたので、私は決死の思いでまずはエド君に正気に返ってもらった。

そして、今。

エド君はひたすら私を扇いでいる。

「エディ、もう大丈夫よ」

 自分を扇ぎ続けるのだって、けっこう疲れるよね。

 前世、エアコンが壊れ、扇風機が壊れ、給料日前だったせいで、駅前で配っていた団扇でひたすら凌いでいた時を思い出す。

 扇いではぐったり、扇いではぐったり・・・しょっぱい思い出です。

「涼しくて気持ち良いけれど、エディが扇子を扇いでいると、エディと手をつなげないわ」

 瞼を伏せ気味に、声のトーンを落として伝えてみる。

「お嬢様・・・」

 神妙なエド君の声。

 扇子から送られる風が緩やかになり、やがて止まる。

「申し訳ございません。少々我を失っておりました」

 うんうん、そうだよね。

 一見まともになって父と兄を止めてくれたけれど、本人は至ってぶっ飛んだままだったんだよね。

「はい、エディ」

 殊勝に顔を顰めるエド君の目の前でひらひらと手を振りかざしてみれば、エド君は脇の丸い小机に扇子を置き、その手をやわらかく握りしめ、甲の部分に接吻けた。

そこまではしなくてもいいんだよ?

「エドワード、桃の果実水を」

ほらほら、冷え冷えした声が・・・。

ちら、と声の元を辿れば、そこには恐怖の大魔王が、いた。

雷光でも発しそうな鋭い眼光は、エド君が唇を押しあてたままの私の手に向けられている。

あかん。

HPがじわじわ削られてる。

エド君もなんか平気そうな顔してて放しそうにないし、私は硬直しているのでどうにもできない。

この上なく金縛られている。

エド君、気づいて。

魔王が狙っているよ。

「果実水を」

「は」

ようやく唇が離れたと思ったら、エド君はテラスと室内の境で待機していた人に一言命じた。

父はエド君に用意してもらいたかったんじゃないの?

いいの?

命令のたらい回しとかして。

少しして、果実水の入ったグラスがエド君の元に運ばれると、エド君は一匙スプーンで掬い、口に含んだ。

どうして私のエド君が父の飲み物の毒見をするの。

と思っていたら。

「どうぞ、お嬢様」

そのグラスはリリウムに差し出された。

差し出されたといっても、液体の入ったガラスの器などリリウムに持てるわけもなく、エド君が差し出してくれたのは、口元だ。

え?

「桃の果実水でございます。残念ながらエドワードがお作りしたものではありませんが、作り方はいつもお嬢様にお作りしているものと同じです」

あらまあ、そうなの。

エド君の作る桃の果実水は大好きよ。

口元に差し出されたグラスの口からは、甘い桃の香りがほんのりと漂ってくる。

でもこれ、父の飲み物じゃないの?

飲みたいのに、飲めない。

涙目になりつつ、エド君を上目遣いに見上げる。

さすがにわざとではなく、位置関係上あざと可愛い感じになっただけなので、あしからず。

「可愛らしいお嬢様、何を憂いておいでですか」

あまりにも私が飲まずにいたからか、エド君が瞳を覗き込むようにして聞いてくれる。

鼻先の触れあう距離で見るエド君は、やはり端正な容貌をしている。

「あのね、エディ」

限りなく近づいてくれたので、私は父と兄に洩れ聞こえないように、この上なく小さな声で聞く。

「これ、お父様の飲み物でしょう?」

「いいえ、お嬢様のお飲み物ですよ」

私の小さな声に合わせて、エド君も小さな声だ。

腹筋がないせいか、私が声を小さくすると吐息のようになってしまい、実のところ非常に聞き取りにくくなっている。

けれど、エド君が声を小さくしても、ただ音量が小さくなっただけで、言葉としての機能を失うことはない。

さすがエド君である。

「でも、さっきお父様が・・・」

「お嬢様のお飲み物を用意するようにとのお言葉ですよ」

え?

そうなの?

そうだった?

リリウムの名前なんて一文字も口にしてなかったよね?

それとも何か暗号があった?

「さあ、どうぞ、お嬢様」

にこりと、エド君が改めて勧めてくれる。

喉は確かに渇いている。

桃の果実水も大好きよ。

でもね。

そろそろと父の方向に視線を巡らせ、視界の端に入れてみる。

先ほどの雷光ばりの眼光は、軽くトラウマなので。

「飲みなさい、リリウム」

 うう、この冷たげで貴族的な声でそんなふうに言われてしまうと・・・。

「ありはとうございます」

 ・・・・・。

 まあ、噛むんですけどね。

 でもでも、そう仰っていただいたのならば、ありがたく頂きます。

 私の飲む意思を感じ取ったのか、エド君がうまい具合にグラスを唇に触れさせて傾けてくれる。

 世話人の検定があれば、間違いなくエド君は一級でしょう。

 そこまでエド君を育て上げたのは私です。

 そう考えてみると、私もエド君の成長の功労者ということかしら。

 いやいや、何を言っているの、私。

「美味しゅうございますか、お嬢様」

 は。

 そうだった。

「とても美味しいわ」

 桃の果実水の美味しさに浸っていたら、いまの状況を忘れていた。

 すっかりいつもの寛ぎタイムのさなかにいるかのような気分になってしまっていたよ。

 半分ほど中身の減ったグラスを、エド君がソファの脇のサイドテーブルに置く。

 と、同時に、金管楽器の音が高く鳴った。

「・・・!」

 なんと。

 大迫力に思わずエド君に手を伸ばしてしまったよ。

 すかさず抱きしめられて、今はソファから身を乗り出してほとんどエド君の腕のなかにいる。

 心の準備を全くしていなかったので、心臓はまだ静まりそうにない。

 運動会の始まりの合図みたいなもので、収穫祭の始まりを知らせるものなのだろう。

 眼下の広場では、壮麗な衣装を身に纏った騎士たちが、まるでマスゲームみたいに行進していた。

 いつのまにか、王室の席も揃っている。

 王室の席からはさすがに死角はないらしく、こちらに気づいた王太子がにこりと笑顔を向けてくるのに、ぞくりと背が凍った。

 王様が民衆に手を振り振りしながらこちらを見て、こちらに向かっても手を振り振りしてくる。

 お手振り独占とか、希望していないので、さっさと手を止めるか別のところに振ってくれないだろうか。

「お嬢様、手を振り返してさしあげてはいかがですか」

「え?」

 王様のお手振りに、手を振りかえす?

 そんなこと、考えたことなかったけれど。

 エド君の腕の中からひっそりと振りかえしてみれば、王様は一つ頷いて別の方向へと手を振り振りした。

 なんと。

 お手振りかえしをお望みでしたか、気づかず失礼しました・・・。

 うふふ、陛下ったらお茶目さん・・・。

「どうぞ、お嬢様」

 なんだか疲れたような気分でいたら、エド君がグラスを口元に運んでくれた。

 コクコク。

「美味しいわ」

 甘さがじわりと染み込み、心にゆとりができた気がする。

「ようございました」

 にっこりと微笑みつつ、さりげなくエド君の腕の中にいたのをソファに戻される。

 そのことに心細さを覚える自分に、少々危険を感じた今日この頃だ。

 広場ではいつのまにやらマスゲームが終わり、ダンスコンクールが始まっていた。

 収穫祭の期間中、この広場のみを使いダンスコンクールのほか、芸術祭、武闘会、料理大会などの各競技を行っていくらしい。

 プログラムのようなものは配布されないらしいけれど、収穫祭の進行予定はすでに立てられているので、どこから進行予定を聞いてきたのか知らないけれど、エド君がすらすらと予定を教えてくれた。

 残念ながら覚えきれないので、エド君に気になる都度訊くことにする。

 一番最初の種目はダンスコンクールの女性の部だそうだ。

 それが一段落すると料理の部で実食という名の昼食タイム、そして食後の休憩という名の芸術祭風景画部門・・・。

 逆でした、芸術祭風景画部門という名の食後の休憩タイムでした。

「すてきねぇ」

広場では一人ずつダンスを披露している。

思い思いの衣装もそれぞれ美しい。

世界観的にパンツスタイルの衣装やジャズダンス系のダンスはなく、スカートの裾の長さはそれぞれだけれど、ひらひらと優美にひらめかせている。

重力を感じさせない軽やかな動きは、大好きな妖精を思わせた。

歩くことすら未だにおぼついていない私には絶対に無理だろう。

まあ、リリウムは、そこにいるだけで妖精なので。

「・・・うーん」

「どうされました、お嬢様」

「うーん?」

首が傾いていく。

何と答えられるものはないのだけれど、何だか胸の内がもやもやしている。

心配そうに見つめてくる碧の瞳。

なんとなく心細そうで、ちょっと新鮮な気もする。

見つめ返しつつ、何をもやもやしているのか考えるのだけれど、答えは見つからない。

うーん。

「どうしたのかしらね」

どうしたものかと思いエド君に投げると、苦笑が返ってきた。

まあ、そうだよね。

本人が分かってないものをざっくり投げられても困るよね。

「まあ、いいわ。エディがいるものね」

にっこり。

そうでしょう、エド君。

何が起こっても何とかしてくれるよね。

「エドワードはいつでもお嬢様の傍におりますよ」

うんうん、そうよね。

世界は二人のためにあるのよね。

エド君としっかり見つめあう。

ふう。

落ち着くわ。

「ごほん」

ごほん?

わざとらしい咳の音がした方を見ると、兄が口元に拳を当てていた。

「ごほん」

今度は父の方から。

何かやってしまったのだろうか。

ぴるぴるしながらエド君にすり寄る。

「リリウム」

「はい」

父への返事は、エド君が寄り添ってくれているせいか、心なしかはっきりしていた。

どうしちゃったの、リリウム。

すごいじゃないの、リリウム。

「婚礼の衣装は、やはり白がいいか」

「・・・・・」

・・・・・。

は。

い、意識が私を置いてきぼりにしようとしていたよ。

父が口にした言葉は、記憶のどこを探しても見あたらない。

何の話だっけ?

「白が嫌ならば、青白磁か」

好きな色の話?

どうして急に色の話???

ぴるぴるしながら父を見る。

相変わらず眼光が鋭すぎる。

瞬きもせずにじっと見つめ続けられていると、こわい。

「良質の真珠を集めさせている。こんなにも早く嫁に出すことになるとは思わなかったが」

「・・・・・」

・・・・・。

は。

大変、なんだか私の意識が旅立ちまくってる。

「リリウムが結婚するのは、まだ先のことだと思っていた」

あ、あ、アウトー!

さすがに三度目となると、自分を騙すのも限界です。

アウトです。

 けっこんて何ですか。

 血痕的なあれですか。

 違いますよね、分かってます、結婚のことですよね。

 恐怖の結婚。

 鋭いまなざしが幾分和らいで、感慨深げに滲むけれど!

 リリウムは!

 絆されたりしない!

「お、おとうしゃま」

 舌がぴるぴる。

「なんだね」

 抑揚のない声でそんな風に言われてしまうと、続ける気力がごっそり去える。

 あ、あかん。

 止められない。

 今息の根が止まるか、エンド後に息の根が止まるか。

 その2択しか選択肢が見えない。

 それとも私の目が曇ってるだけなの。

 3つ目の選択肢が実はあったりするの・・・いえいえ、なければ作るんです。

「エディ」

 父や兄を憚り、小さな声でエド君を呼ぶ。

 すかさずエド君は自分の耳を私の口元に寄せた。

「エディはずっと私の傍にいてくれるのよね」

「勿論でございます」

 もはや慈しみしか湛えていないような瞳は、きっと何度も真剣に聞く私の頭を慮ってくれているのだろう。

 うんうん、何度も聞いてごめんね。

 ボケてるわけじゃないのよ。

 確認したくて仕方ないだけなの。

 本気で忘れているわけじゃないのよ。

 だからそんなに慈愛のこもった瞳で見ないでください。

 さあ、リリウム。

 さあさあ、私。

 気を取り直して。

 ぴるぴると父に向き合う。

 自分の意志でこんなにも父に対峙するスタンスを持つのは、もしかしたらリリウム生初めてのことかもしれない。

 もしそうならば、快挙である。

「おとうしゃま、わ、わたくしは・・・エド君と・・・、ずっと・・・ずぅっと・・・いっしょに・・・しあわしぇに・・・なります」

 ひっそりと片隅で生きたいのです。

エド君さえ傍にいてくれれば、あとはどうとでもなるので、捨て置いていただけるだけでいいんです。

 安定の噛み噛み具合で伝えたが、伝わっただろうか。

 ちなみにこの場における「・・・」は私の深呼吸の間である。

 後半はもうやはり立ち向かう気力はしゅるしゅると萎みきっていたので、完全にエド君にしがみついていた。

 エド君にしがみついては戻され、しがみついてはもどされ、しがみついてはもどされ。

 今日も朝から安定のリリウム具合です。

「うむ」

 うむ、と父が頷いた。

 続きをじりじりと待つ。

 が、続きはいつまでたっても発されることがない。

 父よ、「うむ」じゃ分からん。

 私はエド君とこれからも一緒にいていいんですか?

 唯一にして最恐っぽいエド君という盾を、手放さなくていいんですね?

 幸せになっていいんですね?

「え、えど君と、幸せに・・・いいですか・・・?」

 立ち向かう気力を出し尽くした私は、もはや息も絶え絶えに片言を紡ぐのが精いっぱいの態である。

 けれど、私は私を褒める。

 初期に比べれば、私のこの成長は称賛に値する、と思う。

 緊張と恐怖のあまり、呼吸が難しい。

 難しいので苦しくなって、その苦しさに喘ぐせいでさらに呼吸が乱れるのでさらに苦しくなる。

 とんだ悪循環である。

 じっと雷光を湛えていそうな眼光を注がれ続けるのを、エド君に縋りつつも何とか見つめ返す。

 ・・・・・。

 久しぶりにじっくりと見る父は、美形だった。

 そもそも、父によく似た兄は乙女ゲームの攻略対象であり、すなわち美形である。

 そしてよく似ていると説明文にある父は、当然ながら兄を年かさにした容貌であり、すなわち美形なのである。

 この世界は前世からすればかなりの早婚が主流なので、父も実のところ若い。

 なんと、あんなにも恐ろしかったのに、ときめきそうである。

 その証拠に、ほら、胸がどきどきと高鳴り、呼吸がさらに荒くなり、頬からは血の気が引き、指先がぴるぴると・・・。

 いやいや、途中からは貧血の諸症状でしょう。

 あー、びっくりした。

「・・・よい」

 ・・・・・。

 うん?

 貧血のせいで耳鳴りがしたような・・・。

 なにか、聞こえたような・・・。

 ぱちぱちと瞬きする。

「えでぃ」

 こそりとエド君のシャツの胸元を引く。

 なにか大切なこと聞き逃したかな?

「ようございましたね、お嬢様」

「うん・・・?」

 うん?

 あれ、もしかして?

「エドワードがお嬢様の傍でお嬢様の安寧を永劫お守りすることを、お許しいただけたのですよ」

 にっこり。

 これまで見せてくれていたものとは比ではない、鮮やかな笑みをエド君は浮かべていた。

 臨界値を振り切ったような笑みだった。

 ・・・ちょっと怖い。

でも嬉しい。

エド君と一緒にいられる言質をとったということは、活路を見出だしたようなものである。

 さすがに最悪の事態にはならないんじゃないだろうか。

「ありがとうございます・・・おとうしゃま」

 あかん。

 ぴるぴるが治まらない。

「こほん」

 咳払いを一つして、声の調子を調える。

「嬉しいです、お父様」

 よし。

 にっこりとエド君を振り仰ぐ。

 にこにこ笑うエド君に、私もにこにこ笑う。

 両の手を指を組むようにしてエド君と手と手を取り合う。

 この喜びを分かち合えるのは、やっぱりエド君よね。

 ああ、今がエンディングだったらいいのに。

 リリウムは最恐の盾を手に入れたのだった・・・完。

 みたいなね。

「リリウム・・・」

 微笑みあうエド君と私。

 そこに父が声をかけてきたのだけれど、すぐ後にダンスコンクールの審査発表を合図する金管楽器の音が聞こえてきた。

 そういえば、全然見てなかった。

 気になる。

 ヒロインが参加していたのかも気になるし、参加していたのだったら兄が見ていたのかも気になるし、どんな人が一位だったのかも気になる。

 でも、父に呼びかけられたのに、それを無視して発表にかぶりつくなどできるわけもない。

 残念な気持ちでエド君の腕の中から父を見ると、「ダンスを見るのは好きか」と、相変わらずの抑揚のない声で聞かれた。

 これは・・・この問いは・・・。

 閃いた私は、エド君を見た。

 エド君は頷きを返してくれた。 

「・・・・・・はい」

絞り出しました。

 一拍どころか二拍も三拍も置いたけれど、私は父にそう返したのだった。

 ふう。

 以前、父から質問を受けた際に、その時のエド君は父の質問には裏の意味も含みもないのだと説明してくれた。

 果たして今回はどうかと思ったけれど、どうやら思い至ったとおりだったらしい。

 なんだか満足感すらあるよ。

「そうか」

「はい」

 重ねて私は頷いた。

 なんだろう、今日の私のこの成長具合は。

 我ながら惚れ惚れしてしまう。

 父ももう満足したようで、視線を広場に戻している。

 ではでは、私も。

広場では一人ずつ挨拶をしながら出場者たちが整列していっていた。

程なくして全員の整列が終わると、また金管楽器が高らかに鳴り響く。

発表が始まるようだ。

当事者でもないし、見てたのなんて前半ぐらいなのに、緊張する。

賞状のように巻いた紙を持った20代後半ぐらいの文官服に身を包んだ男性が、王室席に仰々しく礼をし長々しい口上を述べ終え、紙を開く。

「三位は、ドロシー・キルケ」

知らん人だった。

名前を呼ばれて出てきたのは、黒い巻き髪が妖艶な、セクシー美女だ。

ゲームの収穫祭でもモブのダンスシーンをいくつか流すのだけれど、そこでも見たことがない。

セクシー美女は、王室席から少し離れたところに膝をついた。

顔は伏せたままである。

「二位は、ロクサーヌ・・・」

 ロクサーヌ?

 その名を聞いた瞬間、他の音が耳に入らなくなった。

 整列から出てきたのは、ヒロインの少女に違いない。

 噂から推測するに、複数攻略の逆ハーエンドを目指しているのかと思っていたのだけれど、そうでもなかったんだろうか。

 どの競技を選ぼうと、少なくとも収穫祭に参加できる年齢になって以降は、毎年収穫祭で何らかの競技で一位にならないと、会話とかで好感度を上げていてもパラメータの基準が達せず、逆に誰も攻略できずにモブとの結婚エンドに終わることも少なくない。

 他の乙女ゲームがすべてそうなのかは知らないけれど、前世でのこのゲームにおいては、会話プラスパラメータープラスイベント、の3コンボをバランス良くクリアしないといけなくて、それはもう大変だった。

 攻略本もなく、人のブログでヒントを得てはちまちま進めていた。

 どのようなゲームだろうと、攻略本なしに開拓していく人たちは、根性集中力知力が人よりも優れているんだろうなあとブログの主たちを尊敬したものだ。

 私にはできない。

 たしかにお世話になったゲームだけれど、さすがに攻略本もなしにゲームをしていたら、途中で投げ出していただろう。

しかし、二位というのはあまりにも微妙だ。

ロクサーヌは、逆ハーを狙っているんじゃなかったのかな。

と、王室席の前に移動する途中、ロクサーヌがこちらを睨みつけたような気がした。

それとも、上を見上げた時に、太陽が眩しかっただけ?

表情も読めないほどの距離なのに、顔を向けられた瞬間感じた突き刺すような視線。

背筋が震えた。

勘違いだろうか。

目を細めたのを、睨んだような気がして、突き刺されたと瞬間的に感じてしまっただけ・・・とか。

ヒロインが一位のセクシー美女の隣に膝を着くのを見届ける。

三位の発表はもう耳に入らなかった。

「お嬢様、エドワードがついております」

「エディ・・・」

なんて頼もしい。

さすが私のエド君。

「ずうっと、ついていてね」

「勿論です、お嬢様」

ああ、心が洗われるようだわ。

またもエド君と二人の世界を築いていると、「ごほん」とわざとらしい咳の音が聞こえた。

兄である。

兄は私を見ていた。

・・・何?

「そろそろ、昼餐にしましょうか、父上」

兄よ、父はあっちだ。

私は父じゃない。

「そうだな。今年の屋台は、商会が取り仕切っているようだ。革新的な料理を次々と提供するとか」

父よ、父の会話の相手は兄です。

私じゃありません。

そんなに爛々と見つめないでください。

仲良し親子の邪魔をする気はありませんので。

もう、もう、二人でラブラブしてていいですよ。

私はエド君とラブラブするし。

「たこ焼きとか、お好み焼きとか、中々人気があるらしいですね」

「ああ、それに甘味もな。確か、桃を使った焼き菓子もあったな」

「エッグタルトや、ポテトチップスだったか、薄く焼いたじゃがいもも」

「飲み物も、スパイスを使った・・・チャイと言ったか。珍妙な名だが、味わい深いとセレス大臣が誉めていたな」

なんと!

セレス大臣は、美食家で有名だ。

どれぐらい有名かと言えば、社交界とはほぼほぼ無縁でエド君以外の人間との会話など片手で足りるリリウムが知っているぐらいに有名だ。

しかも、今の二人の会話の感じたと、日本の屋台を再現しているようではないか。

エド君にお願いして、日本で食べていたものたちを再現してもらったりしたけれど、部屋でこっそり食べるより、屋台巡りしながら食べた方が雰囲気出るよね。

 行きたい、行きたい、行きたいなぁ。

 じっとエド君を見つめる。

 行きたい、行きたい、行きたいなぁ。

 じっとエド君を見つめる。

 伝われ、この思い。

 行きたい、行きたい、食べ歩きしたい。

「お嬢様」

「なあに、エディ」

「人ごみは危のうございます」

 ・・・そうですよね。

 伝わったところで、結果は変わらないよね。

 父と兄を置き去りにするわけにもいかないしね。

 つまらん。

 でもまあ、公爵令嬢だし、そんなものか。

 ほどなくして運ばれてきた屋台料理たちは、ありがたいことに湯気が立っていた。

 心が躍る。

 しかし・・・。

 父と兄に視線を巡らせる。

 眼光鋭い貴族然とした男二人が屋台料理を前に、フォークとナイフを構えていた。

 なんというミスマッチ。

 シュールとしか言いようのない光景は、面白いばかりだ。

私のたこ焼きは、すぐ脇に立つエド君の前に置かれている。

 エド君も実はたこ焼きをナイフとフォークで食べる人だったりする。

 箸は無理でも、楊枝や竹串のようなものならば、こちらの世界でも再現可能ではないかと思ったのだけれど、エド君が無理だと言っていたので、少なくともリリウムの視界に入ったことはない。

 なので、今世、私もナイフとフォークでたこ焼きを食べることになるのかと思いきや、リリウムは安定のエド君でした、まる。

 熱々で食べるのが美味しいのだと熱弁した結果、熱々で目の前に運ばれてくるものの、熱くて危ないからとエド君に制され、自分でたこ焼きを食したことはない。

エド君は、たこ焼きを二つに切り、片割れを口許に持ってきてふうふうしている。

 幼いころのエド君のふうふうも可憐だったけれど、今の大人のエド君のふうふうも萌える。

 脳内で身悶えしながら眺めていると、ほどよく冷まされたたこ焼きが口元に差し出された。

 よきかな。

「あーん」

「どうぞ、お嬢様」

「ん」

 噛むとほんのり熱く、そしてまた、うま味が口の中に広がる。

 おいしい。

 色々変わりたこ焼きが出ていたけれど、こちらの世界で長年過ごしていると、定番が恋しくなってきていた。

 そしてたまにしか食べられないので、定番への慕わしさが今なお維持されている。

 明石焼きも好きだけれど、やっぱりお祭りにはたこ焼きかなあ。

「美味しいわ、エディ」

 だから、もっとちょうだい。

 にっこり。

 心得たエド君が、もう残った片割れを口元に運んでくれる。

 あーん、ぱく。

 あらまあ、タコはこちらに入っていたのね。

 タコといっても、たこ焼きが世間に浸透するようになってから名前が付いた海の生き物なのだったりする。

 今後この世界のタコは、これのことを言うことになるのだろうと思えば、世紀の大発見に立ち会ったかのような感動が・・・湧くわけもありません。

「こちらもどうぞ、お嬢様」

 差し出されたのは、青のりのようなものとかつおぶしのようなものが躍る、一口分の焼きそばだ。

「あーん」

 ぱり。

 茶色よりも黒色に近い麺は、所々ぱりっと揚げたようになっていて、少し濃いめの味付けがまた何とも言えない。

「美味しい」

 ああ、この世界で焼きそばをたべることができるなんて、ほんとうに、夢みたい。

 それほど好きというつもりもなかったのだけれど、こんなに美味しく感じるなんて。

「美味しいわ、エディ」

「そうだな、リリウム」

「まったく、初めて食べるが、こんなにも深みのある味わいだとは。感じ入ったぞ、リリウム」

 エド君ににこりと微笑みかけたが、返してきたのは父と兄だった。

 しかもリリウムへの言葉であることを必要以上に強調してくるし。

 ・・・反応しないとダメだろうか。

「・・・・・」

 なんて返そう。

 もぐもぐ。

 とりあえず、新たに入れられた口の中の焼きそばを咀嚼しないとね。

 ついでに、飲み込んだのを見計らって、差し出された桃の果実水も飲みこむ。

 青のりもどきとか、かつおぶしもどきとか、歯とかについていないかなと、恥じらっていると、エド君が鏡を持たせてくれた。

 よし、おっけー。

 じっと私の返しを待っているらしい父と兄に視線を巡らせる。

 二人が身構えるのが分かり、慄くしかない。

 大したことは言えませんよ。

 期待しないでくださいね。

 声を大にして言いたいところ、心の中で叫んでみた。

「ようございました」

 ささやかな声音で言ってみる。

 どもりもせずに言えたことに、誉め言葉を期待してエド君を見るも、何かを促されている視線を感じた。

 なんですと?

 もう一声?

 何系の一声?

「お、おとうさま・・・おにいさま・・・?」

 ???

 訳も分からず、とりあえず、エド君の操り人形になってみました。

 父と兄は、何かを噛み締めている模様です。

 眼光はかっとばかりに見開かれ、歯は喰いしばられ、なにやら恐ろしい面相になっている。

 エド君を見るが、何か大きな仕事をやり終えたかのような晴れ晴れとした空気を醸し出していた。

 うーん。

 さっきから感じるもやもやしたものを、掴みかけている気がするのだけれど。

 まあ、よろしかろう。

 その後も、休憩等を挟み、収穫祭は滞りなく進行された。

 他の競技では、それぞれヒロインのライバルとして君臨される者は、トップスリーに入ることもなく終わっていた。

 ここもゲームの不思議で、ヒロインとライバルになると手強い強敵になり優勝争いを繰り広げるのに、そうでない場合には、歴戦の収穫祭経験者が上位を占めることになっている。

 たこ焼き屋台とかはゲームに出てこなかったけれど、そこら辺は変わらないらしい。

 なんだか、変更点の有無の基準がよく分からないけれど、少なくともリリウムの周囲は平和に終わったので良しとしましょう。

 はい、収穫祭、しゅうりょーでーす。





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