2人の終結
風が吹き抜けた。
世界を廻る風は、万人に等しく訪れる。そして、かつての王の住処にもやってくる。
世界の中心たる王城は無残に崩れ去り、ただの瓦礫と化していた。
王族と、アルゼリータがひきいる国民連盟の戦いがあった最後の舞台であり、女王が死に、アルゼリータも側近と共に城の崩壊に巻き込まれた。
国民連盟の生き残った兵士たちは、マルイスら生き残った王族により一時期に捕縛されたものの、ほとんどは不問とされ解放されると城及び国の復興に駆り出されていた。
女王が死後、新たな王はマルイスの兄で軍師のグランシアが継承した。戴冠式はそこそこに済ませ、軍師として王の権威復活のために頭と足を動かした。
敗者も勝者も特に無く、アルゼリータは死亡し争いは終結した。
と、いうのが通説である。
王城とは別にある、離れた所の別邸。
「何で死なないんだよ。変なとこで主人公属性発揮すんじゃないよ」
そう話すのはピンク色の側近である。
「知 ら ね」
そう語るのは金髪の反逆者である。
あの瓦礫から生還した、アルゼリータとロゼイルである。
二人は一室のベッドの上で上体を起こしていた。
実際、何故自分等が生存しているのか分からなかった。あの時、確かに瓦礫に潰された筈なのに――――。
「まぁ何だ。日頃の行いがよいからだな」
「日頃の行いで生き死にが決まるなら真っ先に死んでる二人だよ」
ロゼイルの台詞に、アルゼリータは笑った。
目覚めてからというものの、アルゼリータは人が変わったかの様に表情が柔らかくなっていた。相変わらず目付きは悪いが、昔ほどの威圧感は無い。
ロゼイルはそれがとてもキモチワルかった。
「アルス、ホントに何というか……」
まるで憑き物が落ちたみたいに……というか、実際に落ちてるんだけど……。
「腕ごと何か置いてきたんじゃないの?」
アルゼリータは両腕を失っていた。かつて2体の精霊を宿していた腕は、肩口の所から無くなっていた。と、いうことは少年時代を振り回したあの精霊達は、今はいなくなっているのである。
「あぁ、もしかしたらオレたちを助ける為に腕を持ってったとか?」
「いやいやいやオレら2人で腕1本しかないとかギャグにもならないわ」
もしかして、アルスは天然さんなのだろうか……。
何だか自分がしっかり者に思えてきたロゼイルはふと思った。
『ひょっとしたら、お姉さんがあの時庇った理由はコレだったのかな……』
女王であり実姉のスティエラは、アルゼリータを庇って死亡した。スティエラはこの姿を知っていたから、いつか戻ってくれると信じてたのだろうか……。
ロゼイルの憶測であり、真実を確認する術はもう無いが、ちょっと確信はあった。
ガチャ、と扉が開く音が響いた。音の方向を見ると、マルイスとガルツァーが立っていた。
「具合はいかがですかお兄様」
可愛らしい顔の弟は、連日の復興作業や混乱に乗じる賊の対処に追われ少し疲れ気味だった。
「おおマルイス。何か疲れてんな」
「ちょっと聞いてよ王子様。君のお兄様キモいよ」
なにおう! と反論するアルゼリータは少し楽しそうである。
「ところでマルイス、新しい王様は――――」
どうだ? と聞こうとしたところで、扉を叩く音が。
「しぶとい男だな。こうして部屋とベッドと手当てを提供していることに感謝するんだな、反逆者」
銀の短髪に眼鏡をかけ、軍服をキッチリ着込みマントを羽織り、そして頭上には輝く王冠――――
「よお、丁度お前の話してたところだ。几帳面さは王様になっても変わらないな」
アルゼリータが気さくに話しかける相手はグランシア・ノーザ。
この世界の新王である。
その気さくさに、グランシアは目尻を吊り上げた。
「うるさい! 大体貴様は――――」
「もう兄上。お兄様は怪我人なんですからもう少し静かに」
「マルイスゥ! お前のお兄ちゃんは私だぞ!? お兄様と呼ぶなら私ではないのか!」
「確かに兄上は兄上ですが、お兄様と呼ぶのはお兄様だけです」
「だとよグランシア。残念だったな」
「ぐああああ……。貴様ぁ!」
マルイスとアルゼリータの発言に心底悔しそうに声を荒げると。
「くっ! お前に関わるとロクなことがない! マルイス! とっととこいつとは縁を切るんだ!」
いいな! と念押しをすると、足音を立てながら部屋を出ていった。
「……なぁガルツァー。何であの二人は仲悪いんだ?」
「さっき見ての通り、殿下に対するお兄様呼びが羨ましくてしょうがないんだ陛下は」
「そっかぁ~」
他人事の様に呟くロゼイル。実際他人事なのだが。
「……お兄様、これからどうするのですか?」
マルイスの静かな問いに、アルゼリータは答えた。
「どうするも何も。ここに置かせてもらう以外ないよ。腕を無くして、戦う力はおろか生きる力すら無いんだから」
以前のアルゼリータからは考えられない、素直さに溢れた発言だった。
「そうですか……。大丈夫です、兄上はああ言ってますが追い出したりはしないでしょう。後で食事を持ってきます。それまで休んでいてください」
それでは、とマルイスは静かに出ていった。
その背中を見ていると、ガルツァーはロゼイルに向き直った。
「ロゼイル。お前はどうするんだ。このまま殿下についていくのか」
ロゼイルはおうよ! と力強く答えた。
「もちろんだ。オレはこの人のシラルガンだから」
ロゼイルの確かな答えを聞いたガルツァーは、満足そうに頷くと。
「じゃあな。手が必要ならいつでも声をかけるといい」
ガルツァーは、先に出た王子の後を追った。
静かになった部屋に再び、そして唐突に影が降り立った。
「全く、ここまで来ると憎しみを通り越して感銘すら覚えます」
「最も、今なら簡単に殺れそうですがね」
現れたのはジレーザとジレーガ。かつて敵対した緑のシラルガンである。
「うぎぁぁぁぁぁ! 出たぁぁぁあ!」
恐らく『今会いたくない人第2位くらい』の人物の登場にロゼイルは悲鳴を上げた。情けない声を上げるロゼイルとは対称にアルゼリータは冷静だ。
「なんだ急に。悪いが今は殺り合う気はないぞ」
アルゼリータの台詞に心外だ、と顔をしかめるジレーザとジレーガ。
「それは我々もです。今日来た理由はお嬢様の護衛のため」
「ご機嫌よう。お二方」
オレンジ色の ロングヘアをなびかせやって来たのは、かつての婚約者、ミリエラ・ツヴィリ・コンフィートである。
「ミリエラか。どうした、また戦えって言っても無理だぞ。この通り腕が無い。悪いが帰ってくれ」
ぶっきらぼうに答えるアルゼリータ。だが、ミリエラは静かに首を横に振った。
あまりの静かさにアルゼリータは不思議そうにミリエラを見つめた。華やかさはあるが、以前のような覇気がなかった。
「いいえ、わたくしが今日来たのは……。貴方、うちに来てはどうかしら」
ミリエラの提案は、婚姻。しかも、アルゼリータがコンフィート家に入る婿入りである。
「腕が無いのはお父様も承知しています。この先生きていくのは困難でしょうし、だったらわたくし達の一族に入り……」
「それは、施しのつもりか?」
アルゼリータの目付きが変わった。明らかに苛立ちの色を出している。ミリエラもそれを分かっている。こうなる事を分かっていての提案であった。
「お前の父親は、何を企んでいる――――」
アルゼリータが怒気を孕むたびに、後ろに控えるジレーザ達が武器に手をかける。その様子をロゼイルはハラハラしながら見ていた。
「お父様の考えは、わたくしにも分かりません。しかし、貴方を利用しようとしている事は」
確かです━━最後は、声が掠れていた。
苦しそうな表情のミリエラに、アルゼリータは声をかけた。
「帰れ。お前は、こんな奴と結婚なんかするんじゃない」
アルゼリータは自虐を込めて言った。そっぽを向いている彼をミリエラは真っ直ぐ見つめている。が、その瞳は今にも涙が出そうである。
「ええ、わたくしの期待通りの答えで良かったわ。……あーあ、わたくしはあんたごときに2度もフラれましたのね。もう貴方に用は無いわ。さようなら。もう来ることは無いでしょう」
最後はミリエラらしい強がりだが、声は震えていた。振り返ることなく部屋を出た。
主人が退出したので、後を追い出ようとする護衛だが、ふと入口の所で立ち止まり、ロゼイルをジッと見た。
「な……なんぞ……?」
ビクビクしながら聞くと、1人が口を開いた。
「マナが死亡した」
一言だけ。それだけを言い残し、2人のシラルガンも部屋を出ていった。
それがどういう意味なのか、ロゼイルはすぐ分かった。
もしあの戦いで死亡したのなら、あのベルデがわざわざ言うはずがない。
マナはきっと……ロートに殺された……。という確信がロゼイルにあった。
だからきっと……次はオレだ。
「大丈夫かお前」
切羽詰まった表情のロゼイルを心配したアルゼリータは声をかけた。
「…………大丈夫。あとさ、何でさっきの人あんな泣きそうだったの?」
「さっきの人ってお前……」
「ごめん名前忘れちゃって……」
「あのなぁ……。まぁあいつはちょっと潔癖なところがあってな。父親とはいえ変な企みの片棒担がされてるのが嫌だっただけだろ」
「? 何かしようとしてたの?」
「多分な。コンフィートの奴らは頭おかしいから。人体実験なんて普通にするだろうな」
抵抗する腕が無く、先日まで精霊2体を宿していたこの身体は格好の的だったのだろう。
「そうなんだ。でも……」
それとはまた違うような……とも思ったけど、口には出さない事にした。多分怒られてしまうから。いや、前みたいな怒りんぼのアルスじゃないから大丈夫かな、とも思ったけどこれはあの人の為にも黙っておこうとロゼイルは思った。
「アルスも……まだまだニブちんだなぁ」
言いたい事を凝縮した一言を放つと、ロゼイルはベッドに潜り込んだ。
「なんだよ……。ところでロゼイル、って名前偽名というか嘘なんだよな」
「そだよー、ホントはライトイールっての。ガルツァーから聞いた?」
寝っころがりながら答える。
「何でその名前にしたんだ? どうせならもっとマシなのつけろよな」
聞き捨てならない台詞に、ロゼイルは思わず上体を起こした。
「いいじゃん十分マシでしょ! ……というより、当時はそれが1番相応しかったんだよ」
「と、いうと?」
「そのまんまだよ。『ロゼ』が『いる』からロゼイル。ほら、そのまんまでしょ」
ロゼ一族が滅亡状態になったあの日から始まった、ロゼの存在証明が、この名の由来だった。ロゼはいるのだ。だから髪も目も隠さなかった。
「そっか」
「そうよ……っと、オレも聞きたい事あるんだけど?」
「何だ、オレの由来なんて無いぞ。適当につけただけだ」
アルゼリータもまた偽名である。が、ロゼイルは首を横に振った。
「ううんそうじゃなくて」
━━謝肉祭っていつやるんだい?
━━沈黙。
「忘れてたね!? もう完全に忘れ去られてたよね!? 最初の方だけどちゃんと言ってたよ!? しかも何か変なビラ配ってたじゃん!」
「……あー、んなこと言ってたっけ。……大丈夫、誰も覚えてないから……」
「んもうアルスのバカーー!」
あはは、と笑うアルゼリータは、ベッドに横になった。
「オレはもう休むぞー。疲れたし。ほら、毛布寄越せ」
両腕が無いアルゼリータは毛布を体に掛けることもままならないのだ。
「はいはい。実はアホだったさんおやすみなさい」
仕方ないので、ロゼイルは残る左手で毛布を掛けた。
すぐに寝息を立てるアルゼリータを見ながら、ロゼイルは今までの事を思い出していた。
かつての暮らし。あんな事やこんな事……。今や、2人とも五体満足ではないし、失うものは多かったけど、肝心のものは失わず済んだから良いとしよう――――。
そう独りで納得したロゼイルも、食事を持って来るであろうマルイスが来るまでの間、休息の為に眠りについた。
これで、この話はおしまいになります。
終わり方は予定とは違うものになりましたが、書ききる事が出来たので
良かったと思っています。
謝肉祭の件は私が完全に忘れていたので急遽書き足しました…。
今まで見てくださりありがとうございました!




