城内戦闘3
アルゼリータの呟きを最後に、城の中に沈黙が訪れた。静かに横たわる姉は、血が流れるにつれ体温が下がっていき、呼吸も徐々に浅くなっていく。
「姉さん」
再び呟く。存在を確認するように、スティエラの頬に触れたアルゼリータはマルイスに問いかけた。
「マルイス。別人、という可能性は……」
マルイスは、頭を横に降った。
「いいえ。影武者を使っていた、ということは聞いていません。正真正銘、スティエラ姉様です」
そうか、とだけ答えると、佇むマナを見遣った。
「お前は、こいつの護衛じゃなかったのか?」
厳しい顔付きのアルゼリータに対し、マナは相変わらず笑っている。
「確かにそうだが、私の邪魔になるなら誰でも殺すよ。それが王でも何でも。私の目的はロゼへの復讐……根絶やしなのだから」
マナの言葉に、アルゼリータの力が爆発した。
炎も氷も関係無い。際限なく解放された能力。
「どうして怒るの? 貴方だって、この人を狙っていたはず。むしろ死んで好都合でしょ」
「オレが怒っている理由はな、オレが殺すと決めた2人の獲物を狙い、その1つを不躾にも奪っていった事。」
アルゼリータは更に続けた。
「あいつらはオレが殺さなければならなかった。スティエラは反逆者の王として、ロゼイルは精霊の力を移したときの約束としてな。それがお前の自分勝手な理由のせいで台無しになってしまった。……それに、主を守らずに手をかけるとは、シラルガンの風上にも置けない奴め。その程度の忠誠心など、滅んで当然だ」
アルゼリータなりの落とし前のつもりだった。
反逆した事に対する。
精霊の一部を移し命を救われた事に対する。
自分が死ぬか、相手の首を切り落とす事で終結を許された命をかけた喧嘩を、1人の女に邪魔された。アルゼリータはそれが許せなかったのだ。
圧倒的な熱量に、マナは少し怯んだ。
アルゼリータは、もう命を考えていない。全く考えていないから可能になる力の解放に、ロゼイルは叫んだ。
「待ってアルス! もうやめろ! お前が死んでしまう!」
ロゼイルの声が聞こえていないのか、アルゼリータは真っ直ぐマナを睨んでいる。
どうして。と、ロゼイルは呟いた。
「どうしてそうなるんだよお前は! 誰かを殺さなきゃいけないなんて無いんだよ! 変なところで責任感持ってんじゃねぇよ!」
ロゼイルの必死の叫びが、アルゼリータに届いた。
「何故……。こいつが生きてると、お前も狙われ続けるんだぞ……?」
「そりゃそうだけど……。でもそのためにお前が死んじゃ意味が無いだろ! …………お姉さんは死んだ、もうそれでいいでしょ? 帰ろうよ。帰る場所はもう無いかもしれないけど、君ならなんとでも出来る」
だから、もう終わりにしよう――――――。
ロゼイルの説得に、アルゼリータは少し笑みを浮かべて見せた。
「大丈夫だ。今のオレじゃこいつを殺すまでは出来ないが、腕の1本、足の1本くらい持っていく程度はいけるハズだ」
アルゼリータから放たれる炎気と冷気は、マナの身体に纏わりつくと、冷気は氷結し身体を縛り、炎気は劫火に変化しマナの身体を焼いた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
マナは容赦なく焼かれる痛みに悶えた。大きく目を見開き、涙すら炎で蒸発した。やがて痛みに耐えきれなくなったのか、焼かれながら気絶してしまった。
その様子を見ていたアルゼリータにも限界が訪れた。精霊の力が収まっていくと、彼の姿が露になった。両手の爛れは目も当てられないほどボロボロで、右目は強烈な炎のせいで白く濁り失明していた。
アルゼリータの荒い息遣いが徐々に収まり、それから更に小さくなっていく。
最後の力を振り絞り、アルゼリータはロゼイルの方を見た。そして。
「すまない……」
それだけを残し、アルゼリータは倒れた。
「アルスッ!!」
ロゼイルは慌てて駆け寄った。必死に名前を呼び、身体を揺さぶった。身体はまだ温かいが、顔は生気を失っている。
ふとアルゼリータの右腕に触れたとき、グジュ、と何か潰れたような音がした。
アルゼリータの右腕は爛れているどころではなく、肉が溶けてグチャグチャになり、辛うじて腕の形を保っている状態であった。
「ヒッ……ッ」
ロゼイルは小さく悲鳴をあげた。更に、左腕はもう何色か分からないくらい変色していた。
「あ……ある……す……?」
信じられなかった。これが、あの人なのかと。
嘘に決まっている。きっと今までの仕返しで、元気に飛び出してくるに決まってる……!
混乱する脳でそう都合良く考えようとした。でも、これは間違いなくアルゼリータだと理解するとロゼイルは泣き叫んだ。
「アルスッ! アルゼリータッ! 起きろよ、まだそっちに行っちゃダメだ! お願いだから行かないで! またオレ1人になっちゃう……!」
ロゼイルの記憶。血塗られた光景が脳裏に甦った。
「ねぇ王子様! アルスを助けてよ! このままじゃ」
死んじゃう! と言おうとして愕然とした。
マルイスは無言のまま目を閉じ、ガルツァーは抜き身の剣を両手で胸の前で掲げ、目を閉じ俯いていた。
死した戦士を弔う際の儀礼姿勢であった。
「やめて! アルスはまだ……」
死んでないと言いたがったが、喉が詰まり言葉が出てこなかった。
天井から、パラパラと瓦礫が降ってきた。今までの戦闘のせいで、崩壊が始まっているのだ。
「王子、ここはもう持ちません。外へ離脱しましょう」
「分かった。……ロゼイル。行きましょう。お兄様はもう助かりません」
マルイスの問い掛けに、ロゼイルは小さく首を横に降った。
「やだ……。アルスも連れて行く……」
「……ッ! バカを言うな! 殿下はお前を助けるためにブラウを仕留めようとした。それを無駄にする気か!」
ガルツァーの叱責もロゼイルには響かない。頑なにアルゼリータの傍を離れようとしなかった。
「この――――――!」
無理矢理でも連れ出そうとガルツァーが一歩踏み出した瞬間、大きな音を立てて天井が崩れた。
その音に反応したロゼイルは天井を見上げる。
「あ………………」
大きな瓦礫が、ロゼイルとアルゼリータの上に落ち、2人を押し潰した。
「ライトイール!」
瓦礫に埋もれた2人を助けようとするも、更に崩壊が進み、岩のような瓦礫が次々降ってくる。
「ガルツァー! もうダメだ! 逃げるぞ!」
マルイスの言葉に、ガルツァーは悔しそうに唇を噛んだ。僅かの間、2人を押し潰している瓦礫を見つめると、すまないと呟き、崩壊する城から脱出した。




