還らない人へ
土埃が舞い、濁ったモヤがかかる。
兵達の背中を見送り、マルイスの首を持ち上げた。首の断面を氷で固め、出血を止める。
そのせいかまだ少し温かく、血と土で汚れた顔が台無しにも思えた。その表情を見つめたままアルゼリータは思い出す。
まだ自分がハヴィラルで腹違いの弟が強くなりたいと後ろをくっついてきた日々を。
──お兄様、いつの間にかついたオレに対しての呼び名だった。
初めはとても迷惑だった。「お兄様」なんてガラでもないし何より恥ずかしい。でも、いちいち注意するのも面倒だったのでそのまま放置した。
楽器を覚えさせようとする教師の目を盗み、マルイスに剣を教えた。
最初は木剣で。握り方、体の動かし方、相手の剣の捌き方を手に豆ができ、潰れ、剣に血が染み込むほど体に叩き込んだ。
元々センスがあるのか、本人のやる気が異常なのか覚えは早かった。
気が付くと体はボロボロ。
大人にあれこれ聞かれる可能性があるので練習は毎回程々にし、マルイスは何食わぬ顔で楽器を学び、アルゼリータ……ハヴィラルは王になるための勉強をした。そして互いの時間が空くと手に馴染んだ愛剣を手に、こっそりと鍛練を重ねていった。
やがて木製の剣は鋼へ、それと同時に乗馬も教えた。
乗馬の練習など見られたら、それこそマルイスの教師が卒倒してしまう。なので皆が寝静まった夜間に行われた。
しかし、別れは唐突に訪れる。
腕に宿った精霊、そのせいでハヴィラルは城を追われ地底とも言えるスラムにまで追いやられた。
悔しかった、とにかく悔しかった。
一体精霊が何だと言うのだ。影響があるのは自分自身だけで周囲には何も危害を与えていない。それなのに不浄、不吉、災厄の前兆。色々な事を言われ、次期王の資格を持ちながら地の底にまで堕ちた。
感情は既に恨みに変わっていた。
今の王を殺す。今の王政を殺す。
反逆だ、力はある。
命を燃やし、精霊の力を全力で使う。自分を捨てたモノを全て焼き払い、凍土にさせるまで、この恨みは終わるものか──!
「アルス。さすがにね、生首がミシミシいってるのは可哀想だよ」
側近の声がハッと我に帰る。知らず知らずに力が入っていたらしい確かにミシミシいっていた。そして心に残る黒い感情。
「オレが殺したよ」
「うん、知ってる」
アルゼリータが発した声は力無く、ロゼイルもまた淡々と話す。
今はそれだけで充分だ。思い出話なんて語る必要はない。
「後で埋めてあげよ。王子様もアルスに弔ってもらった方がいいと思ってるよきっと」
「ああ、そうだな」
せめてこの死を、思い出を忘れないように。
そう言って、すでに遠い兵達の背中を追いかけた。




