覚醒する王
四年ぶりの進軍に、兵士たちも身が引き締まる。武器の調整など、各々作業を進めている。その慌ただしさに何事かと目を覚ましたロゼイルは近くにいた兵士に聞いた。
「明日の夜、王城へ攻めると聞いたのですが……」
「なんだってぇ!」
驚き声をあげるロゼイル。聞かれた兵士もまた、きょとんと目を開いたままロゼイルを見つめている。そのまま何も言わず走り去ると、アルゼリータの部屋へ駆け込んだ。しかし、いつも椅子に座りふんぞり返っている姿がない。きっと彼も戦争の準備をしているのだろう。来たとき同様、勢い良く部屋を出ると屋敷を駆け回った。さっきまで昏睡状態だったとは思えないほどタフに走る自分にすげぇとか思いながら走っていると、強烈な冷気が頬に当たる。
びりっと灼けるような苛烈さに怯みながら、その発生源へ向かう。
そこは、薄蒼の世界だった。
屋敷の中でも一番広いホール。
いつもは無機質で何も無い部屋が、今はただ一人の為の空間になっていた。
壁、天井、床は薄氷に覆われ、氷像があちこちに作られている。大気さえ氷の結晶と化するこの場所の中心に、この冷たい世界の「王」が剣を携え佇んでいる。
「よお、どうだすごいだろ?」
アルゼリータは笑う。彼の金髪と背景の蒼が妙に美しく感じられる。寒いという感覚をどこかへ置いてきたように、顔色一つ変えずにロゼイルを見つめる。
「アルス……」
ここにきた目的を忘れ、王が作った世界を見るロゼイル。
数秒して我に返り、アルゼリータに詰め寄る。
「って! どういう事だよ! その辺の奴等から聞いたぞ!」
「聞いたならその通りだ。お前も準備しとけ、明日の夜だ」
言い放ち再び氷の造形を始めるアルゼリータにロゼイルも再び叫ぶ。
「オレは戦争なんかしないからな!」
すると、アルゼリータの動きが止まり金の瞳が鋭く細められる。
「お前、今何つった?」
「だから! 戦争なんてやめろって言ったんだよ!」
突然、蒼い世界に赤いものが舞った。
最初は視界の端にある程度のものが段々広がり、埋め尽くしていく。それが、自分の腕から吹き出ているものだと理解するのに数秒かかった。
「ああ……っ、ああああああああああー!」
大口開き絶叫するロゼイル。驚愕はあったが、痛みはなかった。なぜなら、斬られたのは右腕だったからだ。
「痛くは無いだろう? その箇所を狙ったからな」
あらゆる感覚を失った右腕。アルゼリータは看破し、あえて狙っていたのだ。
「いつ……気付いて……?」
「確信したのは最近だ。右利きの筈なのに左使ってたりとかな。止血くらいしとくか? 焼き塞ぐくらいなら出来るぞ?」
冷たく笑う。その姿は、四年前の国民連盟の王アルゼリータ・ユウランそのものだった。
「なあロゼイル、オレはな……」
うずくまるロゼイルに語りかける。
「オレはな、戦うためにここにいるんだ。今更止めるなんて出来ない。背負っているものがあるから。背負っているものを守るためには勝つしかない。負けたら、全て奪われて死ぬ。残った奴等だってただじゃ済まされない。ここにいる奴等はそれを分かってついてきている。それに応えるために、前を向かなくてはならない。例え敵が姉だったとしてもだ」
言い諭すような優しい口調。しかし、目は凍えるように冷たい。戦う覚悟と背負う覚悟、あらゆる決意の結晶だった。
「解ったら、出ていけ。何度も言っとくが明日だからな」
アルゼリータは数歩離れるとロゼイルとの間に氷の壁を作る。それは二人の間に出来た心の壁をのようにも思えた。
「それでも……オレは……」
いつの間にか血は止まっている。呪いが止めたのかは分からなかったが、大量出血で死ぬ可能性は無くなった。
もう何も届かない。声も言葉も、全てが無意味なのだとロゼイルは悲しくなった。
なにより、自分で一番辛い選択をしてしまう自身の主を止められなかったことが、辛くてしょうがなかった。




