覚悟
Aと勇者は教えられた秘密の洞窟に向かった。
古びた門に、おおきな錠がかけられている。
「ここで、こいつの出番だな」
Aは鍵を使った!
ガチン、と錠が開く。
「…まさか、こんなことで勇者のつるぎを手に入れることができるとはな…」
「人生、何が福となるかわかりませんね」
扉を開ける。ギギギ、と鈍い音を立てた。
「!こ、これが…」
二人は、勇者のつるぎと対峙した。
地中に深々と刺さったつるぎ。
「これがあの、勇者のつるぎ、なんですね…」
勇者は柄を掴むと、ぐっと力を込めて引き抜いた。
が…。
「!あ、あれ…?」
引き抜いたつるぎの刀身はひどく錆びて、ボロボロと刃こぼれしていた。
「こ、これは…」
時間が経ちすぎ、劣化してしまったのだろうか。これで魔王に対抗できるとは、とても思えない。
「…どうしましょうか」
「ま、まあ、とにかく装備してみたら。勇者のつるぎってくらいだし、勇者が装備、するもんなんだろ」
「は、はあ…」
勇者は両手でつるぎを持ちかえ、正面に構えた。
しかしー。
ーギィンッ…!
「!?」
つるぎが、勇者の手を弾いた。
「え…」
地面に転がったつるぎを見て、勇者は呆然とした。
「ど、どうして…」
「僕…装備、できない…?」
「おい、勇者」
「……」
勇者は先ほどから一言も発せず、体育座りで顔を伏せていた。
「な、なあ、勇者ってば」
「……」
「勇者!」
「…勇者って、誰のことですか」
「…は?」
「僕は勇者じゃ、ありません」
くぐもった声で、勇者は言った。
「Aさんも見たでしょう?勇者のつるぎが、僕の手を拒んだのを…」
「……」
勇者のつるぎに、拒絶された。
その事実は、勇者の心をひどく打ちのめすのに充分だった。
「だから僕は、勇者じゃない。大体ね、ずっと前から、薄々気がついてたんですよ。僕は違うって。父や、祖父や、ご先祖様とは何かが違うんだって。僕には特別な才能なんか無くて、誰かを引っ張っていくとか、何か凄いことを成し遂げるとか…そういうの、あるじゃないですか。他とは違う何かを持っている人っていうのは、小さい頃からやっぱり、何か抜きん出てるんですよ。でも、僕には、なにもありませんでした。昔から方向音痴で、要領が悪くて、人望もない」
「……」
「小さい頃から気づいていましたよ。でも、僕は勇者の末裔で、そのプレッシャーから逃げることすらできなくて、なんとか誤魔化しながら生きてたんです」
勇者は膝を抱える手をぎゅっと握りしめた。
「…僕、もうやめます…。勇者なんかやめて…そうだ、料理人にでも、なろうかな。そっちのほうが、向いてると思うし…」
「…てめえは」
Aは勇者の襟をひっつかむと、無理矢理立たせた。そして。
ーバガッ!
勇者を、殴り付けた。
「…!」
「ばかたれ!お前、そんな気持ちじゃあなあ!料理人だって、何だってなれやしねーよ!なめるな!」
「…いたい」
「俺は…俺はよお、確かにお前に、勇者に向いてないとか、モドキとか、散々言ったよ!だけどなあ…ほんとにダメなら、ほんとに、魔王なんかに勝てやしないって思ったら、最初っからお前になんか、ついてこなかったんだよ!俺はな!お前が…」
「…Aさん…?」
「お前が、狭い世界に居た俺に、新しい可能性を、見せてくれたから…!だから俺は、あの時お前についていくことを決めたんだろうが!」
「!」
「お前、俺の覚悟をどんなもんだと思ってたんだよ!一介の百姓が自分の村捨てて、魔王倒しにいくって…!お前にとっちゃ、そんなに軽いものなのか!」
「……っ」
勇者の目から、ぼとり、と涙が落ちた。
「…A、さん…」
「……」
「Aさん…。僕…、僕は、出来損ないで、つるぎも装備できないような、そんな、勇者、だけど…」
「…うん」
「それでも、Aさん、僕に…」
勇者は、Aを見上げた。
「僕に、最後までついてきて、くれますか…」
「……」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、Aを見る。
Aは勇者の頭をぺしっと叩いた。
「そんなもん、サナユキの村で旅を決めたときに、全部、折り込み済みなんだよ 」
「A、さん…」
「俺の心はもう決まってるし、今までのこの旅が、間違ったものだとは、思わない。だからお前も、覚悟を決めろ」
「…、はい!」
「来てくれるか?じゃない。ついてこい!だろ?お前は、勇者なんだからさ」
「…はい!」
勇者は、袖でぐしぐしと涙をぬぐった。
「…行きましょう。魔王を、倒しに…!」
「……」
「僕についてきてください!Aさん!」
Aはニヤリと笑った。
「わかったよ。勇者さま」