垣根を越えて
「よし!集まったな!」
翌朝。日が昇ってすぐ、Aと勇者の前に、十数匹のモンスターが並んでいた。
「食い物の作り方を教えてくれるってのは、お前さんかい?」
「のうぎょう?っての?それがありゃあ、腹一杯物が食えんのか?」
モンスター達は、口々にAに尋ねた。
「ああ。そうだ。今まで奪わなきゃ食えなかったものを、これからは自分達で作れるようになる!」
「おお!」
「しかし、それにはかなりの労力が必要なんだ。農業は一朝一夕にできるものじゃない。相手が、自然だからな。だが、人間はずっとそうやって生きてきたんだ。なんでお前らよりも弱く、脆いはずの人間が、これだけ繁栄したんだと思う?それは、自分達で作ることを諦めなかったからだ!」
「!」
「どうだ?やってくれるか?やる気のあるやつには、俺の持っている知識を全部やるぞ」
「…どうする?」
「うーむ…」
「オレは、やるぞ!」
そう言って立ち上がったのは、昨夜のドラゴンだった。
「オレはやる!嫁と子供に、腹一杯食わせてやりたいからな!」
「…!」
「そうだ!お、オレもやる!」
「ああ、オイラも…母ちゃんにうまいもん、食わせたい!」
ドラゴンにいざなわれるように、みんなが声をあげる。
全員の心が、一致したようだ。
「Aさん!よかったですね!」
「ああ!」
Aも勇者もモンスターたちも、新たに始まる予感に、胸を踊らせていた。
「よっし!農業、始めるぞ!」
「「おーーー!」」
「いいか。畑を作るには、まずは土地が必要なんだ。広く平坦で、日当たりのいい土地。誰か、知らないか?」
早速、Aとモンスターたちは話し合いを始めた。
「うーむ。南の森はどうだろう。でかい原っぱがあるが」
「いや、あそこは毒草が生えてる。お前ら毒耐性のあるやつはいいが、オレたちにはきついぞ」
「なら、ミラ山の麓は」
「あそこは汚染がひどいだろう。近くに廃棄所があるからな」
「なら、ポクラムの巣のあたりはどうだ?」
「ああ、あそこは拓けているし、近くに水場もあるな!」
「だが、岩が多いぞ」
「なあに、こんなに力自慢が集まってんだ。岩くらい、どうってこたあねえさ」
「よし、行ってみるか!」
Aたちは、開墾予定地へと向かった。
着くと、Aはまず地面を少し掘り、触ってみた。
「…うん」
実に、久方ぶりの、感触だった。
「Aさん、どうですか…?」
「いいよ。柔らかさも…水捌けも。畑作に向いてる」
ここに決めよう、とAは宣言した。
「さあ、畑作りだ。岩をどけて、生えてる草を全部抜くぞ!」
モンスターたちはAの指示通り、岩を掘り起こして運び、生い茂った草を抜き、土に鍬を入れた。
さすがモンスターだ、とAは思った。
人間よりも力が強く、体力もある。
おかげで作業はさくさくと進んでいく。
「おい!このくらいでいいのか?」
「ああ!次は土をふるって馴らしてくれ!」
陽が差してきた。土の匂いが辺りに満ちる。
なんて、懐かしい匂いだろう。Aは心が沸き立つのを感じた。
「Aさーん!こっちは終わりましたよー!」
勇者ももちろん、一緒に作業に加わっている。
「あ、ちょっとアンタ、そこ踏むなよ!」
「あわわ!ご、ごめんなさい!」
相変わらずの不器用ぶりだ。Aは苦笑した。
「ねえ、Aさん」
勇者がこそっとAに言う。
「シジの街、覚えてますか」
「ん?ああ。酒場で追い返された」
「あのとき、言われましたよね。『お前ら、魔王の城で畑でも作る気か』って」
「ああ!そういや、そんなこと言われたな」
「結局、その通りになっちゃいましたね」
「…あ、ほんとだ」
二人は思わず吹き出してしまった。
あのとき、勇者は侮辱するな、とひどく怒っていた。
宥めるAに対し、プライドは無いのかとも言った。
けれど今、勇者は泥だらけになって、他のモンスターにどやされながらも、楽しそうに土を耕している。
Aはなんとなく、今勇者に自分が認められた気がし、嬉しく思った。
「そうだ、勇者」
「なんですか?Aさん」
「土作りはもういいからよ。お前の料理スキルを借りたいんだが」
「は、料理?」
Aは勇者と、手の空いたモンスター数匹を連れて、森の中へ入っていった。
「Aさん、何するんですか?」
「ああ、この森に自生してるものでさ、何食えそうなもの、ないかなって」
植物を栽培するにあたって、気を付けておかなければならないのは、むやみやたらに別の環境下で育ってきたものを植えてはならない、ということだ。
うかつに植えて、在来種を駆逐してしまったり、又は新たな環境に適応するためにかえって毒性をもってしまうなどの危険があるからだ。
よって、一番いいのは、今この環境下にある植物の中から、食べられるものを探しだし、交配などで味や生産性を高めていく、という方法なのである。
「食べられるもの、ですか…」
「植物の特徴を見ればさ、分類とか大体わかるじゃねえか。あとは調理法とか、保存方法なんかを教えてやりたいんだ。安定して収穫ができるようになって、一年を通しての栽培のパターンができてしまうまでは、やっぱりしばらくは食いつなぐのに苦労すると思うからな」
「なるほど…」
モンスターも連れてきたのは、彼らなら心当たりがあるだろうと思ってのことだった。
「俺が子供の頃さ、やっぱり森に入って遊んで、そこらの木の実とか、適当に摘まんで食べたもんなんだよ。もちろん、不味くて食えないものとかにも当たるんだけどな。そうやって何が食えてどれがダメなのかって、覚えていったんだ」
「ほう…すごいですね…!」
「だからたぶん、あいつらもそんな記憶があるんじゃないかと思ってよ。どこの世界だって、子供のやることは一緒だろ。…と、いうわけで。お前らみんなで、食べられそうな植物を探してきてくれ。何か見つけたら呼んでくれよ。調べるから」
「「了解!」」
「Aさん!これはどうでしょう」
「ふんふん…。種子の形と…この葉の形からして…ルルの実と、似たようなもんかな?」
「…ああ!確かに!言われてみれば、匂いも似ています!ルルの実は水にさらしてから茹でるとえぐみが消えるんですよね」
「じゃあそれ、後で試してみよう。いくつか集めてきてくれ!」
「なあなあ、これは?根っこになんか、ついてるぞ」
「この花の形からして…キキザ科か?もしかしたら、メリゴの根と同じようなのかもしれん」
こうして、Aの元に魔界の植物が次々に集まっていく。
「おい、これはどうだい?」
一匹のモンスターが、Aにある実を持ってきた。
「…ん?これは…」
「あんまり美味しくないんだけどな。オイラが小さいときから食べてるから、とりあえず毒はないぜ」
Aは、その実の形や、匂いに、ピンとくるものがあった。
「…!これ、どこで拾ったんだ!?」
モンスターは、森の奥のほうを指さした。
一本の大木が巻き付いた蔦に隠されるように、佇んでいた。
「…ま、まじかよ…」
Aはそろそろと、その木に近づき、蔦を剥がした。
「!」
見覚えのある、特徴的な形の木。
なっていた数個の実を見て、Aは確信した。
「…これ、マリメラの原種か…!」
サナユキの町で、大切に大切に栽培されていた、あの、果実。
原種であるこの実は、彼処で見たものよりもずっと小さく、歪だ。
「そうか…。マリメラは、魔界から来ていたんだな…」
Aはその実をもぎって、一口かじってみた。堅くて、ひどく酸っぱい。
人間界でのマリメラとは、全く違う。
きっとこの種を誰かが人間界に持ち込んで、何代も何代もかけて交配、改良を重ね、やっと産み出されたのが、あのマリメラなのだろう。
「俺、農業に関しちゃ、大概知り尽くしたと思ったけど」
「…?Aさん?」
「…知らないことって、まだまだあるもんだなあ!」
Aは、目をキラキラさせて、笑った。
「だからな、まずこいつを植えるわけ。で、花が咲いて、それが枯れたら収穫」
「これは煮ても焼いても揚げてもおいしいですよ!煮込んでから潰して、スープにしてもいいですね」
「収穫したあとはお日様にあてて土を乾かしてから、暗くて涼しいところにおいておけばいい。一部は食べずに残しておけ。また来年植えれば生えてくるからな」
「こっちの果実はですね、結構酸味が強いですから、火を通したらいいです。この茎を入れれば尚甘さが出ます。この茎、煮詰めたら蜜になるかもしれませんね…やってみましょうか!」
「これはな、まずこの台になる木を少し割るんだ。皮だけじゃだめだぞ。ここの…形成層ってのが見えるまでな」
「この葉は香り付けにいいですよ!魚に合うと思います」
「で、こっちの枝をだな、これもまた削るんだ。斜めにな。でさっきの台木に差し込む。互いがしっかりくっつくようにな!」
「えっと、これは干してから油に浸けておくとかなり持ちますよ!油を切って使うだけですから楽です。油にも味がついて、二倍おいしいです!」
「こいつは虫によわいからな。定期的に葉っぱをむしって、風通しをよくしてやるといい」
その他にもAは、用水路の作り方や、品種の改良方法、堆肥の作り方、連作障害など、細かく教えた。
勇者はとれる作物の調理法を教えた。こちらは主に、モンスターの奥方たちが熱心に聞いてくれた。
「これで、俺たちの知ってることは全部教えたぞ。あとはお前達次第だ」
「…ありがとよ」
ドラゴンがAに礼を言った。
「お前のおかげで、オレたちの生活は変わる。オレもな、わかってたんだ。いつまでも奪って凌ぐわけには、いかないってよ…」
Aの元に学びに集まったのは、ほとんどが人間の言葉を話すものだった。
きっと、彼らも人間界に居たのだろう。そして、見たはずだ。
人間の営みを。大地と共に生き、育む力を。
「いいんだよ。これから何があっても、諦めるなよ。挑んでいれば、自然は答えてくれるはずだからな」
「おう!もちろんよ!」
ドラゴンは自信満々、ドンと胸を叩いた。
「人間がやってできたことだ!オレたちモンスターにだって、できないはずがねーさ!」
最後に、ドラゴンはAにある鍵を手渡した。
「なんだ?」
「秘密の洞窟の、鍵さ」
「秘密の洞窟?」
「そこに、勇者のつるぎが眠ってる」
「!」
Aは目を見開いてドラゴンを見た。
「お、お前…」
「ここから西に行ったところに、洞窟はある。そこはオレたち魔界の者しか知らない。お前たちに、せめてものお礼だ」
「…ありがとう」
「気を付けてな。魔王様は、強いお方だ」
「…おう」
彼はいつから、気づいていたのだろうか。
Aは思った。
いつか、モンスターも人間も、垣根を越えてわかり合えるようになれば。
そうすればきっと、互いに与え合い、分かち合うような関係が築けるはずだ。
魔界と人間界が交わってできた、あの、マリメラの木のように。
「全部終わって、落ち着いたらよ。また、来いよな」
「ああ。お前らの作った畑、見に来るよ」
Aとドラゴンは、固く握手を交わして別れた。




