騎士団長のぼっち飯
最近、部下達の様子がおかしい。
たとえば休暇だというのにやたらと騎士団内に入り浸っている奴らが増えた。
少し前まで、休みになると待ちきれないといった様子で街に繰り出し、率先して揉め事を起こしていた筈の問題騎士ガストが、休みの日であるにも関わらず鼻歌交じりで厩舎の掃除をしていたのだ。
それに、団員同士の私語がやたらと増えた。
一体何を話しているのかと傍に行くと、慌てて話を止める。
ロデリックのように生真面目な性分の者ならば、団長の前での私語を避けようとするのも分かるが、イアンやロシュテーのように陽気であけすけな人間までがそうなのだ。
二、三日は静観していたが、四日目になっても事態は変わらず、どころか更に悪化している気がする。
「おい、お前それって……」
「ああ、…………にだ」
食堂の隅の方から意味ありげな視線をこちらに投げかけ、不審な動きで出て行く者が数名。
ふと気がつけば無人となった食堂で、リヒトは眉を寄せてパンを噛みちぎった。
一体何があったのだろうか、ここ最近の部下達の動向はあからさまに不審である。
もしや謀反でも起こす気なのかとも思うが、彼らからは事を起こすとき特有の殺気立った気配は感じられない。
しかし、あからさまにおかしい。この状況はどうにも不穏である。
自分が彼らに敵愾心を起こさせるような行為をしたのだろうか。
そう問われれば、否とは言い切れない。
リヒトは部下に辛く当たる事が多かった。
鬼団長、冷血団長、と呼ばれることもしばしばだ。
リヒトはいささか厳しすぎる。
かつて第一騎士団長にそう言われた事があったが、リヒトは彼の言葉にあえて耳を貸さなかった。お前らと俺達では違うのだ、同じ物差しで測るなと、そんな思いがあった。
貴族階級の人間で構成されている第一騎士団とは違い、主に平民出身者で構成されている第三騎士団が派遣される先は、過酷な戦場である事が多い。
いざという時に政治的なプレイヤーになり得る人間ではなく、純粋に剣としての能力しか持たぬ駒であるがゆえの、当然の宿命だ。
だからこそ、訓練で鬼と言われようが、彼らの生還率を上げるために出来ることをする。それがリヒトなりのやり方だった。
しかし、このやり方は反発する者も多い。
第一、第二騎士団という『騎士らしい騎士』を傍に見ていると特にそういった思いを抱くものらしい。
先日も、リヒトのやり方が気にくわないと退団していった者の背中を見送ったばかりだった。
「結局は俺が悪いのか」
折角剣の腕を見込まれて騎士団長に推挙されたというのに、部下に対する接し方すらままならないのだから笑い話だ。
部下に対することと比べたら、自分だけの剣の道に邁進することの何と簡単なことか。
挙げ句の果てに、この事態である。
謀反ではないと信じたい。
だが、状況は一日一日と、悪化してゆくばかりだ。
自分を置いて進行していく「何か」に苛立ちを感じながら、誰もいなくなった食堂でスープを啜る。
やはり謀反か、謀反なのか。
謀反だとしてその対象は、国か、自分か。
確かめなければいけないだろう。
それが騎士団長として推挙されたことに対する義務だ。
具の少ないスープを一気に飲み干すと、リヒトは音を立てずに立ち上がった。
食堂の扉を開けようとして、思いとどまる。
引き返し、食堂の脇の裏口を開けると、極力音を立てないように外に出た。
昼間の暑さも幾分か和らぎ、ねっとりとした夜気が首元に絡みついてくる空気に眉を顰めながら辺りに注意を払うと、二名の騎士団員が木の陰に隠れ、食堂の表口を見張っているのが見えた。
やはり、監視されていたか。
悟られないようにゆっくりと息を吐き出すと、リヒトは思考を巡らせた。
一体どういう意図でこのような事が行われているのかはわからないが、団員が隊長を監視しているというのは騎士団としてあまり喜ばしい状況ではないだろう。
最悪謀反、そうでなくとも何かしら自分に知られて都合の悪い事を隠しているに違いない。
汚職、横流し。
不吉な単語が次々と脳裏に浮かび、リヒトは思いきり眉を顰めた。
きりきりと胃が痛む。
団長となってから、もはや愛馬であるイシュテーと同じほどにも慣れ親しむことになってしまった胃痛に苛まれながらも、リヒトは彼らの様子を伺った。
食堂を監視するのはリデルフとラルの二人である。
この二人は、弓の腕前が突出している。
40過ぎで熟練した腕を持ったリデルフは、元狩人だ。イザールク山脈に生まれ、赤子のときから弓を握っていたというリデルフは、風鷹の二つ名を持つ程の腕前である。
そんなリデルフに憧れて入隊したのがラルだ。いまだリデルフの域に達することは出来ないが、ラルもかなりの弓の腕前であった。リヒトは、彼が的を外したところを見た事がない。
そんな二人組は、視力がべらぼうに良かった。
その二人が、他ならぬリヒトの監視役を買って出ているのだ。
戦場ならば、「確実に殺りにきている」場面だ。
これは本当にただならぬ事態なのかもしれない。
幸いなことに彼らは食堂の正面扉のみに注意を払っているようだったが、リヒトが中にいないことにいつ気がつくとも知れない。
出来るだけ早くこの場を立ち去った方が良いが、ではどこに行ったものかと躊躇っていると、厩舎の方がやたら騒がしいことに気がついた。
「ふむ」
行ってみるか。
念のために、腰に手をやる。
たとえそれが自分の人徳の無さに端を発したものだとしても、部下の不始末は自分がどうにかせねばなるまい。
とりたてて特筆することもない無骨な剣である。
リヒトは剣に拘る方ではないので、騎士団支給のありふれた剣だ。
その剣が、いつになく重い。
リヒトに出来るのは、出来れば何事も起こらない事を祈るのみだった。




