昼
けれど考えてみても思い当たることはありません。
兄妹仲は良かった方です。
あんな言い方をされるほど、ひどいケンカをした覚えもありませんし…。
そんなことを考えている間に、高校に到着しました。
靴を履き替えていると、同じクラスの女の子がやってきました。
「おはよう」
「………」
しかし彼女も家族と一緒で、わたしが声をかけても無視します。
わたしの存在なんて気付いていないように、靴を履き替えて、先に行ってしまいます。
「あっ…」
彼女の後姿を見ながら手を伸ばすも、声をかけにくくなって、わたしは下を向きます。
「何か…やっちゃったのかな? わたし」
でも誰に声をかけても、誰も何も答えてくれません。
…いえ、数人はいるんです。
わたしの呼びかけに答えてくれる人が。
教室に入り、わたしは笑顔を浮かべました。
「おはよう!」
いつもより明るい声を出しましたが、クラスメート達の反応はありません。
「…アハハ」
いつもなら大声を出すことはないんですけど、どうしてもこっちを見てほしくて、あえて出してみたんですが…失敗です。
「おはようさん、随分大きな声だな」
「ひゃっ!?」
突然後ろから声をかけられ、わたしは飛び上がりました。
「あっ、雨流くん。おはよう」
同じクラスの男子生徒、雨流くん。
彼はわたしが周囲の人達に無視をされ始めてから、親しくなりました。
と言うのも、わたしの存在を無視しないのは彼と、他にも数人の人だけなのです…。
「大声を出せば、みんなビックリしてこっちを見るかな~っと思ったんだけどね」
「そんなことしたってムダだって。お前の声、届いてねーんだから」
彼は飽きれた様子で、肩を竦めます。
「…だね」
今までもどんなリアクションをしても、みんな何も反応してくれませんでした。
意味の無いことだと分かっていても、わたしは…。
「はあ…。なあ、屋上に行かないか?」
「えっ? でも…」
「暗い気持ちで授業受けたって、つまらないだろう? 今日は天気も良いし、屋上へ行くぞ」
そう言って彼はわたしの手を掴み、強引に引っ張ります。
「えっ、ええっ?」
驚いて見せるも、彼が強引なのはいつものこと。
彼は教室にいることがイヤらしくて、いつも学校の中のどこかでサボっているんです。
わたしも時々付き合わされたりして…でもイヤな気分ではありません。
わたしもちょっと…居心地悪く思っていましたから。
ここへいるのは―。
屋上に出ると、どこまでも続く青い空が眼に映ります。
白い雲に輝く太陽―冷えた心と体に、ポカポカと温もりを与えてくれます。
「…良いお天気」
「だろ? ああ、摩耶もいるぜ」
「やっほ、お二人さん」
気軽な調子で声をかけてきたのは、摩耶という女の子。
「2人も来たんだ。今日は天気が良いからねぇ」
柵に背を預けながら、摩耶は心地良さそうに風に身を委ねています。
でも笑顔の彼女には一つだけ、気になる違和感がありました。
「摩耶ちゃん、今日も夏服なのね」
「んっ? …ああ、まあね。夏服の方が慣れちゃって」
まだ肌寒い季節なのに、彼女は夏の制服ばかり着ています。
以前、寒くないのかと聞いたんですけど、彼女は慣れているからと答えるだけです。
わたしは柵を両手で掴み、街並みを見下ろします。
「…今日も無視されちゃった」
「お祖母さんを抜かした家族と、クラスメート達に?」
「うん…。しかも兄さんはもうわたしの食事、作らない方が良いんじゃないかってお母さんに言ってたのを聞いてさ」
言いながら、わたしの眼には涙が溢れます。
「美羽…。アンタ、諦めないんだね」
そう言って摩耶はわたしの頭を優しく撫でてくれました。
「アタシや雨流はとっくに諦めてんのに…」
…そう、2人もわたしと同じく、無視される存在なのです。
でも2人はそのことを諦めてしまったらしく、わたしのように足掻いたりしません。
その方が良いのかもと思うことは、毎日のようにありました。
けれど…それでもわたしは…。
「まっ、気が済むまで足掻いたら?」
わたしの隣に、彼が来ました。
「…うん、そうする」
「まっ、気が済むまで頑張ってみたら? 苦しくなったら、アタシや雨流がグチを聞いてあげるからさ」
場の空気を明るくしようと、彼女が笑みを浮かべてくれました。
「ありがとね、二人とも」
わたしも弱々しく微笑みます。
結局、わたし達3人は全ての授業が終わるまで、屋上で過ごしました。
屋上は普段、立ち入り禁止になっているので、3人だけで過ごす時間はとても心地いいものでした。
「じゃあわたし、そろそろ帰るね」
「ああ」
「じゃあまた明日」
2人を残し、わたしは屋上から去りました。
放課後のせいか、校舎内には人はまばらでした。
でも自分の教室の前を歩いていた所で、ふと足を止めます。
「今、わたしの名前が聞こえたような…」
恐る恐る教室の中を見ると、わたしの机を囲むようにして、仲の良かった女友達がいました。
彼女達は暗い表情で、わたしの机を見つめます。
「…ねぇ。やっぱり先生に言ってこの机、片付けてもらおうか?」
「っ!?」
今朝、兄さんがお母さんに言った場面を思い出しました。
彼女達はわたしの机を片付ける…それはもう、わたしがこのクラスには必要ないと言われていることです。
「でも…やっぱり可哀そうだよ」
「うん。まだあった方が良いと思うな」
けれど数人の友達は困惑気味に答えます。
「けどさ、何か美羽の声が聞こえてくるようで、怖いんだよね」
怖い? わたしの声が?
意味が分からず、首を横に振ります。
「怖い、かな? あたしだったら、嬉しいけど」
「だよね。答えてあげられなくても、声が聞こえたら嬉しいよね」
わたしの存在は今、彼女達の間では複雑になっているようでした。
「美羽、大人しかったけど良い子だったし」
「でもやっぱり声が聞こえたら、怖いよ」
「そんなこと言わないでよ。友達だったんでしょう?」
友達『だった』…。
わたしは彼女達の中ではすでに、過去の存在となってしまったようです。
激しいショックを受けながら、わたしはその場から離れました。
彼女達から拒絶されていることは薄々気付いていました。
けれどまさか、ここまでなんて!
机を片付けられたら、わたしはどこへ行けばいいんでしょう?
…彼と彼女のように、諦めるしかないんでしょうか?
涙ぐみながら廊下を歩いていると、ふと向かいから初老の男性が近付いてきます。
「先生…」
その男性は歴史を教えてくれている先生でした。
けれどもう歳で、定年退職が近いのだと聞いています。
「おや、美羽くん。どうしたんだい?」
穏やかな先生の声で、ボロボロと涙が零れます。
わたしは泣きながら、先生に教室での彼女達のことを話しました。
「…そうかい、もうそんなことになったのか」
「はい…。わたし、もうどうしたら良いのか分からなくて…」
「ふむ。まあ居場所がなくなったのなら、ワシの所へでも来ると良い。お茶くらいはごちそうしてやるから」
「はい、ありがとうございます」
先生は穏やかだけど、芯のしっかりした人で、生徒達の間では悩みを打ち明けられる先生として人気があったんです。
「…あれ? でも先生、確かちょっと具合が悪かったんじゃないですか?」
歳のせいか、少し休みがちになっていたことを思い出しました。
「…ああ、今はもうすっかり良くなったんだ」
「そうですか。それは良かったですね」
いつまでも元気でいてほしかったわたしは、素直に先生の言葉を受け取り、喜びました。
「…ああ、そうだな。それじゃあキミもそろそろ帰りなさい。帰り道は…分かるかね?」
「ヤダ、大丈夫ですよ。家はそんなに遠くないですし、まだ明るいですから」
わたしはクスッと笑い、頭を下げました。
「それじゃあ先生、また明日」
「ああ…」
休みがちだった先生だけど、ここ最近は学校に来れているみたいでした。
「良かったぁ。今度、先生の所にお邪魔しよっと」
先生は歴史の準備室にいつもいまして、そこで生徒の相談に乗ってあげていました。
校舎の隅にある準備室は静かで、落ち着ける場です。
今度、先生に話を聞いてもらおうと思うと、心は少しだけ軽くなりました。




