第2話 出航準備
国語も苦手です。
「それでは、研究を続けましょう」
老人が言った。
何となくみんなの視線を感じるが、何か出るわけではない。学生の頃、小テストで2択なのに5問全部外した男だぞ。じっくり考えたら、確率未満の答えを出せる自信がある。
とりあえず、電子黒板に近付く。AIなら、まず性能確認だ。
「こんにちは」
電子黒板へ文字が浮かぶ。
⸻
音声入力を認識しました。
こんにちは
⸻
悪くない。
「今日の天気は?」
⸻
この研究室では、気象情報は利用できません
⸻
「フェルマーの最終定理を証明して」
少しだけ間があった。
⸻
証明に必要な情報が不足しています
⸻
「フェルマーの最終定理について教えて」
表示が切り替わる。
⸻
フェルマーの最終定理
数式:xⁿ+yⁿ=zⁿ(n>2)
概要
対象:正の整数
条件:n>2
結論:解なし
状態:未証明
研究期間:約300年
登録済研究数:42,381件
⸻
4万2千件?毎年140件研究されてる?なにが?
「あとは、これか。自己紹介してください。どんな機能がありますか?」
少し考えるような間があった。
⸻
数学研究支援AI
呼称:アイ
主な機能
・数式整理
・計算支援
・証明査読
・研究記録
・資料検索
制限事項
・仮説は生成しません
・証明は作成しません
⸻
「アイ?」
⸻
呼称:アイです
⸻
なるほど、チャッピーとか、ハルトみたいなもんか。
それにしても、フェルマーの最終定理か。天才数学者とAIが3百年。簡単には終わらないらしい。
「ところで、フェルマーの最終定理って、どこまで解けてるんですか?確か、指数ごとに少しずつ証明された、って聞いたことがありますけど」
誰にともなく聞いてみた。
オイラーが電子黒板に何か指示すると、電子黒板へ一覧が表示された。
⸻
n=3 証明済み
n=4 証明済み
n=5 証明済み
n=7 証明済み
その他 一部証明済み
一般の場合 未証明
⸻
オイラーが説明を続ける。
「数学者たちは、指数ごとに少しずつ攻略してきました。3乗で使えた方法が、5乗では通用しない。5乗で見えた性質が、7乗では消えてしまう。だから、指数ごとに証明を積み重ねてきたのです」
俺は少し考えた。
「じゃあ、3、4、5、7に共通するものを見つけたら、一気に進みませんか?」
オイラーがゆっくり笑う。
「その発想は、数学者なら誰もが一度は考えます。ですが、まだ見つかっていません」
ですよねー、万が一未満で「その発想はなかった」を期待して聞いてみただけだ。
ガウスが電子黒板へ近づいた。
黒板には点が並ぶ。
⸻
● ● ● ●
⸻
その上へ一本の滑らかな曲線が描かれた。
「連続した世界なら、このように自由に進めます」
曲線が消え、点だけが残る。
「ですが、私たちが扱うのは、この点だけです」
ワイルズが続けた。
「連続した世界では見えるものが、整数の世界では見えなくなることがあります」
俺は少し考えてから聞いた。
「うーん……。海に例えると、船は海を自由に進める。でも、答えがあるとすれば、海上に点在する島の上だけ。目的の島を見つけるか、そんな島は存在しないと証明するために、無限に広がる海図を作らなきゃいけない……そんな感じですか」
ワイルズは電子黒板を見つめたまま、小さくつぶやいた。
「数学としては正確ではありません」
少し間を置いて続ける。
「ですが、面白い発想です」
【電子黒板メモ No.2】
小テスト




