第1話 邂逅 数学者の教室
数学は苦手です。
ゆっくりと目を開くと、目の前には巨大なスクリーンがあった。CICか?いや、陸上勤務になったんだよな。
『読み込み中……』
見覚えのある文字だった。ハルトに契約書を読み込ませた時の画面だ。ぼんやり眺めていると、表示が切り替わる。
『召喚完了』
その瞬間、視界がはっきりした。白い壁。高い天井。そして教壇いっぱいに広がる、一枚の巨大な電子黒板。
「……ここは?」
最後の記憶をたどる。ハルトに契約規則を読み込ませ、契約書の査読をさせていた。そこから先が思い出せない。周囲を見回す。ローブ姿の老人。長髪の男。眼鏡の青年。本を抱えた女性。そして静かな青年。いかにも学者のような五人が、一枚の電子黒板を見つめていた。
「失礼」
後ろから穏やかな声が聞こえた。振り向くと、一人の老人が立っている。
「新しく召喚された研究者ですね」
は?召喚?勇者じゃなくて賢者?ならう系か?いや、研究者って言ったか?
「いいえ、人違いです。私は海上自衛官です。何も研究しておりません。ここはどこですか?」
老人は静かにうなずいた。
「数学研究室です」
「ステータス確認…」
いちおう小声で言ってから、周りを見回すが、何も起きない、落ち着け、俺。
831✖️29=…カレー?大丈夫だ、頭も良くなっていない。
「間違えました。帰ります」
反射的に扉へ向かう。はて、何をどう間違ったのだろう?扉は、押しても、引いても開かない。とりあえず、聞いてみる。
「これ、どうやって開けるんでしたっけ?」
「研究が終わるまで、この研究室から出ることはできません」
研究?なんの?
老人は笑顔のまま続けた。
「安心して下さい。ここには優秀な数学者しかいません」
嘘だ。思いっきり例外がいる。もちろん、俺だ。
「不安しかありません。数学は苦手なんです」
老人は気に留めた様子もなく、一人ずつ紹介を始めた。
「レオンハルト・オイラー」
長髪の男が軽く手を挙げる。
「カール・フリードリヒ・ガウス」
眼鏡の青年が会釈した。
「エミー・ネーター」
女性が本を閉じて微笑む。
何となく聞いたことがあるような気がする。ロボットではないな…。
そして最後に、静かな青年が立ち上がった。
「アンドリュー・ワイルズ」
その名前だけは知っていた。
ワイルズがこちらを見る。フェルマーの最終定理を解いた人か。たぶん、全員が有名な数学者なのだろう。これが、異世界転移なのか?夢なら起きないと、そろそろハルトがくるくるを終わらせてる気がする。まあ、そのうち誰かが起こしてくれるまでは、この夢を楽しんでみるか。
老人は電子黒板へ向き直った。
「こちらが、この研究室のAI電子黒板です」
AI電子黒板?性能は分からんが、チャッピーか、ハルトか?天国と地獄の分かれ道。
電子黒板の表示が切り替わる。
xⁿ+yⁿ=zⁿ(n>2)
整数解なし。
さらに一文が表示される。
『私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる』
「フェルマーの最終定理……」
名前だけは知っている。いや、証明されたことも知っている。もちろん、解法は知らない。
俺はワイルズに聞いた。
「ワイルズさん、証明方法は分かります?」
「300年以上考えているが、未だにゴールが見えない」
300年?マジか。どうした、ワイルズ。なぜ解けない?
もう一度、電子黒板を見る。
「フェルマーよ、電子黒板なら、十分な余白あったんじゃない?」
【電子黒板メモ No.1】
フェルマーの最終定理
17世紀の数学者フェルマーが残した有名な問題です。
詳しい解説は、「電子黒板データベース」で公開予定です。




