第50話 凄蒼は唐紅を穿って
side:バルバロス
「クハハハ! その調子だ!」
フェルグが火雷緑王の動きを抑え、アルヴィが龍機師本体へと一気に攻め込む。
戦場は三つに割れていた。
龍鉄炉前で繰り広げられる、アルヴィと龍機師の戦闘。
足元で火雷緑王を解体するように削りアルヴィの元へ行かせない、フェルグの妨害。
そして目の前。
加羅紅の巨大な爪が、赤熱した軌跡を残して振り下ろされる。
龍人型の機兵。
全身を覆う赤黒い装甲。
腕部は異様に肥大化し、爪は大剣のように鋭い。
背骨に沿って並ぶ小さな排熱口からは、黒金の炎が漏れていた。
(フェルグの妨害にも限界があるだろう……その前にアルヴィが本体を倒すか。いや、ここは俺がこの龍人をいち早く始末しフェルグと共に龍を倒す)
(これが最適の海路!)
バルバロスは、獣のように笑った。
「ふん、急ぐとしよう!」
黒いカトラスを掲げる。
ガァンッ!!
爪と刃がぶつかり、火花が弾けた。
衝撃で足元の岩盤が軋む。
加羅紅の力は重い。
単純なSTRだけなら、バルバロスのそれを上回っている。
だが――
「力任せだけで、この俺を沈められると思うなよ!」
次の瞬間、バルバロスの足元から砲門が生えた。
大地を押し割るように現れた、小型艦砲。
砲口が加羅紅の胴体へ向く。
「撃て!」
ドンッ!!
風圧を伴った砲撃が、至近距離で加羅紅の腹部に直撃する。
赤黒い装甲が軋み、巨体がわずかに仰け反った。
そこへさらに二門。
「続けろ!」
ドンッ! ドンッ!!
左右から挟むように放たれた砲撃が、加羅紅の腕部を撃ち抜く。
装甲の表面が砕け、赤熱した内部構造が一瞬だけ露出した。
「――グ、ギ」
加羅紅が低く唸る。
声ではない。駆動音に近い、歪な振動。
バルバロスは踏み込んだ。
カトラスを下段に構え、身を捻る。
加羅紅の爪が再び迫る
横薙ぎの軌道で迫るそれは胴体をまとめて裂き飛ばさんとする。
バルバロスは退かない。
足元の大地が波打つ。
硬い岩盤が、まるで海面のように揺れた。
次の瞬間。
船首が地面を裂き現れ、加羅紅の体を穿つ。
串刺しになった敵に、容赦なし。
すぐさま斬撃が落ちる。
加羅紅の肩口から胸部へ、斜めに光の線が走った。
硬い装甲に浅くない裂け目が刻まれ、内部から黒金の火花が噴き出す。
黒金の炎が渦巻き、装甲の一部が砕け散る。
「……ほう?」
バルバロスは、カトラスを肩に担ぐようにして笑った。
加羅紅の身体が、変わっていく。
赤黒い装甲の継ぎ目から、さらに濃い炎が漏れ出した。
背骨に沿って並んでいた排熱口が、一斉に開く。
そこから噴き上がった黒金の炎が、まるで翼のように左右へ広がった。
腕部の装甲が割れ、内側から二本目の副腕が展開される。
それぞれが赤熱し、刃のように鋭く伸びていく。
腕に爪があるんじゃない、腕自体が刃になっていく。
そして、尾。
腰部から伸びた紅い尻尾が、さらに長く、しなやかに変形した。
先端には、槍のような鋭い突起が三叉に分かれている。
「グ、ギギギ――」
加羅紅の頭部が、ゆっくりと持ち上がる。
赤い眼が、バルバロスを捉えた。
【加羅紅 過剰機構】
「……全く、構わないがな!」
バルバロスは、口元を吊り上げた。
加羅紅の背から噴き上がる赤黒の炎が、翼のように揺れる。
四本に増えた腕。
槍のように変じた尾。
赤黒い装甲の隙間から漏れる熱は、空気そのものを歪ませていた。
短時間だけの形態変化。
見れば分かる。
あれは長く保つものではない。
排熱口から漏れる炎は激しく、体内の機構が限界以上に回っている証拠だ。
だが、その代わり――今この瞬間の性能は跳ね上がっている。
「ならば、こちらも派手に迎え撃つまでよ!」
バルバロスがカトラスを掲げる。
その瞬間。
周囲の空間が、ばきばきと音を立てて割れた。
岩盤の隙間から現れたのは、無数の艦砲。
小型砲。連装砲。
角度を変え、距離を変え、加羅紅を包囲するように砲口が並ぶ。
砲門が一斉に唸る。
「放つ!!」
轟音が地下空洞に響き渡った。
艦砲の雨。
風の塊、圧縮された水の弾、青白い光弾。
あらゆる弾道が加羅紅へ向けて降り注ぐ。
逃げ場などない。
普通なら、そう言えた。
「グ、ギ――」
だが、加羅紅は沈まなかった。
赤い眼が、弾道を捉える。
次の瞬間、赤黒の炎翼が大きく広がった。
加羅紅の身体が、霞む。
「……ほう」
バルバロスの笑みが、わずかに深くなる。
加羅紅は砲撃の中を走った。
ただ速いだけではない。
弾丸の隙間。爆風の合間。
砲撃の軌道と軌道の、針の穴のような空白を縫うように進んでくる。
左から迫る風弾を、肩を沈めて回避。
足元に着弾した砲撃の爆風を、炎翼の噴射で跳び越える。
正面から来た光弾は、四本の刃腕のうち一本で弾き飛ばした。
直後、尾が地を叩く。
岩盤が砕け、加羅紅の身体がさらに加速した。
(認識速度が上昇しているな。無駄撃ちはやめだ。確実な隙を狙うしかない)
砲撃の中を走り抜け、加羅紅はバルバロスの目の前に現れた。
その腕とバルバロスの剣が交わる。
四本の刃腕が、赤熱した軌道を描く。
刃の払い。鎌のような横薙ぎ。
槍のごとき突き。
四連続の斬撃が、息つく間もなく叩き込まれる。
捌き切るなど愚行、そう判断したバルバロスは地面を波打たせ自分を後ろへと押す。
【大提督】の波は自分とプリズムアズール、それに乗っているものしか効果を受けない。
よって、敵を波で押し流すなどはできない。
(ふむ……近接戦は不利か)
バルバロスは、笑みを深めた。
不利。それは認めよう。
四本の刃腕。
三叉の尾。
炎翼による瞬間加速。
加えて、こちらの砲撃を見切るだけの認識速度。
正面から斬り合えば、押し切られる。
砲撃をばら撒けば、隙ができる。
距離を取れば、炎翼で詰められる。
攻撃手段が多い。
ならば。
「クハハハハ!」
バルバロスは、カトラスを肩に担いだまま笑った。
「良いぞ、加羅紅! 貴様はただの鉄屑ではない!」
加羅紅の赤い眼が、ぎらりと光る。
「ここは一つ、大波に乗ろうか!」
その瞬間。
加羅紅の足元の岩盤が、わずかに揺れる。
だが、加羅紅は踏み込まない。
赤い眼が、地面を見た。
先ほどまでの戦闘で、既に学習しているのだろう。
この男の足元に生まれる波は、バルバロスと船に連なるものだけを運ぶ。
敵を押し流すことはできない。
ならば恐れる必要はない。
そう判断したように、加羅紅は再び炎翼を噴かせた。
赤黒の火が背から噴き上がり、機体が前へ跳ぶ。
四本の刃腕が、同時に開く。
逃げ場を塞ぐように、斜め上、横、正面、下段から刃が迫る。
そこへ三叉の尾が遅れて突き込まれる。
完全な包囲。
手数の多いその攻撃は、逃げ道ごと切り刻む。
バルバロスの足元の岩盤が、大きくうねる。
波はバルバロスの身体を後方へ押し出した。
刃腕の一撃が、鼻先を掠める。
続く横薙ぎを、カトラスで弾く。
衝撃が腕に響く。重い。
まともに受ければ持っていかれる。
硬い岩盤の上を、船に乗るように滑る。
それを追う加羅紅。
炎翼が噴き、赤黒の影がさらに距離を詰める。
加羅紅はバルバロスの退路を読むように、尾を地面へ突き刺した。
岩盤が砕ける。
破片が散り、波の流れが乱れる。
「ほう、そこまで見えるか!」
バルバロスは片眉を上げる。
次の瞬間、加羅紅の刃腕が迫った。
避けきれない。
そう判断した瞬間、バルバロスの背後に砲門が現れる。
だが、撃たない。
砲口は加羅紅ではなく、バルバロス自身の後方へ向いていた。
轟音。
砲撃の反動だけが、バルバロスの身体を横へ弾いた。
刃腕が空を裂く。
赤熱した軌跡が、バルバロスの外套の端を焼き落とした。
加羅紅の駆動音が、低く歪む。
バルバロスは、そこで初めて足を止めた。
「クハハハハ!」
地下空洞に、笑い声が響く。
「良いか、加羅紅よ。覚えておけ船は進むものだ」
加羅紅が動く。
炎翼が爆ぜる。
四本の刃腕が、今度こそバルバロスを断つために振り抜かれる。
その瞬間。
バルバロスの足元ではなく。
天上が、波打った。
加羅紅の赤い眼が、僅かに揺れる。
天上。
そこに走る、巨大な航跡。
岩肌が海面のように揺れ、波紋を広げている。
その中を、巨大な影が泳いでいた。
【凄蒼なる海船】。
その船体は、いつの間にか地下空洞の壁面を航路としていた。
大地を海に変える船。
ならば。
地面だけが海である必要など、どこにもない。
「貴様が俺だけを見ている間に」
「我が船は、既に上へ至っていたぞ」
加羅紅が反応する。
四本の刃腕が止まる。
尾が地を打ち、炎翼が噴く。
離脱しようとした。
だが、遅い。
天井近くの岩壁から、船首が現れた。
まるで海面を割って浮上する鯨を反転したような。
巨体が、洞窟の上方へ姿を現す。
帆が広がる。
七色の光が、炉の赤に染まる。
船底が岩壁を離れた。
「俺が命じる!」
バルバロスがカトラスを振り下ろした。
「落ちろ!」
巨大帆船が、落下した。
加羅紅が炎翼を全開にする。
逃げようとした。
だが、砲門が一斉に現れる。
砲撃。
それは風弾ではない。
動きを妨害する突風の壁。
もはや、避けられない。
プリズムアズールの船首が、加羅紅を真上から押し潰した。
岩盤が砕ける。
衝撃が地下空洞全体へ広がり、歯車が軋む。
赤黒の炎が弾け、砕けた装甲片が雨のように散った。
加羅紅の四本腕が、船体を押し返そうとする。
だが、足りない。
尾が暴れ、炎翼が最後の火を噴く。
それでも、船は止まらない。
「貴様は強かった」
バルバロスが静かに告げる。
「見事な機兵だった」
船体が、さらに沈む。
加羅紅の赤い眼に、亀裂が走った。
「さらばだ、沈め加羅紅」
次の瞬間。
加羅紅の胴体が、完全に砕けた。
《 加羅紅 撃破 》




