第31話 永遠に夢を見て、刹那に輝きを見出した:五
(……この感情は何だ、
胸の奥で何かが渦巻く。本能が拒絶する。
だが。
それでも――これは大切な気がした)
槍が、止まる。
地面に広がっていた血管が、ゆっくりと萎んでいく。
あと三メートル。
私はさらに踏み込む。
その瞬間――
【ジャガモースは×××を蓄積した】
奴が動く。
右から羽の斬撃。
足に力を溜め、寸前で止まる。
拳。
回転しながら紙一重で躱す。
血管の羽が大きく開く。
反射的に体を沈める。
頭上を羽が薙ぎ払った。
――見えている。
狙うのは一つ。
私が狙うのは――以前と同様に、【瞬影】からの【英雄決断】。
だが、今回違うところはカウンターを気にしないでもいいという事だ。
マインの蘇生はあと二回残っているし、チュニドラも控えている。 以前のような相打ちでも十分な成果を得られる。
相打ちでも勝てる。
――だが。
私は口元を歪めた。
そんな勝ち方。
つまらないでしょう?
やるなら――完璧に勝つ。
真正面から突き上げるような拳が来る。
私は踏み込む足を止めない。
拳が胸元を抉る軌道を描く、その寸前。
身体を半歩だけ捻る。
風が裂ける。
拳は私の肩口を掠めただけで、空を切った。
そのまま滑り込むように懐へ。
近い。
近すぎる距離。刀すら振れやしない。
ジャガモースの目が、僅かに揺れた。
だが次の瞬間、奴の羽が動く。
背後から包み込むように――突く。
「――【瞬影】」
視界が歪む。
影がその場に残り、奴の背後へと瞬時に移動する。
羽は空気を裂いた。
奴もこちらに気付く。
更に力強く踏み込んで。箔新月を、振り抜く。
それよりも速くジャガモースの拳が私を捉えた。
――だが、殴り飛ばされるはずの私は霞の様に崩れ去るだけ。
「——【霞踏み】」
もう既に、そこに私はいない。
――【英雄決断】
ログが、落ちる。
世界が、一瞬だけ静止した。
鼓動だけが聞こえる。
その一拍の間に、すべてが収束する。
判断。覚悟。
踏み込み。
迷いの無い一撃。
箔新月が、白い胸部へと吸い込まれる。
刃が、通った。静かな音。
まるで、水面を裂くような。
一拍遅れて。
ジャガモースの身体に、一本の線が走る。
白い外殻。血管の羽。
その中心を、真っ直ぐに。
世界が、止まる。
そして。
次の瞬間。
亀裂が――弾けた。
赤黒い光が、内側から噴き出す。
『ア……』
声にならない何かが、空気を震わせた。
羽が崩れる。
血管が千切れる。
白い身体が、ゆっくりと傾く。
理想郷の中心で。
怪物は、倒れた。
私は刃を振り払う。
赤黒い粒子が、静かに空へ溶けていく。
後ろを振り向く。
チュニドラが、数秒固まってから言った。
「いやお前……」
盾を下ろしながら。
「格好つけすぎだろ」
マインは、ほっとしたように息を吐いた。
「でも……先輩らしいです」
背後で。
ジャガモースの身体が、ゆっくりと崩れ始めていた。
理想郷は、終わる。
★
ようやく分かった気がするんだ……もう今更だけど。
この衝動が、感情が分かった気がする。
崩れていく白い身体を見つめながら、頭の中で思考が回る。
胸の奥で燃えていたもの。
怒りでもない。
恐怖でもない。
ましてや、生への執着でもない。
ただ――
楽しかったんだ。
純粋に。戦うことが。
この瞬間が。
★
その時だった。
崩れ落ちていくジャガモースの身体が、ふっと止まる。
崩れていたはずの白い外殻が、光を帯びていく。
赤黒い粒子が、空へ逃げるどころか――逆に集まり始めていた。
吸い寄せられるように。
怪物の身体へ。
「嘘ですよね……」
チュニドラの声が低くなる。
「まだ終わってねぇ!」
私は振り返る。
ジャガモースは、既に立っていない。
膝をついたまま、ゆっくりと崩れている。
だが。
その身体は、今――
光になっていた。
白い。
あまりにも、白い光。
「最後の最後に!」
ログが、静かに落ちる。
――【 純 白 】
「チュニドラ!!」
私は叫んだ。
だが、世界は静寂に、視界は白に染まる。
―――――――?
何も起きない。
衝撃も、ダメージも無い。
ただ、静寂と白。
その中で。
ログが降ってくる。
《ユニーククエスト【我、理想郷。決して変わらず風化せず】をクリアしました》
一拍。
《続いて》
《戴冠の試練【 風 化 刹 命 】を開始します》
ゆっくりと――息をのんだ。




