不安の種は尽きない。
昼休みまで、僕が殿下に付き添うことになった。教師から与えられた課題をこなしつつ、たまに目視で殿下を確認する。
静かなノック音の後に、ジュリアス様が顔を出す。
「具合が悪いって聞いたけど?」
「魔力酔いです。マルカに確認をしました」
面倒そうに眼を開ける殿下をのぞき込む。
「わかっているなら、休めば良かったのに」
そういって殿下の手首を取る。
「加護を使うなら、鍛錬は止めた方がいい。体力の戻りが悪くなる。疲労骨折かぁ…細かいひびが入ってる」
光がさらさらと零れていく。殿下がふっと息をつく。
「これでいい。あまり無理をしないようにね」
「…感謝する」
ジュリアス様がひらりと手を振って出て行くのを見送ると、シルヴァン殿下はゴロリと背を向ける。
「見たか?祝詞なしで俺の腕を治したぞ、しかも早い」
「朝しっかりと祈ってきてるんじゃないですか、あ、でも、神殿に運び込まれた患者をまとめて診ていたそうです。加護量が上がっているんですかね。それより、シルヴァン殿下、ひびが入っていたんですか?マルカはそんなことを言ってませんでしたよ」
「俺も知らなかった」
絶対嘘だ。溜息をつきながら、ブランケットをかけ直す。
「とにかく寝て下さい、何か入りますか?」
殿下は首を振ると再び瞳を閉じる。
「……もっと強くなりたい」
羨望の混じる小さな独白だった。
俺からの伝言を聞いたのか、昼餐時間にマルカとヴィンセント殿下がアイシュア様を伴って現れた。
「ビンチョスには世話をかけた。昼を一緒にどうだ」
ヴィンセント殿下から声がかかったが…。
「心配だったので…昼餐は友人と約束があります。申し訳ありません」
普段はここで一緒にとることも多いが、今日だけは譲れない。
「そうか」
「ビンチョス、妹に伝言を頼む」
「なんですか?」
アイシュア様、今日の昼をリュリュたちととることを知ってるのか、ええーここで言うか。
「ミモリに制服が届いている。あとで届けさせる」
ミモリって誰だ。俺は平静を装い頷く。
「承りました。では失礼いたします」
「ビンチョス」
背を向けていたシルヴァン殿下から呼び止められた。
「ありがとう」
僕は静かに一礼をして場を後にした。
慌てて東屋一番に向かうと、すでに人数は集まっていた。リュリュが僕を見てほっとしたように微笑む。
「遅くなった。リュミエール嬢に会えて嬉しい」
心内の言葉は口にしろ。妹からのありがたい格言だ。
いや、諜報一家でそれはどうかと思うが、相手は有象無象ではなく、唯一なのだと言われた。神だ。
「マリアから聞いておりますわ…」
少し頬を染め頷く。
マリアベル嬢にアイシュア様からの伝言を伝えなくては、マリアベル嬢へ視線を動かすと、ゴーディ領のボルドーの護衛服を身に着けている、黒髪の若い女性が立っていた。
「マリアベル嬢にアイシュア様からご伝言を預かっております」
「お兄様から?」
サンドイッチを出していた手を止め、首を傾げる。
「ミモリ様の制服が届いているそうです。届けさせると」
マリアベル嬢の隣にいる女性が頷いた。
「お嬢、こちらは?」
「マクシミリアン・ビンチョス様。ビンチョス伯爵家の御子息よ。ミモリご挨拶を」
「は、ミモリ・ゴーダと申します。今後はリュミエール・レイクツリー公爵令嬢にお仕えします。よろしくお見知りおきを」
快活な物言いと、日に焼けた肌、涼やかな一重が誰かに似ている。エアルが先に口をつけていたメロンを嚥下すると、のんびり告げた。
「姉上に護衛をつけようと思っていたんだ。アイシュア様にご相談をしたところ、彼女を紹介された。ニシミルの妹君だそうだ」
少し離れた木陰にニシミルとメイヤが待機していた。メイヤが何か言いたげに見てきたが、そのまま視線を外す。
「そうでしたか、よろしくお願いします」
小さく会釈をすると、僕を見ていたミモリ嬢が平坦な声でエアルに聞いた。
「こちらも護衛対象にいれますか?リュミエール様とご一緒されることが今後増えるならば考えますが…」
「マイクに必要ないよ、ね?」
エアルの悪戯に笑うその瞳が、可笑しそうに細められた。どっちの意味だろう、僕の剣の腕のことか、リュリュとご一緒される意味か…。
「ミモリ殿はリュミエール嬢を一番に守っていただければいいんだ」
僕はそれだけを言って、受け取ったサンドイッチの包みを開ける。
「ミモリ、マイク様はお兄様が筋は悪くないと褒めていらしたのよ。あまり侮っては駄目」
「アイシュア様が!マイク様、私と手合わせを!」
急に熱量が上がるミモリに皆が笑った。
リュリュがいくつかのパイを取り分け、ニシミルに声をかける。
「ニシミルさん、こちらどうぞお持ちになって。ミートもありますわ」
嬉しそうに走りよるニシミルに、ミモリがジト目で溜息をつく。
「こんな愚兄にまで、お優しい言葉は不要です」
その場でパイに噛り付くニシミルがちらりと妹を見た。
「不出来な愚妹ですが、よろしくお願いします。リュミエール様、こいつ身体強化くらいしかできないんで、盾にして下さい」
「なんですってぇ」
その二人の隣で、お茶の用意をしていたバルが、零しそうになっている。なんでメイヤが用意をしないんだ?
「そこまで。ニシミルは言い過ぎ、ミモリは威圧が漏れ過ぎ!お茶がこぼれるわ」
マリアベル嬢がピシりと音がしそうな口調で言うと二人は治まった。波が引くように。
「エアル…?」
そっとエアルを見れば、仕方なさそうに微笑んだ。
「気になるかい?」
「まぁ…」
少し話そう。そう言ってエアルは僕を促し、離れたベンチにと向かった。
「マイクは手紙を出していたんだって?」
なんでエアルが知っているのかわからないが、頷く。
「ああ。先日のその…お詫びとお礼を」
「うん。たぶんそうだと思った」
言いづらそうに、それでもはっきりと言った。
「届いてない。メイヤが渡していなかったんだ」
一瞬何を言われているのかがわからなかった。
「何で?」
「どうしてかな。でも推測するに君への情景とか?」
意味がわからなかった。彼女との接触すら、数えるほどだ。お詫びの花も悪手だったのか?
「姉上は許すと言ったが、領主代理としては、主の手紙を隠すような従者はおけない。彼女は姉付きから外した。学園に通うのは許したよ。今までの彼女の努力は無にできないし、これからの彼女に必要だろうからね。でも、姉上に何かあってもいけないから、ミモリを置くことで自由にさせている」
離れた木陰を見れば、メイヤがこちらを思い悩んだように見ているのがわかった。
「僕は…彼女のことなんて」
「うん。わかっている。今回の事をメイヤに聞いていくうちに、妙な事を言い出したんだ。メイヤは近いうちに姉上に冤罪をかけられると…夢にみたそうだよ。厄災が来ることでの呪詛のようなものが動いているなら、僕は許せない」
彼女が冤罪なんてありえない。それに、あんなに仲が良さそうだったのに。
「近いうちって何だ?夢?くだらないことを…」
それこそが、冤罪ではないか。彼女を貶めたいのか…噛み締める奥歯がぎしりとした。
「マイクにも迷惑をかけた」
「いや…」
ニシミルから届けられたサンドイッチを受け取るメイヤは、エアルから聞いた後のせいか得体の知れないものに見えた。
「近いうちに殿下へ相談に行く」
厄災に関することならば、必要だと思う。
「僕も、行くよ」
エアルは少しだけ、口元に笑みを浮かべる。
「君の不名誉な、植物園事変も話すけど?」
「わかってるよ」
頭をかく。
「ついでに、ハンカチのこともどうぞ」
お疲れ様です。
いつも読んで下さってありがとうございます。
活動報告にも書きましたが投稿が遅れました。
すみませんでした。( ;∀;)
今しばらくは、体調ペースで行きます。
お許しください。
やっと痛みが引きつつあります。
顔が四角です。これ治るよね…。
これが不安の種だわw




