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第50話 足りない写真

 唯は実家の自室に閉じこもっていた。

 殺風景な部屋にはぬいぐるみが転がっており、それを呆然と見つめていた。

 あの出来事から1か月経っていた。あの後、唯はジンガイ荘に戻ることをせず、母親にせがんで生家へと戻ってきていた。自分がしてきたことは許されることではないし、自分自信が許せなかった。


 やはり、ジンガイ荘に行くべきではななかった。


 唯はそう結論付けた。

 父親の下で庇護されていればよかったのだ。中学時代に感じていた敬意には畏怖も含まれていたのだとようやくわかった。自分と距離を取るのは、父親の影響力がそうさせていたのではない。自分自身の鬼としての力をも恐れていたのだ。いつ、自分が自分の子供が傷つけられるかわからないから、遠ざけ被害を防いでいた。


 わかってしまえば、簡単なことだった。それを知らずに、地域指定管理組合のせいで自分は孤立しているのだと勘違いしていた。その事が、今回の騒動でわかってしまった。


 今でも自分の手を見ると震えが止まらない。友人を傷つけ、仲間を退け、差し伸べられた手を振り払ってきた手。それが恐くて仕方がない。また同じことが起こるのではないかという考えが頭から消えることはない。


 唯は膝を抱えて顔を埋める。もう、何もしたくないという気持ちが胸をいっぱいにさせていた。


「ねぇ、唯ちゃん。学校に戻るつもりはない?」


 扉の向こうから母親の声が聞こえてきたが、それを拒否するように顔をさらに埋めた。


「……琴対馬きんつば高校じゃなくてもいいわ。近所の学校でもいいの。このままひとりでいるのは、よくないと思うわ」


 唯は何も言わない。扉の向こうにいる母親の溜息が聞こえた気がした。


「私はね、唯ちゃんに笑って欲しかったの。ジンガイ荘を紹介したのもそう。その気持ちはまだ持っているの。どんなことでもいい、どんなところでもいい。ただ、笑って欲しかった」


 唯は動かない。言葉を否定しないし肯定もしない。聞いていることすら、定かではない。


「授業参観として、学校やジンガイ荘に行ったこと憶えてる? あそこで友達と笑う唯を見て、ここを薦めてよかったって思ったわ。あのとき、私は本当にうれしかった。それがいつまでも続いて欲しいと思ってた」


 母親の言葉が詰まる。何を言おうかと、言葉を選んでいるようだった。


「……あのきっかけになった悪霊は誰かが仕掛けたものじゃないの。ちょっと妖力を抑えるコツを掴んでいなかっただけ。少し訓練すれば、悪霊は振り払うことができた。私が大丈夫だって見誤ったのが悪いの。それは唯ちゃんが悪いなんてことない」


 唯は何も応えない。


「唯ちゃん、もう一度、ジンガイ荘にいくつもりはない?」


 空白の時間が続くと部屋の扉が少し開かれた。そこから、紙が一枚差し込まれた。


「私がこうやって話をしにきたのは、これがジンガイ荘から届いたから。どうしても、もう一度話したかったの」

「……」


 差し込まれた紙に視線が向く。少し見えただけだが、それは写真のように見えた。


「……どんな結論を出すのか、私には解らない。でも、答えを出す前に一度、それを見てから決めて欲しい」


 唯の視線は写真へ向いたままだ。

 部屋の扉から人が去っていく気配がした。母親の説得はここで終わりのようだった。同時に興味を失ったのか、視線は写真を離れて転がっているぬいぐるみに戻った。



 空腹を感じて顔を上げる。部屋の窓から夕焼けが差し込み、赤色が夕刻を告げていた。


 何もしないでもお腹は空く。扉の向こうに置かれているであろう夕飯を取るために立ち上がり扉へふらふらと近寄る。扉に写真が差し込まれていたのを思い出し、ついでだと思い写真を手に取った。


 手に取った写真には、あの春の日にくぐったジンガイ荘の門が写っていた。それだけではない。雪絵、蓮子、陽子、双葉、MF-2といった住人と、真、薫、明の三人も写っている。


 今更それがどうしたと思ったのか、唯はそれを握り潰そうとして、手を止めた。


 この写真には何かが足りないことに気付いた。たくさん人が写っているというのに、中央に誰もいない。そこに誰かが入るとも言わんばかりにスペースが空いている。


 写真に涙が落ちた。唯はその写真を抱きしめると、声を上げずに泣き始めた。


 写真の中央、誰かが入ってほしいとばかりに、ぽっかりと空いたスペース。そこに入るべき人物は最初から決まっていた。なぜなら、そのスペースに入れるような小さな身長の人物を唯はひとりしか知らなかった。


 ついに抑えていた泣き声を大きくして叫んでしまった。

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