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第49話 みんな集まれ 人間だよ

◆人間の友達


 ついさっき、唯ちゃんと別れたばかりだというのに、彼女のノートを間違えて持ってきてしまった。早くノートを返さないと、と私は来た道を戻っていく。

 曲がり角を曲がると、彼女の姿が見えた。ノートを振り上げて声をかけた――のだが、気がつけば私は地面に倒れていた。


 私の視線の先には、寂しさと悲しさと苦悶の泣きそうな顔をした友人がいた。何が彼女をそうさせているかわからない。彼女の手が真っ赤に染まっているのが、原因なのだろうか。


 そんな顔をしないでほしい。いつものように笑っている彼女の顔が好きなのだ。


 ああ……お腹の辺りが酷く痛む。そんなことより、私は大丈夫だと伝えたい。笑顔を取り戻したい。どうやらそれは私にはできないようだ。赤い血が広がる続ける限り、哀しい涙が止まることはない。


 だんだんと、視界が狭くなってきた。最後の力をふりしぼって口を動かす。私は大丈夫だと伝えたい。




 今までの私の人生は、振り返るほどのものはない。

 普通に生活してきたし、家庭内の問題もないし、特筆するものではなかった。ただ、学校も友人と呼べる子がいなかった。


 昔から男の子っぽいところがあって、男子からからかわれ、女子から疎まれていた。だから、誰とも深く付き合うことがなかった。


 私は高校生に進学して、高校デビューというものをしてみようと思った。新しい生活、新しい環境、新しい人間関係、女の子のようにおしとやかで、ちょっとスポーツが得意というだけのキャラを作ろう。


 その第一歩、入学式に失敗を犯した。いきなり寝坊して遅刻しそうになってしまった。私は急いで学校に向かった。初めての道というのもあって、周囲に気を配ることもできないでいた。


 とある曲がり角、私は小さな少女とぶつかった。古典になりつつある、運命の出会いという奴だ。まさか、その出会いが本当に運命の出会いだとは思わなかった。

 ぶつかった少女は小柄でとても愛らしかった。――が、その背後には、不良といってもいいぐらいの2人が控えていた。


 私がぶつかったことの因縁をつけてきた。本気でヤバいと頭の中で警鐘が鳴っていた。学校に遅刻しそうという言い訳を思いついて、それを伝えて私は駆けだした。


 入学式を終えて教室に行くと、小柄な少女がいた。あの取り巻きがいなかったので、ほっとしながら、話しかけてみた。少し言葉を交わしただけだったが、まさに絵にかいたような可愛い女の子そのものだった。すぐに少女と友達になりたいと思った。


 私の自己紹介が終わり、少女の自己紹介の番となった。そこに、あの不良の二人組がやってきた。3人を観察すると、どうやら少女は2人の傍若無人っぷりに迷惑しているようだった。だから、私は恐いという気持ちを抑えて、2人に注意をした。本当に、あの時は恐かった。


 翌日、私は勇気を振り絞って、さりげなく話題を振ってみた。その話題に『友達』というワードを潜ませると、少女はやたらと喰いついてきた。正直、こっちが引くくらいだった。だけど、少女も自分と友達になりたそうだった。


 そこから、私の高校生活は中学時代が180度変わったかのように、楽しいものになった。それもすべて、少女のおかげだった。




 目を開けると知らない白い天井。どうやら、ベッドの上に寝かしつけられているようだった。

 身体を動かそうとすると、胸の辺りが痛んだ。そちらに目を向けると、胸は白い包帯で巻かれていた。それですべてを察した。

 上半身を起き上がらせる。さきほどとは比べ物にならない痛みが走った。でも、そうしなければならなかった。


「ちょっと、江藤。いきなり起き上がるな!」


 ベッドの隣に小豆色のジャージを着た日野先生が椅子に座っていた。

 こんなところにいられるかと、身体を動かしてベッドから下りようとする。


「先生! 唯ちゃんに会わせて! 唯ちゃんはどこにいるの?」

「落ち着け。桜河のことなら、任せておけ。それより、ベッドに戻るんだ」

「唯ちゃんに何が起きたの? 私に何が起きていたの?」


 私の質問攻めに日野先生は頭を抱えて、眉間に皺を寄せていた。決意したのか、私の肩に手を置いてきくると、私の目をじっと見つめてきた。


「江藤が望むなら、すべてを話していいと言われている。だが、覚悟しろ。お前の高校生活が180度変わるかもしれん」


 日野先生の脅すような言葉に、私は頷いた。唯ちゃんがどうなったのか知りたい。今、何が起きているのか知りたい。私は秘されてきたすべてが知りたい。



 日野先生から知っている限りのことを聞いた。荒唐無稽な話で、少し前の私なら冗談だと笑って済ましていたかもしれない。でも、今は違う。


「先生……私を唯ちゃんのところに連れて行ってくれませんか?」

「はぁ……。そう言うと思っていた。病院に許可を取ってないから、あとで怒られるぞ」

「覚悟の上です」


 私の返答で日野先生が立ち上がると、私を抱きかかえてきた。いわゆる、お姫様だっこ。

 先生は開けっ放しだった窓の枠に右足を引っ掛けて、外へ飛び出すような恰好をした。

 ちらりと見えた範囲だが、道路を走る車が小さく見えた。正気ではないと思ったが、日野先生の正体が妖怪だと知った今はむしろ当たり前に思えた。



 しばらく飛び跳ねていた日野先生がピタリと動きを止めた。見覚えのあるところで、ジンガイ荘近辺の道路に違いない。

 視線を動かすと、地面に膝を付き肩で呼吸している唯ちゃんがいた。彼女の周りには知らない顔もいたが、薫ちゃんと地面に倒れた明ちゃんがいた。


 傍から見ても、唯ちゃんが尋常ではないことがわかった。今までに何が起きたのかわからないが、唯ちゃんが酷い目に遭ったことがわかる。なぜなら、着ている服がぼろぼろだったからだ。


 そんな唯ちゃんに鉄の棒を持った侍っぽい人が近づいていく。知らない人だけど、彼を近づかせてはいけないと、頭の中で閃いた。


「唯ちゃんから離れろ!」


 大声で叫んだら、胸が酷く痛んだ。

 侍もこちらに気付いたのか、歩みを止めた。タイミングを見計らったように、日野先生は私を地面に降ろしてくれた。


「え? 真……ちゃん……?」


 ボロボロの唯ちゃんが幽霊を見たかのような視線を向けてきた。私が死んだとでも思っていたのだろうか。


「私は大丈夫だから。心配しなくてもいいよ」


 優しく言ったつもりだった。それがまるで逆効果だったかのように、唯ちゃんは身体を掻き抱き目を大きく見開くと身震いさせた。何が起きていたのか、私には解らなかった。


「うそ……真ちゃんが……本物? ――じゃあ、今まで対峙してきたのは……みんな本物……だった?」


 呆然とする唯ちゃんの様子がおかしいのにようやく気付いた。

 私が生きてきていたことに動揺しているようではない。自分の今までの行動に対して怯えているのだ。


「わたっ、私はッ! みんなを――みんなを――! 今までッ、みんなをッ、悪霊と勘違いして――」


 青ざめるその顔は今までに見たことのないものだった。見たままを言うのであれば、それは『絶望』だ。

 私は絶望する唯ちゃんに歩み寄る。胸が痛いからあまり早くは歩けない。唯ちゃんの前までやって来て、私はいきなり唯ちゃんに抱きついた。


「辛かったよね。悲しかったよね。苦しかったよね。でも大丈夫。もう、終わったから。私は大丈夫だった。唯ちゃんを止めようとしてくれたみんなも大丈夫。誰もがいつもの唯ちゃんを待ち望んでるよ」


 唯ちゃんは言葉にならない呻き声をだしながら、抱き返してくれた。


「あっ、うっ、ごめんなざい……みんなに。ひどいことッしたッ、ヒック……ごめんなざい……」


 唯ちゃんは大声を出して泣き始めた。

 私は唯ちゃんを抱く力を強めた。瞳からあふれた涙が、乾いたアスファルトに落ちた。

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