夏美の告白
「……それでさ、光希、昨日からどうしたの?」
夏美は真剣な光を浮かべ、光希の瞳を覗き込む。光希は無理矢理その瞳から目を逸らす。
「……別に、大した事は……」
「楓から避けられてる、って事と関係あるよね?」
「……っ!」
光希はそっと目線を上げる。夏美は光希の視線を捕らえた。
「そろそろ、私にも教えてほしいんだ。楓と光希の関係。私だけ知らないのは嫌なの。私だって『九神』のメンバーだし……」
夏美は必死に光希に伝える。どれだけ自分が本気かという事を。
知らなかった。夏美がそこまで思い詰めていたなんて。光希は目を見開く。自分はずっとこの事失念していたのだ。夏美は光希の大切な『仲間』なのに。
光希は一瞬迷う。この事は前にも聞かれた。だが、その時光希は誤魔化してうやむやにしてしまった。
「ねえ、教えて」
「……確かに、お前に知らせないままいるのは無理だな。俺には任務がある。任務は、天宮楓の護衛だ」
夏美は大きな瞳をさらに大きく見開いた。口の中でもう一度その言葉を反芻して夏美は飲み込む。
「……そっか、護衛、だったんだね。ってことは涼も?」
「ああ、なんでわかったんだ?」
ふふん、と夏美は得意げに笑った。
「どれだけ光希と涼と一緒に戦って来たと思ってるの?私はちゃんと見てるんだよ」
ふう、と光希は息を吐き出す。流石に幼馴染の目は誤魔化せていなかったみたいだ。
「やっぱりお前には敵わないな。そうだ、涼も天宮楓の護衛だ。俺達は天宮家御当主様からこの任務を直接受けた。任期はわかっていない」
「って事は、あの子はそれだけの価値があるんだね?」
夏美は顎に手を当てて呟くように言う。光希と涼は重要な戦力だ。それをフル活用してでも守りたい少女というのは、それだけの価値が存在すると言う事だろう。しかし、夏美にはその価値がわからなかった。確かにあの戦闘能力は光希達に匹敵する。だが、それでもやはり『無能』だ。ただの『無能』なら守る価値がない。
光希はその質問に黙り込む。光希自身、楓を守りたいと思っただけで、楓の価値について考えた事は一度もない。
「天宮の価値か……。考えた事は無かったな」
「光希は知らないの?」
「ああ、教えてもらった事もない」
「……あの子はそれだけ特別なんだね」
夏美の瞳が一瞬澱んだように見えた。すぐにガラスで反射した光に遮られて、夏美の表情は見えなくなった。
「天宮は天宮家が何としてでも守りたい力を持っているのかもしれない。俺にはただの女にしか見えないけどな」
「む、私は?私はどう見える?」
夏美はずいずい顔を光希に近づけてくる。その勢いに気圧されて光希は身体を逸らした。
「な、なんだよ⁉︎」
「いいから答えるのー!」
夏美は頰を紅潮させて光希を見る。
「別に……、そのー、なんだ?……可愛いぞ?」
ばふんっと夏美は頭から湯気を出して、後ろにひっくり返る。がたんっと大きな音がけたたましく響いた。
「だ、大丈夫か?」
夏美は幸せそうに這い上がってくる。その立ち上がり方はどこかのホラー映画に出てくるゾンビのようだった。その光景に顔を引きつらせながら、光希は夏美が体勢を立て直すのを待つ。
「ふう……それでね、楓が光希を避けてる理由についてなんだけど……」
「わかるのか?」
光希は微かに期待して、夏美を見つめた。夏美は顔を少し赤くして、首を振った。
「……わからない。でも、楓は同時に涼をも避けていたように見えるの。……護衛関係だったりするのかもしれない」
光希の顔から表情が消えた。夏美にはそれが何を意味しているのかはわからない。
「何か、あったの?」
「……いや、特に何も無かったと思う。その前日まではいつも通りだった」
夏美は腕を組んで唸った。光希も理由を考えたが、一向にわからなかった。わかれば手の打ちようもあるのだろうが、今の状態では無理だ。
「うーん、その夜に何かがあったってことだよね?」
「ああ、そうだろうな」
夏美は思った事を口に出す。光希は頷いてその日の事を思い出そうと努力する。あの日、小野寺仁美について楓から聞いたが、あの時はまだ大丈夫だった。むしろいつも以上に楓は光希に心を許していたようですらあった。それなのに何故……。
「……もし、何か護衛について楓が何かを知ったとしたら?」
夏美の瞳が鋭く光を放つ。その言葉に光希はドキッと心臓が跳ねる音を聞いた。手の先から血の気が引いてくる。
……もしかすると、楓は光希と涼が楓の婚約者候補だという事を知ったのかもしれない。
だが、それだけでは避ける理由にはならない。なら、どうして……。光希は思考を巡らせる。何かがわかりそうなのにわからない。何かを掴みかけては逃す、というのを繰り返し、光希はその理由を導き出す事が出来ずにいた。
夏美は考え込む光希の顔を静かに見つめる。その様子は楓に必死になっているようで、夏美には見ていて辛い。
光希には自分だけを見て欲しいのに……。自分の方が光希をずっとよく知っているのに……。
夏美は心の奥の何処かにトゲが刺さったような痛みを覚える。無意識に胸に手を当てて、夏美は苦しい息をそっと吐いた。
「……どう?わかった?」
夏美の心配そうな問いかけに光希は我に帰った。夏美の瞳が光希の目をじっと見ている。
「いや、俺にはわからなかったよ……。護衛として、護衛対象に避けられるのはあってはならない事のはずなのに……」
「護衛として……」
夏美はその部分だけを繰り返した。光希は意味がわからずに夏美を見る。
「本当に、それだけ?」
「それだけって……、どういう意味だ?俺は本当に護衛として天宮を守りたい、ただそれだけだ」
夏美は光希から一瞬目を逸らす。そしてまたすぐに光希と目を合わせた。
「……本当にそうなのかな?」
夏美は椅子から立ち上がる。光希はそれをもう行くのだという意味に捉えて同じように立ち上がった。夏美は窓を見て、それから真っ直ぐに光希の方へ歩いてくる。
「……ねえ、私じゃダメかな?」
夏美は立ち上がりかけていた光希の首に腕を回す。
「……夏美?一体何を?」
夏美は引き寄せた光希の耳元で囁く。光希は息を呑んだ。夏美の行動に頭がついていかない。
「……私、光希が大好きだよ」
「おい、夏美⁉︎そういう事は違う奴に取って置け⁉︎」
光希に顔をさらに近づけようとしている夏美を止めようと、光希は慌てて言う。だが、夏美は腕にさらに力を込めた。
「……大丈夫。だって、光希が私の初恋の人なんだもん」
「な、夏美⁉︎」
夏美は光希の唇に自分の唇を重ねる。光希は目を見開いたまま、固まっていた。
夏美は閉じていた瞼をそっと開ける。
「光希……、この答えはまた今度、聞かせてくれるかな?」
夏美は光希の首から手を離す。自由になった光希は、真っ直ぐに立った。夏美は真剣に光希を見上げている。冗談では無い事をそれが証明していた。光希にはどうその気持ちに応えていいか、わからない。光希は夏美から目を逸らした。
「……わかった」
「うん」
夏美は花が綻んだように笑う。これだけでもずっと言いたかった。振られても構わない。たぶん、すごく辛いけれど。願わくば光希が自分を選ばん事を……。
「……そろそろ帰らないと」
光希は時計に視線をやり、落ち着かなくそう言った。この場にいるのが少しだけ息が詰まった。
それにしてもどうして夏美も……。
涼を夏美も見ていたのかもしれないと思ったが、光希にはどちらとも言い切れなかった。
……俺は一体どうしたいんだ?
夏美も告白し出してしまった……。その上、ヤンデレっぽい発言。
事件の予感が漂いまくっているのに、仲間内でドロドロしてていいのだろうか……?
こんな風になる予定は無かったぞ?
どうしよう……




