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風雲の場所  作者: yunika
第二章
78/79

二十九.変遷

ジオリブ国最年少の王、テンジャク国王が

誕生してから、十数年が経っていた。


ティモナが経営する料理屋で、今や

立派な軍人となったハクアは仲間と

酒を汲み交わしている。


「……昔さ。父さんが怒った声が俺の頭に

 響いてきたことがあるんだ。今考えたら

 あれ、母さんの感情だったんだよな。

 ああいったことが最近増えてきた。

 もう、やばいよ、色々と」


ティモナがハクアの空の杯に酒を注ぐ。


「お母さん、今かなり怒ってるってこと?」


「噴火寸前」


「なんでまた……?

 普段は優しいのに」


「俺が不甲斐ないから」


そう言うなりハクアはぐい、と酒を飲み干した。

それを聞いたティモナは肩を竦めた。


この世には何でも従いたくなる相手という

ものが存在する。それは単なる相性なのか

それとも運命なのか。別の違った物なのか。


判らないが、これだけは明らかである。

ハクアは『彼女』の言いなりだった。


今や、この国は真っ二つになってしまった。

まだどうにか出来たかもしれない所で

『彼女』はハクアにこう言った。

今、貴方に出来ることはないと。




テンジャクが王となって以来、事態は

急速に変わった。まず滝の一族の分裂騒動。


元はサルバト公派であったラキニル公国は

公国から王国へと昇進し、ジオリブとの

約束通りにサルバト公への支援を中止した。


その経過を甘く見ていたサルバト公は

ラキニルがレッド派へ回る事態を重く

見ず対立姿勢を取り続け、山奥へ潜んだ。


対してジオリブ国とラキニル国が味方に

つくことになったレッド卿は随分と

話の分かる人物であったらしく

三者間での同盟や物資の輸出輸入の

協定締結も円滑に執り行われた。


ラキニルの技術力に感銘したレッド卿は

サルバト率いる翼人を追放した後の

旧一族の地をラキニルへと献上し

自身はその地の執政官となった。


だがそんな発展の栄華にあったラキニル国も

後継ぎ問題で揉める間に国力は衰えていった。


極め付けはラキニルの国力の発展に尽力した

ミードの父親、ウェルズ氏が工場の拠点を

ラキニルからジオリブのラニッジ鉱山へと

移した為だ。ミードや彼の父親のもたらした

人工素材はまたたく間にジオリブ国の主要な

産業となり、新技術であった飛行技術は

あれよあれよと改良され、ウェルズ社を

ミードが継いだ後さらに事業は拡大した。


国力を失いそもそも跡継ぎの男子がいない

ラキニルは、王女がテンジャクの元へ嫁ぐ

ことになりその翌年にジオリブ国に吸収

されることになる。新王宮はスイレンから

二国の境界沿いであったフラウェルの街に

移されることとなった。


だがかつて工業で栄えたラキニル国、

今はラキニル地方と呼ばれる地の

経済面の衰退ぶりは変わらない。


その地の者達がミード率いるウェルズ社の

強引な移転に反発し、下請け事業や

土地開発に応じなかったのが原因とされる。


対してラニッジ鉱山やスイレンの者達は

ミードを慕いウェルズ社の恩恵に預かった。


そんな状況下でも今や発言力、影響力

ともに国王に匹敵する程の大物となった

ハクアの幼なじみの一人ミードは

幼少からの夢を叶えたと言えるだろう。


対してもう一人の幼なじみ、国王に

なったテンジャクはといえば真っ当に

真摯に政治に取り組み国民の信頼は

厚いものの経済の側面から見た彼の

実績はあまり目立ったものがない。


そもそも王になどなりたくなかった

彼自身はミードの強引な手法でやむを得ず

努めることになったわけだがその後も何かと

策略家のミードに動かされるうちに二人の

間にはすっかり亀裂が入ってしまった。


そんな二人の関係を映すように反ミード派は

国王テンジャクを支持し、ミード派は国王は

ミードに従うべきとテンジャクに反発した。


今やそこからフラウェルを境目に西側の

ラキニル地方が国王派、東側がミード率いる

ウェルズ派の土地とみなされ、二者間の

対立は年々顕著に、激しくなっていた。


お互いに睨み合い、お互いに近づかない。


だが、その隙を付こうとするものがいた。

派閥争いに敗れ、ラキニル西方の山奥へと

逃げ隠れたサルバト率いる翼人達である。


彼らの目的は今やジオリブ国土となった

一族の山城を取り戻すこと。ジオリブ国の

混乱を招き衰退させること。


そしてスパイによってフォルカの存在が

このとき既に実父カールの耳に入っており

彼女を取り戻すこともまた彼らの課題と

なっていた。ジオリブに攻め入る翼人達

を相手にハクア日々は仲間と戦い続けている。


ハクアを悩ませる最大の問題は、その敵に

直面しても王宮とウェルズ社が全くもって

力を合わせようとしないことであった。




酒を飲み干したハクアが大きな溜め息をつき

察したシュウが彼の肩にポン、と手を置く。


「レッドはんとリオネルはんくらいやでー。

 中立派の中でまともな上の人は。

 俺らに翼人退治を的確に丸投げしてくれる」


励ますどころか同じく溜め息をついたシュウが

煮大根にぷすりと箸を刺しながらぼやいた。


ハクアは現在、国の派閥に関わらずどこにでも

赴いて暴動鎮圧や翼人の退治をするという

自前の中立派騎士会に所属していた。


王国の既存の軍は顕在であり、ハクアも

高学院卒業後に入隊していた。だが彼らは

ミード派の土地には寄りつかないし

そもそも必要ではないらしい。


今や巨大企業となったウェルズ社のミードは

警備団と称して軍と同規模の兵を雇っている。

それらもまた、テンジャク派の地には近づかない。


ハクアの作った騎士会は中立派を提起した

官僚や政治家達によって創られたものであり

正確には国王の承認のもと管理されていた。


主だった管理メンバーにはリオネル女史や

レッド卿、そして意外なことにハクア達の

宿敵であった元経済大臣コノクロ卿の息子

アロー氏が参加している。


だが政府の資金だけでは活動に十分とは

言えず、結局の所資金はミードが出している。

不思議なようだがハクアが中立にある

ここの点に置いてのみ、二者は話すことは

なくとも暗黙の了解で協力していた。


戦闘要員は国軍から異動といった形の

ハクアをリーダーとし同じく軍からは

ジーン、父ビャッコの盟友であり中将

アジュール氏の息子スカイが。


「ハクアの気持ちは分からないでもないよ。

 二人とも頑固すぎるというか、うーん」


好青年であったスカイも今は三児の

父親であり、ハクアの近所に住んでいる。


現在ハクアは母の故郷である海街ロゼナを

拠点とし、家族とともに暮らしている。


ここならば、海側からの翼人の襲来に

備える事も出来るし、今やはるか南の

国の国王となったジュラが治める国

ティガールにも赴きやすい。


彼の地には銀の木に集まって様々な生物が

暮らしているらしく、どうやら彼らにとり

銀の木とは故郷のような場所らしかった。


ジュラに付いていったラウルスは現在

王族ペットとしての暮らしを手に入れ

もっぱら恋人探しに励んでいるらしい。


ハクアの元には角猫シルクスと角ワニ

グリップスの二匹が残り、ともに

ハクアの活動に協力している。


「しかしいつまで続くかなー、この戦い」


シュウが再びぼやいた。

それにジーンがすかさず突っ込み


「あんたは戦ってないでしょー。

 私はこないだ、翼人を三人泣かせたわ」


と得意げに言い放った。

シュウがとんがり口で反論する。


「俺は戦略や知略専門やからなー。

 研究は好きにさせてもらってるけど」


シュウは騎士会のメンバーでもあったが

日常の大半は高学院で講師として授業と

研究を主に行っていた。専門は地学で

地脈や鉱脈、水脈など脈や管と聞いたら

医学研究にもすっ飛んでいく有様であった。


「すっかりマニアになっているみたいね。

 ハクア、私は何も協力出来ないけど。

 

 これを投げたら気晴らしになるかしら」


ティモナがぶん、と大根を丸投げしてきた。


「こういう丸投げならいいね」


スカイがくすくすと笑った。


「よしきた!」


ハクアは脇差でそれを乱切りにしてみせる。


「あ、輪切りの方がよかったかな?」


「なんでもいいわ。

 そろそろ帰んなさいよ。

 可愛い奥さんが待ってるでしょ?」


ティモナは切り終えた大根をざっとザルに

受け止めるとハクアを帰路へと促した。


「エラちゃんか!

 俺も会いとうなってきたわ!

 俺も行こうかな」


「いいけど、今日はフォルカが来てるよ」


「げー、あいつか……。

 やめとくわ……」


「なんで苦手なのよ、いい子じゃない

 私達よりもずうっと年下なのに

 一線で頑張ってる」


ジーンがフォルカの肩を持つ。


幼い頃から凄まじい能力の片鱗を見せていた

フォルカも今や騎士会のメンバーとして

活躍していた。が、あまりの優秀さに

通常任務とはかけ離れた特別任務を

こなすことが多く、他のメンバーとの

関わりはあまり多くなかった。


その環境と彼女が持ち合わせた境遇と

相まってか人見知りがひどくなった

フォルカはハクアにべったりと付いて

日常を過ごすことも多く、それが

ハクアがフォルカに頭が上がらない

一因ともなっていた。




「それが問題なんや、優秀すぎる。

 あいつを前にすると俺が小さい男に

 見えてしょうがないんや」


嘆くシュウにジーンは苛つきを露に


「今度は私があんたを丸投げしたい」


と冷たく言い放ち、憐れに思ったハクアは

シュウの頭をよしよしと撫でてやった。


「そんなことないよ、シュウも優秀だ」


「ううー、リーダー!!」


「だけど何で君、ミードの誘いを断ったの?

 研究資金は倍だったのに」


「おまえがおるからやろうがー!

 この人ったらしが!」


「照れるやんか」


ハクアはきょとんとして店を後にした。

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