二十八.感じる意思
「私の片角の力を手に入れただけで
勝てると思うなよ」
グリップスはシルクスの手足に繋がる鎖に
飛びかかり、頑丈な牙と顎で噛み砕いた。
「またお主に借りを作ってしまったな」
自由になったシルクスはニヤリと笑い
そして背に跨がるハクアをちらと見た。
「大丈夫か。力が急激に強まってきている」
「……大丈夫。シュウ、ジーン、こっちに!」
ハクアはこめかみを押さえながら
窮地に追い込まれた二人に
シルクスに飛び移るよう叫んだ。
だがシルクスは首を横に振る。
「重量オーバーだ」
「じゃあ私はワニちゃんに!
可愛いわね、私、爬虫類って好きよ」
そう言ってジーンは翼人の振り回す武器を
掻い潜り、宙へとジャンプした。
それをすかさず拾い上げるグリップス。
その背に乗せられ、まるで愛馬を褒める
ようにジーンはグリップスの首を撫でた。
翼ワニは心地よさそうに喉を鳴らす。
「勇敢な女子だ、気に入った」
シルクスも無事にシュウを背に乗せ
ハクアは彼に手渡した刀を再び手に握る。
その光景を少しばかり羨ましげに
「誰か僕に乗る? 乗らないか」
と岩場に立つラウルスがポツリと呟いた。
「さぁ、一気に蹴散らすぞ!」
グリップスの威勢の
良い声が海に響き渡る。
―――それを合図にしたかのように、突如。
水平線に浮かぶ雲の裂け目が銀色に
光り輝いた。あまりの眩しさにその場に
いた誰もが目を覆い、何事かと目を凝らす。
そしてハクアに再び頭痛が襲いかかる。
脳内で響くシルクスとグリップスの会話。
―――あれは……。
―――ニレだ。ニレが仲間を呼んだ。
大勢やってくるぞ。
水平線の彼方から、飛び立ち、あるいは
泳いでやってくる銀の角を持つ生き物達。
ある者は鷲の翼を持つペンギン。
ある者はクジラの体に兎の耳。
ある者は美しい白馬に白鳥の翼が生えた姿。
その他にも多種多様な生物達が、ハクア達に
助太刀せんとこちらに押し寄せてやってくる。
グリップスが戦意を取り戻したことで
既に狼狽えている翼人達は顔を引きつらせ
ただその光景を眺めるしかなかった。
―――ようやく話せるんだね。
ハクアの頭の中で再び声が響く。
今度はシルクスでもグリップスでも
ラウルスでも他の誰でもない。
落ち着いた、大人の男の声色だった。
だがハクアには何故だか分かった。
角を持つ伝説の木、ニレの声だと。
―――遠い地からでも君がよく見える。
角を持つ生物達が押し寄せ
いよいよ逃げ惑う翼人達。
―――刀の生まれた地。
僕は今そこにいる。
頭の奥でニレが微笑んだ。
その刹那、ハクアは気を失った。
静かな水のほとりで誰かが歌っている。
懐かしいような、太古を感じさせる
不思議な旋律。やがて音は止み
不思議な声の誰かが語り出す。
「あれから、村を離れてから寂しかった。
君達に逢いたくて。君達みたいな人に
また逢いたくて。僕は地中深く旅を続けた」
ハクアはいつしかその声に身も心も預けていた。
「そして見つけたんだ。悠久の、僕の居場所」
―――――刀が創られた場所? どこにあるの?
「ふふ。……きっとすぐわかるよ」
声は止み、消えていく気配と
同時に、冴えていく意識。
ハクアは目覚めた。
ここはどこだろう。
真っ白な天井と、無機質な照明。
見慣れない光景と、襲ってくる頭痛に
顔をしかめながら身を起こすと
「大丈夫ですか、ハク坊」
とハクアの一族の弟子、ジュラが
手を差出し、そっと手助けをする。
「……ジュラ。ここは?」
「国の病院です。一昨日、海上で
意識を失って運ばれてきたんですよ。
翼人達は、シルクス達が追払いました。
あと、何故か家にワニが来ています」
「……そう」
ハクアはほっと胸を撫で下ろす。
そして疼くこめかみを抑えながら
ここは現実世界だと確かめるように
まじまじとジュラの顔を見る。
ギン、と何かが脳内でうごめく。
ハクアはあまりの頭痛にうずくまった。
意識の中でシルクスの声が聞こえる。
―――あと一人だけ、心を覗くことが
出来る者がいるがな。
続いて、ジュラと交わしたいつかの会話。
―――面白そうな奴が来たから心を覗いた、と。
ジグソーパズルのピースがぱちり、ぱちりと
嵌め込まれ、やがて揃っていくような心地。
ハクアは確信を持ち、ジュラに尋ねた。
「……ねえ、ジュラ?」
「はい?」
「銀に輝く角を持つ木の話、知ってる?」
「……。はい?」
「君の故郷にあるの?」
「……はい」
ハクアは笑いが込み上げた。
「最初から、何もかも知ってたの?」
「……。
件の、角を切り出せる刀は大昔に
我が国から盗賊によって奪われた物。
我が国は、火山に囲まれた国でして。
時折、噴火に紛れて珍しい鉱物が
飛び出してくることがあったそうで。
刀は、その中から選りすぐった鉱物を
使って出来たものだとか。
刀が奪われて絶望にあったとき
銀の木が国の泉に現れたそうです」
「銀色の桃を食べたこともあるの?」
それに対し、ジュラは首を振った。
「いいえ、実を実らせたのは一度たりとて
聞いたことがありません。ただ、我々は
昔から代々、木が根を降ろした泉の水を
飲んでいました。だから金属有機体、と
呼ばれるものは我々の体にも流れている筈」
「……」
「誓って言います。貴方達に近づいたのは
純粋に、魅かれたからです。その強さと
明るさに。それがニレの木の意思であるか
どうかはわかりませんが……。
私の故郷は、ここからはるか、はるか
南にあるティガールという国です。
私はある家の長男として生まれましたが
周りの期待と重圧に耐えかねて国を
飛び出しました。そのときに出会ったのが
ラウルスです。彼は、銀の木に会いに来た
と言っていました。他の生物達も人の目を
忍び会いに来ていたようです」
「ティガール? どこかで聞いた国の名前だ」
そのとき、病室の扉から声が響いた。
「それ、僕の故郷の名前だよ~」
二人がはっと振り向くと。
そこにはクックジオ高学院で『王子』と
もてはやされるスパイスの姿があった。
「スパイス!? どうしたんだ?」
驚くハクアに、スパイスは見舞いの
花束を華麗にふわりと投げた。
「君んちを尋ねたら、ここだって聞いて。
後、ムササビちゃんとも少し話をね」
そしてジュラをきっと見据え
「何年も前に国を飛び出した
ジュラって人を知らないかって。
その人ね、僕の兄さんなんだよ。
そろそろ国に戻って王位を継いでくれ、
ジュラ第一王子」
ハクアは開いた口が塞がらなかった。
まだ幼い赤毛のフォルカはときおり
怖い夢を見た。哀しそうに怒っている、
きれいな女の人。
くすくす。くすくす。
しくしく。しくしく。
―――どうしたの? 泣いているの?
私助けてあげられる?
―――ねえ、あの人達が憎いの。
私、本当はあの人が大好きだった。
なのに全然振り向いてくれないから。
あの二人の愛の力なんて見たくもない。
行きなさい、一族のかわいい娘。
赤毛のフォルカは肩から何かが生えてくる
ような違和感に気付き、そっと目を覚ました。
―――その数日後。
いよいよミードの策略が動き出したとき。
国王の姪シルヴァが反現政権派であり
彼女がミードの恋人であることを
ハクアが知ったとき。国の事態は
一気にひっくり返り始めた。
そのわずか数ヵ月後、ジオリブ国で
学生ながらにして最年少の就任となる
テンジャク国王が誕生することとなった。




