二十三.再会
夏の間、ジオリブ国の南西の海上でレッド卿
一味とサルバト卿一味は激しく戦闘を繰り
広げていた。その最中、驚く噂がジオリブ国を
かけめぐり、それはハクアの耳にも届いた。
「サルバト一味の人間って、翼が
生えていて空が飛べるらしいぞ」
ハクアはすぐさまピンときた。
――――幻の菌と角を使った遺伝子操作の末、
そうなったのか。
角と翼を持つ珍獣猫、シルクスの形態を見ても
サルバト公達が所持する角の持ち主が翼を
持っていたとして何ら不思議はない。
そしてハクアは、その話をひと足先に
ビャッコ達大人から聞いていたのだ。
聞く耳を疑うような話であったが、角を生やした
猫やムササビが人語を話すという状況に慣れて
いたハクアはそのような話にも驚かなかった。
だが、もう一つの新たな伝聞が、彼に声を
上げさせるほど驚かせた。
「ラキニル国の新しい技術で、空を飛ぶ
戦闘機が誕生したんだってさ。それを
先日の海上戦の偵察に使ったらしいよ」
ジーンが新聞を読みながらハクアに告げた。
ハクアはその話は初耳だ、と目を見開いた。
「空を飛ぶって、どんだけ!?」
「なんでそっちに驚くんや!」
翼を生やした滝の一族の話にも驚きっぱなしで
あったシュウが、ハクアの態度に特に驚いた。
ジーンがシュウそっちのけで話を進める。
「ほら、ハクアの幼馴染の、ミードだっけ。
あの人の父親がラキニルで新しい物質を
広めたんでしょ? 我が国の誇るラニッジ
鉱山産『銀の花』の人工物質をさ」
「『銀の花』は、鉄道や車……、あと時計か
それに活かされてるけど、なんせ希少さと
採掘コストが高いからな~。人工となると
それが半分以下になるってわけや」
「それで色んな部品に取り込んで、新たな
機械や乗り物を生産しているってわけね」
「ラキニル産の車がこの国にも輸入される
かもしれへんって話やで! それも
庶民に手が届くような値段でな!」
「でも政府が輸入制限をかけるって話だよ」
ハクアの一言で、あーあ、と皆だらりと
椅子の背もたれにもたれかかった。
今は授業の合間の昼食時。
すでに常連となって出入りするクックジオ
高学院のレストランに三人はやって来ていた。
そこへ料理番を終えたティモナが話に加わる。
「どうしたの? そんなにだれて。
ところで、これどう?」
ティモナは手に持っていたランチバスケットを
テーブルに置くと、ひらりとクロスを外した。
そこにはこんがりと揚がった、平たいパンの
様なものが並べられている。香ばしい匂いに
ハクアは途端に歓声を上げる。
「お~! 美味しそう!」
「試作品だけどね。今度の揚げ物
コンテストに出すんだ。審査してよ」
「何て料理?」
「ピロシキよ。こっちの中身がオリジナル、
こっちが春雨、こっちがエッグサラダ」
ジーンも目を輝かせる。
「おいしそ~! コンテストはいつなの?」
「今度フラウェルで行われるお祭りであるのよ」
とティモナがチラシをジーンに渡した。
「へ~! 頑張ってね!」
とそこへ、ティモナの後ろから、すっと
姿を現した人物が話に加わった。
「僕はカレーパンを出すよ。王子だから」
その整ったルックスから、女子学生達に
『王子』と持て囃されているクックジオの
男子学生、スパイスである。
「ティモナの友人達。
お喋りするのは初めてだよね。
僕はスパイス。王子様だよ」
ハクア達はにこやかにしながらも困惑し
ふ~ん、そうなの? という非常に薄い
リアクションしか取れずにいた。
ジオリブにはスパイスという名の王子は
いない。女の子から王子というあだ名を
付けられての意味なのだろう。冷静に
ハクアがそう解釈する隣で、ジーンが
あからさまな程に顔を赤らめていた。
「はい、ハクア君。
これ、君の猫にあげてよ」
ハクアやジーンの様子を知ってか知らずか
何事もなさげにスパイスが差し出したのは
白猫シルクスの好物、みゃおみゃおちゅるりん
であった。しかもそれは普段どこの店でも
見かけることのない珍しい風味。
『脂ののった鯖を炙ってみた味』である。
ハクアは飛びきりの笑顔で感激した。
「ありがとう! すごく喜ぶと思うよ!
ところで君、シルクスのこと知ってるの?」
「噂は色々聞いているけど、会ったことは
ないよ。ただ、感じたんだ。
なにか……、こう、強い結びつきを」
そう言い、運命めいたものに感じ入っている
スパイスは眉をしかめ、大仰に天を仰いだ。
ハクアはさっさとチュールを仕舞い込むと
「嫁にはやらないよ」
と冷たく言い放ったのである。
スパイスはキッチンに戻り、相変わらず
黄色い声援とカレーの注文を受けている。
ティモナはその様子を横目に見ながら
「スパイスって本当に王子らしいよ。
どこか遠くの……、ティガールって
いう国だって言ってた」
とハクア達に囁いた。
「? 聞いたことないな」
とハクア。
「海を隔てた、ずーっと南の島だってさ。
何人もお兄さんがいて、末っ子らしいん
だけど。そのうち一人がこの国にいる
縁で、彼もここにやってきたんだってさ」
「へー、兄弟ねえ」
ハクアは一人っ子であるが、兄弟の様に
育った人物は二人いる。だがめっきり最近
二人と合わなくなったな、とハクアは
少し寂しく感じていた。三人で会ったのは
いつが最後だろうか。
考え込んでいると、ジーンが
無邪気な声を上げた。
「ねえ、フラウェルのお祭り、皆で行かない?
街全体がお祭り騒ぎで、アルテ高学院でも
ステージショーが盛りだくさんだって。
かなり楽しいらしいよ」
――――祖母の菓子店がラウルスそっくりの
焼き菓子を出す祭りか。
ハクアはチラシを手に取って眺めた。
「楽しそうだけど、俺は違う人と行くよ。
幼なじみがフラウェルにいるんだ。
ジーンはシュウやティモナと行ってきて」
「あら、そう。……じゃあ、ティモナ!
お願い! スパイス王子も誘って!」
ジーンはティモナに必死で頼み込む。
ティモナは苦笑しつつもいいよ、と了承した。
――――そして数日後。
街の至るところに季節の花が飾られ
街の人々は思い思いの楽器を奏で
街全体が華々強い雰囲気に包まれている。
この街はいつ来ても暖かい。
訪れた誰しもがそう述べる街。
ハクアはフラウェルにミードを連れて
やってきていた。街で開かれる祭りを
楽しむのは二の次に、まずは幼馴染みの
テンジャクに会うために。
と言っても、ミードにも会うのも
彼を王にするという話を持ちかけられて
以来の再会で、詳しい計画は未だ彼から
聞かされていない。かといって、人目に
つくこの場で、あの計画はどこまで
進んでいるのか、など話すことも出来ない。
彼もそれを分かっているのか、あえて
話そうとはせず、淡々と世間話をする
二人であった。だがその間もどういう訳か
ミードはずっとニヤニヤしっぱなしで
ハクアはそれが気になって仕方なかった。
「ずっと笑ってるけど、何かあったの?」
顔ひきつったー? と冗談混じりに怪訝な
顔をし窺うハクアであったが、ミードは勿体
ぶった様子で中々話し出そうとしなかった。
そして、ようやく口に出した言葉が
「今日、テンジャクに総てを打ち明けるぞ」
というますます謎めいた言葉であった。
「え? まだ何も話してないの?」
「だって、あいつは俺の考えを分かって
いたと思うから。今日は細かいところの
打ち合わせが必要だからな。
なぁなぁで進める訳には行かないし」
テンジャクが王になるためにはな、と
ミードはこっそり、秘密を楽しむように
ハクアに耳打ちした。
本当に大丈夫なのだろうか、と
ハクアが心配をしていると
「ハクア? ミードさん?」
と、彼らを横から呼び止める高い声が
聞こえた。振り向くと、そこには思いも
よらぬ人物が立っていたのでハクアは
驚きにもう少しで咳き込みそうになった。
「エラ? エラなの!?
うわー! 久しぶりだね!」
そこにいたのは亜麻色の髪をした少女、
ハクアの初恋の相手エラであった。




