十五.受け継がれゆくもの
「じゃあずっと昔に、父さんと母さんの
祖先は知り合いだったってこと?
父さんが名前で母さんを選んだとはいえ、
すごい偶然だね!」
ハクアは無邪気に言ったものの、ビャッコは
名前だけじゃない、名前だけじゃないからな
と慌て重ねて訂正しにかかった。
「そうだったのね……」
カズラはただ驚いていた。だが悪い気は
していないらしい、彼女から発せられる
声は先程よりも随分穏やかなものであった。
「素敵なお話ですね」
「呪われていますね」
ヴィヴィアンとリオネルも頷く。
「そやけど何で祖先やとわかるんですか?
名前がお花なだけですやん」
確かに、とハクアも相槌を打とうとしたが
明らかにこの場にいる筈のない人物の声に
思わず振り返る。
「シュウ! 何でここにいるんだよ!?」
ヴィヴィアンの研究室内にはいつのまにやら
ハクアの同級生、シュウの姿があった。
当の本人は何でもないような素ぶりで
両腕を頭の後ろに組み、澄まし顔で立っていた。
「それはこっちのセリフやわ。
寮にぜんぜん帰ってこーへんと思ったら
学院内に入って行くのが見えたもんやから
声かけようと思たんや。
やけどお袋さんも一緒やし何事か思て。
そんでこっそり後を尾けたんや」
ハクアはいやいやいや、と手振りを混じえ
ただただ呆れた。
「尾ける方が何事か、だ。
お前が心配になるよ。
だけどどこから入ったんだ?
俺、ドアに鍵かけたぞ?」
まくし立てるハクアの口調を何とも思わず
やはり素知らぬ顔のままシュウは静かに
天井を指差す。そこでは蓋の外れた通気口が
ひゅるりと風音を立てていた。
「得意の通気口か……!
そんなことまでして俺を尾けたのか」
更に呆れて頭を抱えるハクアに対し
シュウは納得がいかない表情をする。
「だってドアに鍵かかっててんもん。
心配やったんや、文句あるか」
と口を尖らせたものの、それは一瞬のみで
「それに通気口の配置は全部頭に
インプット済みやしなー。
それからなんや小難しい話も追加で
アップデートしてもたわー、へへ」
とシュウは得意げに語るのであった。
「シュウ君、このことは他言無用ですよ」
そんなシュウをヴィヴィアンが
やんわりと、だがきっぱりと制す。
「もし誰かにべらべら話したら……」
そんな女史の表情に影がかかり始めた。
「話したら……?」
飄々としていたシュウも流石に深刻に捉え
たのか、慎重気味に恐る恐ると尋ねる。
だが女史は口元に薄い笑いを浮かべていた。
「ふふふ……、どうなるのかしらね」
「楽しみですね、姉さま」
「うふふ、そうねリオネル」
その様子を見たハクアは、ああ、この二人は
正反対な様に思えて根はやはり姉妹なのだと
痛感した。そして諦めろとばかりにシュウの
肩をぽん、と叩いたのであった。
そして、単なる言い伝えの伝承だと思って
聞いてくれ、とビャッコは一族に代々伝わる
彼らの始祖の話を場にいる者達に語り始めた。
ジオリブ国から陸続きに西に、その後南に。
ロゼナの街から海続きに南に、その後西に。
はるか遠く、はるか昔。
その地の山奥にとある村があった。
村の名前はフォルズ村。
村の外れにある大きな滝が目印であった。
村長の名はビッグス・フォルズ。
彼には二人の息子がいた。
長男の名はトージャ。二男の名はアキニス。
二人は仲良く育ち、ともに逞しい青年となった。
彼らの傍にはいつも一人の女性がいた。
彼らと幼馴染であり、家族のように育った人物。
彼女の名はローズ。
名の花の様に可憐で美しく――――、という
感じとは、彼女はどうやら違ったらしい。
どちらかといえば男勝り。
どちらかといえば短気。
そしてどちらかといえば豪胆で活発。
笑うときも手に口を当てることは決してせず
おもいっきり口を開けて豪快に笑う。
ローズはそんな女性であった。
「私、そんな笑い方しないわよ?」
淡々と語られるビャッコの話にふと横槍が。
先程、その女性の様に短気だ、という話を
受けてのカズラの発言であった。
ビャッコは目を泳がせハクアに助けを求めた。
だがハクアの関心は違うことにある。
「ローズっていう名前、母さんの故郷
ロゼナの街の名前とどこか似ているね」
「ええ。それにローズって、名前聞き覚えが
あるわ……。確か菓子店の初代店主の妻よ」
カズラの言葉を受け、ハクアは合点を打った。
「ラウルスの形の焼き菓子を作ったのは
きっとその人だ!
トージャとラウルス達は面識があった。
それならそのローズさん――――
俺のかなり昔の祖母ってことだね。
その人がラウルスを知っていても
おかしくないだろうから」
ビャッコもうむ、と頷き。
「随分と穏やかな村であったらしい。
そんな彼らに現在と繋がる転換期が
訪れたのは、その三人が青年となって
しばらくした頃の話だそうだ」
再び話の先を語り始めた。




