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風雲の場所  作者: yunika
第二章
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十二.近付く気配

南からの風に海霧漂うロゼナの早朝。

未だ夢の中で微睡むハクアの耳に歌が

聞こえてきた。


――――小さな女の子の歌声だ。


歌詞は聞き取れないが優しい光の中

ときに何か語りかけるような

ときに何か呼びかけるような

不思議で柔らかな心地をハクアに

与える歌だった。


その夢心地な歌にハクアが心を

預けかけた、その刹那。


歌声は止み、暗闇に包まれた。


それと同時に禍々しい空気が

一気に押し寄せたかと思うと

見知らぬ二つの瞳がハクアを捉えた。


それは真っ黒で縦長に伸びた、

まるで獣の様な双眸。


それははっきりとハクアに語りかけた。


――――こっちへ来て。


「!!」


ハクアはがばりと布団を蹴り、飛び起きた。

心臓は早鐘を打ち、まだ春の終わりにも

関わらず額は冷や汗でぐっしょりと

濡れていた。


ハクアは呼吸を整えながら窓へと目線を

やった。柔らかな日差しが差し込み、

遠くからは船の汽笛が聞こえる。

海沿いの街ならではの目覚ましだろう。


ハクアは未だ頑なに家に帰ろうとしない

母カズラの実家に宿泊した。

隣で寝ていたカズラはとうに起きたのか

客用の布団は丁寧に仕舞われている。


悪夢の名残で未だ気分が落ち着かないのか

ハクアも半ば慌てるように身なりを整えて

部屋を後にした。




「禍々しい。実に禍々しい」


外の空気を吸おうと店の軒先に踏み出した

ハクアの眼前に、どこからともなく飛んできた

シルクスがばさりと翼を畳み着地する。

そしてどんな朝一番の挨拶だと言いたくなる

風に、そう声をかけてきた。


慣れているはずの大猫のしかめ面に

ハクアはぎょっとした。

シルクスの瞳孔が先ほど夢で見た

獣の目を彷彿とさせたのだ。

ハクアは咄嗟に目を逸らすも、

平然を装ってシルクスに問いかけた。


「どうしたの?

 朝から難しいこと言って」


だがシルクスは問いには答えず

ハクアをじっと見据えた。


「そっちこそ、顔色が悪い。

 悪い夢でも見たか」


――――もしかして、また心を読んだのか。


「お見通しだね。

 だけど、いちいち心を読むのやめてよ」


悪夢が与えた目覚めの悪さからか

ハクアにしては珍しく、苛立ち気であった。

だがシルクスは気にしていないらしい。

むしろ呆れたらしく、溜息交じりに


「別に心は読んでいない。

 あれもけっこう疲れるのでな」


とぼやいた。


「そうなのか。それにしても、どうせ心を

 読むなら母さんじゃなくて父さんの心を

 読んでほしかったよ。

 まったく、父さんも何を考えているのか」


「……」


シルクスはハクアの言葉を受け、

突如何かを考え込むように無言になった。


「シルクス?

 あ、あの……」


自分が苛立っているのをようやく自覚した

ハクアは随分シルクスに八つ当たりしていた

ことに気付き、弁明しようとしたのだが。


「ビャッコ殿の心は読めぬのだ」


「?」


「私やラウルスが心を覗くことを出来るのは

 ニレの者ではカズラ殿とハクア、お主のみ。

 あと一人だけ、心を覗くことが出来る者が

 いるが。どちらにしろ私には理屈が判らん」


そう言い終えるとシルクスは目を細めるなり


「それにしてもこの禍々しい空気はなんだ?

 海の向こうからも、この街からも漂ってくる」


と警戒心を露にぐるりと辺りの気配を探り出した。




その頃、ロゼナから海を越え山を越え森を越えた

遥か南方の地にある滝の一族の山城では男の

呻き声が響き渡っていた。

部屋の隅に置かれたベッドではその声の発し主で

あろう赤毛の若い男が横たわり、その周囲では

従者が取り囲み、包帯を巻いたり薬を塗ったりと

慌ただしくしていた。


「こんなことは……、想定していませんでした」


その赤毛男の傍で怯えるように釈明する別の男。

さらにその隣では豪奢な身なりをし身分の高さを

漂わせる初老の男が目を見開き、その一部始終を

脳裏に焼き付けようとしていた。


ベッドの若い男はひどく困惑しながら訴えた。


「鎮痛薬など塗ったところでどうにもならない!

 こんな話は聞いていません! 父上!」


若い赤毛男の目線は、傍らで見守る身なりの

良い初老の男を指していた。その男も若い男と

うり二つの赤毛であり、その毛並みや顔立ちが

彼ら二人が親子であろうことを示していた。


だがその父親な方の人物であり、この山城の

主でもあるサルバト公爵は息子カールの

訴えに動じることもなく隣で怯える男に

静かに語りかけた。


「アンスルよ。

 これはどういうことだ」


科学者アンスルはおどおどし、手に汗を握り

まるで言い訳をするかの様に説明し始めた。


「エキスの副作用かと思います。ですが……、

 まさかカール様にこのような形で出るとは」


アンスルの焦りに焦った説明を受けてもなお

サルバトは冷静にカールを観察していた。

何の私情も挟まず、ただ淡々とした目で。


――――声や形姿は確かに息子カールだ。

  あの軟弱であった我が息子だ。

  だが、今までの息子とは大いに違う。

  そう、違うからこそ。


「いい出来じゃないか」


その表情は言葉とは裏腹に随分皮肉目いた

笑みを刻み、その目は燃えたぎる野心を

写し出していた。


「サルバト様……」


サルバトが自分を叱責するのではと

恐れていたアンスルであったが、

どうやらそれはないらしい。


公爵は思いがけず高笑いを始めたのだ。


「はははっ! 面白いではないか!

 ぜひとも私もそのエキスを打ちたい

 ものだな! 見ろ、そこの石柱を。

 先程カールが粉々にしたぞ!」


アンスルはただの石ころと化した城の一部を

ちらと見やると、恐れ多そうに公爵に告げた。


「公爵様。カール様に打ったエキスはもう

 ございません。エキス作成に必要なのは

 古代細菌と金属有機体の遺伝子。

 古代細菌は増やし、保存しております。

 ですが金属有機体は採取元となった銀の角が

 今となっては枯れ果て、使い物になりません」


サルバトはその報告を受けてもなお、

目をぎらつかせ楽しげに思案していた。


「ではやはり新しい角が必要か?

 だが獣から切り出せる刀がないぞ……」


「刀? 伝説と仰った刀ですか。

 それは今どこに?」


「大昔に銀の角獣に奪われたのだ。

 その角獣の居場所さえ分かれば

 何とか出来ようものの」


好奇心と野心に満ちていたサルバト卿の

顔がふと悔しげに歪んだ。

そのとき、影から別の男の声が響いた。

 

「お役に立てそうな情報が入っております。

 なんでもジオリブ国にいるニレ一家が

 鍵を握っているのだとか」


一転、サルバト卿の目に鋭い光が差し込んだ。


「詳しく話せ」

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