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風雲の場所  作者: yunika
第一章
37/79

三十七.怪しげな訪問者

それから数日して、またしても

ニレの屋敷を訪れる人物がいた。

その人物が面会を申し出た相手は

当主であるビャッコだ。


その人物は頭からすっぽりと布を巻きつけて

おり、また長いスラックスを履いていた為、

男なのか女なのか見た目では判別がつかない。


そのときビャッコはちょうど近所の

寄合に出掛けたばかり。


門の所で応対したニレ一門の若い女性は、


「怪しい人物がビャッコ様に

 お会いしたいと申しております」


と見た印象聞いた言葉そのままを

当主の妻であるカズラに告げた。


時刻は夕飯時であり、

陽はすでに落ちている。


台所で炊事をしていたカズラと、傍らで

味見もといつまみ食いをしていたハクア。


二人は女の言葉に顔を見合わせ、

恐る恐る箒を片手に、竹刀を片手に門まで

出向いていくのであった。


女が言った通り、見るからに怪しげな

その人物は二人の姿を目にするなり、

ぺこりと深く頭を下げた。


そしてカズラの許可を得る前に門から

ずずいと彼女に詰め寄ると、口を

覆っていた布を少しだけめくり、


「お話はお屋敷の中にて」


とひそひそ声で告げるのだった。


玄関の戸を閉め、居間に通し、

ようやくその人物ははらりと布を取った。


その下に現れたのは長い黒髪を

垂らした女の顔であった。


因みに、ハクアが知りうる女性の中で

一番恐い性格だと感じているのは

母親のカズラである。


だがその女はそれを遥かに凌ぐ位、もの凄く

当たりのキツそうな目つきをしていた。


だがハクアはこの人、どこかで会った

ことがあるような、とふと考える。


そのうちに、


「貴女は……?」


とカズラが女に名乗りを促した。


「私は王宮所属の総務次官、

 リオネルと申します。

 ご主人のビャッコ様とは仕事上の

 お付き合いがございまして、本日は

 少々込み入ったお話がございます」


女の名乗りにカズラはまぁ、と口に手を当て


「お役人様がわざわざこのような所へ。

 ただいま主人は近所のお宅にお邪魔して

 いるので、すぐ呼んで参りますね」


と言いつつ、ハクアにお茶を出すように

指示するとカズラはそそくさと

玄関から駆け出して行った。




家でハクアの世話をしてくれる爺は、

夕餉前には帰宅してしまう。

ハクアは一人慣れない手つきで

客用のティーカップに淹れた紅茶を

リオネルに差し出した。


「あの、ちょっと濃いかもしれませんが」


「ありがとう。

 君がご子息のハクア君ですね。

 お噂はかねがね」


リオネルはティーカップに

口を付けると顔をしかめ、


「むしろ薄くてアレな味です」


と漏らした。

ハクアは感じた印象通り、

リオネルはずいぶん言葉に衣をかぶせぬ

人だなと思いながらも、


「最近は悪い噂ばかりです」


と謙遜する。だがリオネルは


「もともと貴方には悪い噂しか

 聞いたことがありません」


と率直にのたまうのだった。


それでもハクアは負けじと怯まずに、


「あの、貴女と僕、どこかで会ったことが

 ありますか? 何だか見覚えがあって」


と尋ねてみた。


リオネルは今までハクアがまるで出会った

ことのない毒気のある人物だったが、彼女の

風貌に何となく見覚えがあるような気が

ハクアはしていたのだ。


リオネルは答える。


「無いと思いますが。

 ただ、姉が貴方に会ったことがあるかと」


「姉?」


「ええ。

 高学院の教授ヴィヴィアン・ポイゾナ―。

 私はその妹です」


「!? ヴィヴィアン教授の妹さん!?」


「……そう言いましたが」


ハクアが聞き返したのがリオネルは

気に食わなかったらしい。


じとりと面倒そうにハクアを見やると、

女高官は再び紅茶に口を付けた。


「あの、ヴィヴィアン教授は今どこに!?」


ハクアは身を乗り出して尋ねる。


「知っていたとしても貴方には言いません。

 姉を面倒に巻き込んだ張本人ですから」


その言い草に、さすがにハクアは

カチンとした。


「そもそも貴方達お役人がコノクロ卿を

 のさばらせておくから、面倒なことに

 なったのでは無いでしょうか」


「……そうかもしれませんね。面倒に顔を

 突っ込んだ姉がいけませんでした」


そういう事じゃないだろう、と思いながらも

この女には口喧嘩しようとするだけ無駄な

気がして、ハクアは黙ってしまうのだった。


やがてビャッコとカズラが帰宅した。


リオネルは立ち上がり、ビャッコに一礼する。


「姉のことでお話が」


「姉!? 誰だそれは」


リオネルはまたしても面倒そうに

眉間に皺を寄せる。


「今、息子さんに話しましたが」


「私は聞いていない」


困惑するビャッコにさらに舌打ちしつつ、


「ヴィヴィアン・ポイゾナ―のことです。

 何度も言わせないでください」


と理不尽な要求を突き付けるのであった。


リオネルとビャッコは、

カズラとハクアに席を外させ、

何やら重要な話を始めたようだった。


内容が少しでも洩れてはいけないと、

ハクア達母子は隣のロウガ宅で

夕餉をとることになった。


「何の話をしてるんだろうね」


ハクアの叔父、ロウガがジュラと

酒を酌み交わしながらカズラに問うた。


ロウガはビャッコの五歳下の弟であり、

当主の妻カズラはロウガの義姉にあたる。


だが、ロウガはカズラに対して

日頃から敬語は使わなかった。


それもカズラがロウガより十歳近く

年下であり、カズラ曰く『若奥様ですから』

とのことで目上扱いされることを

嫌っていたからである。




そしてビャッコ宅の居間にて。


ひとしきり会談を終えたのか、二人は落ち

着き払った様子で茶をすすっていた。


「その後、ミモザ……、いや、

 ミミと娘のフォルカの様子はどうだ」


ビャッコは、滝の一族から身を隠す母子の

ことを案じ、リオネルに尋ねる。


「容体も安定してきたようですので

 スイレンから遠ざけました。

 首都は人の目につきやすい。

 現在はロゼナ郊外にある寄宿塾にて、

 住み込みで働いています」


「ほう。仕事を世話してやったか。

 お主も段々と人の血が通ってきたな」


ビャッコは二十は年下であろう女高官が、

お前もようやく成長したかと言うように

うむうむと感慨深げに唸って見せた。


「当初はあの母子を手札に、滝の一族と

 交渉する気であったのであろう」


「ええまあ。

 しかし公爵はミモザ殿にあまり関心がない

 様子でしたので、それはやめました。

 ですが、それならばなぜ私達に、それも

 秘密裏に捜索願いを出したのか? 

 予想できる答えが一つあります」


「ミミが、公爵にとってまずい

 情報を抱えている、か」


「そうでしょうね、さらにもうひとつ、

 一族の地に研究で出入りしていた

 姉からの情報ですが」


と前置きした上で、


「おそらく滝の一族は近々、

 分裂抗争を起こすでしょう。

 おそらく我々に支援要請を求めてくる

 でしょうから、どちらにつくかで

 今後の国営は変わっていきます」


「どちら、というのは?」


「サルバト公爵対、公爵の義兄レッド伯爵。

 カール子爵の伯父上ですね」


「そりゃまたややこしいな……」


ビャッコは腕組みし、溜め息をつく。


「その話は後日また改めて。

 では、先ほどお願いしたことを、

 どうか御内密にお願いいたします」


リオネルは深くビャッコに一礼すると、

再び顔に布を巻きつけてニレの家を

去って行くのだった。

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