三十六.決意の瞳
一瞬時が止まり。
呆気にとられる記者たち。
主語が抜けた、唐突過ぎる『無害レベルだ』
という言葉が為す意味をようやく、
ゆっくりと彼らは拾い上げる。
やがてどよめきが一つ、また一つと起こり、
それは押し寄せる波のように、
「ラニッジ鉱山は無害だったと
いうことですか!?」
「あの少年の言ったことは、
出まかせに過ぎなかったので?」
「責任者のヴィヴィアン女史は
今どこにいらっしゃるのですか!?」
記者達から次々に繰り出される言葉の数々。
それらにアンスルはただ目を
白黒させていた。
「まずい、ここを離れよう」
テンジャクはハクアとミードの手を引いた。
だがそのとき、
「あそこに例の少年がいるぞ!」
と、声が矢のように飛んできた。
コノクロ卿の車からである。
車内に身を潜めていたコノクロ卿は
ハクア達に気づくと外に堂々と姿を現し、
今や自信満々で少年達を指さしていた。
「どうしよう!?」
ハクア達がうろたえているうちに、
あっという間にコノクロ卿の警備員らしき
屈強な男達が彼らの行く手を阻んだ。
また記者達の半数がこの騒ぎに気づき、
何が起こるかその目に止めようと
ハクア達の周囲に集まってくる。
そこへゆっくりとコノクロ卿がやって来て、
ハクア達を勝ち誇った顔でにやりと見回し、
やがてその中の一人の少年に焦点を定める。
「ミード・ウェルズ君。
君は大勢の人々の前で、私の鉱山には
毒があると騒ぎ立ててくれましたね。
おかげで鉱山関連の株価は急落、
私は大きな損害を被りました」
コノクロ卿はわざとらしい程に落ち着いた
もの言いだった。しかし、それはミードを
小馬鹿にしているのだとハクアは感じた。
「君を名誉棄損で訴えたいところです。
だが君はまだ少年。
そう、スカイジオ高学院に不適切なね。
よって訴えるのはよしとして、夏休み
明けから君の名前は学籍簿から除名する
よう、理事会に進言いたします」
そう言ってコノクロはくるりと踵を返し、
報道陣の波をぱっと両手で薙ぎ払うと
付きの者に道を開けさせ、何事もなかった
かのように立ち去ろうとした。
記者達はハクア達に質問を投げかけている
が、もはや三人の誰の耳にも届いていない。
ハクアはミードを横目でちらりと見た。
いつもの勇ましい表情からは
血の気が失せ、どこか区別も付かない
ただ一点を見つめている。
ハクアはどうにかこの場を切り抜けねばと
ミードの手を引っ張り、立ち去ろうとする。
そのときであった。
打ち上げ花火のように空に
突如として一つの声があがった。
それは雑音を超え、高らかと響く。
「待ってください、コノクロ経済大臣!」
周囲は静まり、ただ風が靡いた。
風は何か言いたげに、
金色の髪をそっと撫でる。
コノクロ卿の背に向かって、
矢を射るごとく声を放ったその髪の主は。
王家の血筋をその身に称える少年、
テンジャク・レオラルクであった。
振り返ったコノクロ卿を凛と見つめ、
彼はきっぱりと宣言した。
「ミードを焚き付けたのは、この僕です。
退学処分ならば僕に下してください。
貴方がこの案をお気に召さなくとも、
多くの人が見守るこの場で意固地
になるのは、愚策である。
それは高名な貴方ならばご存知の筈。
高学院を除名になる前に、貴殿に
先輩としての風格をぜひ拝見させて
いただきたいのです」
テンジャクは言い切ると、憎き相手であろう
コノクロ卿に向かって深々と頭を下げた。
コノクロ卿は黙ってテンジャクを睨み付け、
やがて何か言おうと口を開きかける。
だが、その瞬間を収めようと報道陣から
カメラのフラッシュが多数焚かれたとき、
コノクロ卿の気が変わったのか。
「ふん」
と彼はただ悪態をつき、その場を
去って行くのであった。
いつもは静かさを思わせる、
青く澄んだテンジャクの瞳。
気のせいだろうか、それを横目でちらりと
見たハクアの目には今、彼のその瞳の
ずっと奥に、怒りの炎がちらりと揺らめいて
見えたのであった。
――それからしばし経って、
ハクア・ニレは十二歳になった。
秋は体の動かしやすい時期であること、
また自分の生まれた日もあることで
彼はこの季節を大層気に入っていた。
しかし今秋は、彼は特段気分が
高鳴ることもなかった。
高学院は夏休み後、ミードとテンジャクは
再び中心街に戻って行った。
だがそれは決して穏やかな様子ではない。
コノクロ卿は理事会で、やはりという所か、
テンジャクの退学を決議に挙げたのだ。
他の理事達の中には反対する者もいたが、
コノクロ卿の勢力がやや優勢。
だがテンジャクを庇い、事態を憂慮する
声が最後まで上がったことから彼の退学は
今すぐというわけではなく、今年度を
もって、ということに収まった。
「まあ、その方が助かるよね。
冬休みの間にどこに転学するか
見て回れる訳だし」
ある休みの日、ハクアは中心街まで
二人の様子を見に、顔を出していた。
ハクアだけだったら絶対入らないような
落ち着いた雰囲気のカフェで、彼らは
まったりとソファ席に座っていた。
ハクアは炭酸の効いた飲み物を片手に
しながら、他の二人が持つカップの中を
ちらりと見てギョッとした。
この間まで苦くて飲めなかったろ、と
彼が突っ込みたくなるような飲み物、つまり
コーヒーやカフェオレをすすりながら、
兄貴分達は先日の出来事を語り合っている。
大人ぶっちゃって、まぁ。
とハクアはそんな二人を横目に、
彼らの話に耳を傾ける。
「本当にすまない、俺が軽率なことを
言ったばっかりに」
「ううん、元はと言えば僕が君達を
焚き付けたんだ。何も悪くない」
済まなさそうに頭を下げるミードと、
そんな彼を庇うテンジャク。
「コノクロ卿が全部悪いんだ」
ハクアはズルズルとストローで
ジュースを吸いつつ、きっぱりと言った。
「まあ、そうだけど……」
困った顔をするテンジャクに、ハクアは
苛立ちをぶつけるように言葉を続ける。
「本当に鉱山の毒は無害レベルなのかな。
検査中、コノクロ達からの圧力が
凄かったって少し聞いたけど」
年上二人はお互いへの罪悪感もあるのか
話を深く蒸し返そうとはしなかったが、
ハクアはお構いなしだ。
「それでヴィヴィアン教授は
どうしているの?」
もしかしてコノクロ卿の圧力に屈したのか、
とハクアは疑念を抱いていたのだ。
何故ならば彼女は結局騒動の最中も今も、
表舞台に一度も姿を見せていないからだ。
「……ヴィヴィアン教授は姿を消したよ」
「机の上に辞表が置いてあったそうだ」
テンジャクとミードが口々に言う。
「そんな……」
真相は闇の中になってしまうのだろうか。
ハクアは眼前が真っ暗になる心地がした。
「どうしようもないさ」
そう言ってテンジャクは溜め息を
つき、慣れた仕草でカフェオレを
くいと飲むのだった。
それから数日後のある日、ハクアのもとに
アジュール中将がスカイを連れやって来た。
なんとハクアの進言した治水案が、議会で
了承され、予算が組まれたのだという。
「時間はかかったがな。
ちなみに君の名前は出さなかったよ」
中将曰く、ハクアの名前を出したら
悪印象が付く気がしたのだとか。
「だけど、うすうす勘付いている人もいる。
だって上空から見渡せる力を持った少年
なんてそうそういないからね!」
スカイはハクアに笑いかけた。
アジュールは話を続ける。
「おそらく着工期間は二年から三年。
人手も沢山かかるだろう。
国王が事業に無関心だったのが幸か不幸か
高官が承認を求めたとき、もはや
どうでもいいという様子だったらしい」
「コノクロ卿はこのことを
知っているんですか?」
ハクアは心配そうに尋ねた。
ハクアの案だと勘づいた奴に邪魔をされや
しないだろうか、とふと不安に思ったのだ。
「おそらく耳にはしているだろうが、
奴は今それどころではない」
「どうしてですか?
ミードやテンジャクを嫌な目に
合わせた挙句、鉱山は復活したし
今頃高笑いしているんじゃ」
ハクアは胸の内にふつふつと込み上げる
怒りを感じつつも、それを言葉に出さない
ようにするのに必死であった。
アジュールはそんなハクアの心境に
心を傾けたのか、憂いを帯びて微笑む。
「いいや。
あの鑑定結果には何らかの圧力が
あったのではと疑問を抱く声。
そして君の友達に対する仕打ちは
いくらなんでも横暴すぎると、
逆に国民の批判を招いて怯えてのさ」
「ちなみに鉱山じゃ、またも従業員達の
ストライキが起こされているよ」
鉱山に駐在しているスカイがハクアに教えた。
「だって、毒が本当に無害なのか
従業員の皆も怪しんでいるしね」
「鑑定を担当していたヴィヴィアン女史が
失踪したっていうのは……?」
「それも疑惑に拍車をかけている一因だ。
彼女は軍が捜索中だが手がかりは少ない。
無事であるといいが」
アジュールはやや疲れた表情を見せながらも
ハクアを勇気づけるように言葉を続けた。
「なにせ、コノクロは今頃どこかの
別荘にでも雲隠れしているさ。
お陰で今は誰もが国王に進言しやすい。
王の相談役もとい操作役がいないからな。
治水案があっさりと可決した訳にも、
そういった理由があったのさ」
そうなんですか、と流しつつ、
心の中ではコノクロがこのままずっと
雲隠れしていてくれたらいいのに、と
ハクアは思ったのであった。




