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風雲の場所  作者: yunika
第一章
35/79

三十五.結論

食事会が始まりハクアはビャッコに促され、

アジュール中将にヘビ川の氾濫についての

意見を述べようとしていた。


「ほう、ハクア君はあの水害を

 改善する方法を探っているのか。

 まだ高学院にも通っていないのに

 利発なお子さんだな、ビャッコ」


アジュールは赤いソースがかかった

海老料理を取り分けながらハクアを褒めた。

だがビャッコは先輩軍人に対し謙遜で返す。


「いえ、彼は進みたい高学院に

 入学する道を必死で探っているだけで

 ありまして、それほど大したことは」


「ああ、例の鉱山騒ぎでコノクロ卿から

 目を付けられたのだったな」


中将の言葉に彼の息子スカイも相槌を打つ。


「本当に酷いもんです。

 ハクア君が大猫を連れ出していなければ、

 今頃コノクロ卿は猫に引っかかれるか

 噛みつかれるかして入院していますよ」


スカイはそう言いながら

ハクアににこりと微笑んだ。


くしゃりと癖がかかった茶色の短髪が

ミードに少し似ていたが、そばかすが

うっすらと浮かんだ顔はよく笑い、

彼は随分と親しみやすい印象だった。


そしてハクアは、ピンときた。


シルクス捕獲作戦が行われた鉱山で

新米であろう彼の意見が何故易々と

周りに聞き入れられたのか。


それは彼の父親がアジュール中将という

有力な軍人だったからであろう。

だがそんな父を持ちつつも、スカイは

自身の父の後輩にあたるビャッコに

惚れ惚れとしていた。


「あのう、ビャッコ大将。宜しければ

 後程サインを頂いてもいいですか?」


「息子はお前の刀捌きに憧れておってな!

 おかげで儂が得手とする銃技より

 そっちの練習ばかりしておるわ!」


白髪混じりのアジュールは豪快に笑う。

ビャッコは己の先輩に対し、恐れ多いです、

とやはり謙遜していた。


「して、ハクア君。

 水害への打開案を聞かせてもらおうか」


アジュールは海老料理をそれぞれに配り

終えた所で、ハクアを話し手に戻す。


「はい、ではまず……」


ハクアはズボンのポケットから

中心街の地図を取り出し、その場にいる

人々に向けて広げて見せた。


説明の手順は予め組み立ててきたものの、

ビャッコより目上の人物の前だ。


それも子どもの自分の考えたことなど

果たして間違っていないのだろうかという

不安から、言葉を噛んだり説明が

前後することもややあった。


だがアジュールとスカイはハクアの話に

茶々を入れたりは決してせず、

終始穏やかに耳を傾けてくれていた。


説明が進んで行く中、アジュール中将は

成程、成程と幾度も相槌を打ち、

しかしハクアに焦りが見え始めると、


「ふむ。つまり結論は?」


と、穏やかに彼を話の転換点へと導いた。


「結論を言わせて頂くと、つまり……」


ハクアは緊張が更にこみ上げてきたのか、

またしても言葉を詰まらせる。


そこで話を繋いだのは熱心に説明を

聞いていたスカイだった。


「蛇行する川を真っ直ぐにする、と

 いうことかな?」


「そう、そう、その通りです!」


ハクアは正にそう言いたかったのだと

言わんばかりに、何度もスカイに頷く。


つまりはそういうことだった。


川の蛇行はそれだけで洪水の原因となる。

ハクアは上空から見た景色と文献とを照らし

合わせ、自らその答えに辿り着いたのだ。


ハクアの結論にアジュールはふむ、と唸る。


「成る程、蛇行した水の流れが川の氾濫に

 拍車をかけていたのか。盲点だったな。


 水衝点を少なくし、通水性を良くする。

 実に合理的。これを国土地理担当の役人に

 話し、早速事業を計画させよう」


中将の言葉にパッとハクアの顔に光が差す。


アジュールはビャッコの杯に酒を継ぎ、

再びハクアを褒めた。


「流石だな、お前の息子は!」

 

「いえ、まだまだ未熟な小僧でして」


ビャッコも謙遜しつつ、だがハクアの案に

驚いた様で、いつ思い付いたのだ、と

息子の成長ぶりに嬉々としていた。


「良かったね、ハクア君!」


スカイも随分とハクアに親密になり、

その後は四人で晩餐を楽しんだ。



それからしばらくして、夏休みが

終わろうとしていた季節。


ヴィヴィアン教授による毒調査は外部からの

圧力やら応援やらで揉めに揉めたが、

ようやく結果を発表する手筈となった。


「いよいよだな」


とミード。


「もし無害だったら、俺達どうなるんだろ」


少しばかり不安を感じるハクアに、

テンジャクが肩をポンと叩く。


「大丈夫だよ、ハクア。

 教授はおおかた予想がついていた筈だ。

 何も無いならわざわざ家に来てまで、

 俺達にあんな話はしないさ」


三人の少年たちは会見の場に選ばれた、

中心街の時計広場付近にやって来ていた。


彼らは人目に付かぬように、少し離れた

建物の影から会見の予定場所を見守る。


そこには多くのカメラマンと、

ペンとメモを手にした記者達。


やがて一人の人物が、時計台の

煉瓦壁を背景として現れた。


いよいよか、と記者達も取材体勢を整える。


だが刹那、場の空気が疑問に包まれた。


会見場に姿を現したのは、アンスル助手

ただ一名のみだったのである。


「ヴィヴィアン教授はどうしたんだろう」


テンジャクがぼそりと呟く。


「え~……、それでは、ごほん」


大勢の人目に触れるこの機会においても、

相変わらず頭も服も皺くちゃのアンスルは、

慣れない様子で用意されたマイクを持ち、

しどろもどろに話し始める。


「今日はお日柄もよろしく……、

 足元の悪い中お集まりいただき……」


「言ってることが支離滅裂だぜ」


ミードは呆れていらいらとしている。


「緊張しているのかも……。

 ねえ、見て。コノクロだ」


コノクロ卿もまた、会見を聞こうと

広場に姿を現していた。

ハクア達とは反対側の道沿いに黒塗りの

セダンを停め、窓の隙間からちらりと

広場を覗いている。




「前置きはもう十分ですので、結論だけを

 簡潔に述べていただけますか?」


アンスル側から見て一番手前にいる

インタビュアーらしき女性が、会見を

スムーズに進めるよう彼に促した。


「あ、ああ。わかりました。

 簡潔にですね。簡潔に……」


アンスルは白衣のポケットからクリップで

留められた紙束を取り出す。

そして簡潔に、簡潔に、とぶつぶつ

独りごちながら紙を数枚ぺらぺらとめくり、

やがてマイクを持ち直した。


そして大きく息を吸うと、一言。


「無害レベルでした」


その瞬間、少年達の表情は凍りついた。

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