十七.親方の裁断
ハクアとジュラは鉱山で働く者達の、威勢の
いい掛け声が上がる赤褐色の鉄塔の前を通り
過ぎる。
ハクアが鉄塔を見上げると、その中を同じ
赤褐色の籠が上下しているのが見えた。
鉄塔はどうやら、山の上部に開けられた坑道
の入り口まで従業員を運んだり、採掘した石
を地上へ運搬するためのリフトらしい。
初めて見る国一番の鉱山の光景に、ハクアは
興味津々であった。
二人はやがて、現在は使われていない坑道に
つながる鉄塔の前までやってくる。
鉄塔は随分と長く使われていないようで、
遠目で見るよりもずっと錆び付きが進んで
いるようだった。
おまけに鉄塔の扉は施錠されており、枠には
使用禁止の札が掲げられている。
「どうしようか、ジュラ」
ハクアはジュラを見上げた。
標高が高く薄寒いとは言え今は決して上着が
必要な秋冬ではない。
それにも関わらず頭から背中にかけて獣を
背負うジュラは、いかにも暑そうに道着の
合わせを片手で仰いでいる。
と、そのときハクアはジュラの頭上に乗る
ラウルスの鼻が、僅かだが匂いを嗅ぐように
動くのを目で捉えた。
「今、ラウルスが動いたぞ……!」
ハクアは目を丸くしてジュラの腕を掴んだ。
ジュラは首を捩り、自分の背中におぶさる
ラウルスを見返る。
すると今度はラウルスの肩がピクリと動く。
「やはり、この旧坑道に何かあるようです」
ジュラは施錠された南京錠を手に取り、
鉱山を見上げる。
眩しげに眉間に皺を寄せるジュラに対し、
ハクアはいよいよラウルスが動き出すのを
見られるかと思い目を爛々とさせていた。
「リフトを使わず、どうやってあそこまで
行くか……」
思案するジュラに、ハクアがすかさず提案
する。
「あっちにいる従業員の人に、旧坑道に入り
たいって正直に話すのはどう?
リフトの鍵を開けてくれるかもしれない」
もっともな案だ。
しかしジュラは固い表情を崩さない。
「……使わない坑道は通常、入り口は岩や木
などで閉じているはず。
突然の見学者の為にわざわざそれを除けて
入れてくれるとは思いません。
それにこのリフトはもう、動力源には
繋がっていないでしょう」
「じゃあこっそり山を登る?
こうやってさ。入り口を塞いでるものは
自分達でどうにかしよう」
そう言うなりハクアは、ジャングルジムを
登るかのように錆び付いた鉄塔の柵によじ
登り始めた。
しかし一、二歩足をかけた途端、ハクアの
体重に耐えられなくなった柵がぎしりと
軋み、鉄塔から剥がれ落ちてしまった。
落ちた柵は地面に叩きつけられ、大きな音を
立てて砕かれ鉄屑となる。
ハクアは柵に腕で掴まったまま、その様子を
ただ見下ろしていた。
その大きな砕音に、現坑道前で作業をして
いる従業員達が全員こちらに振り向いた。
ハクア達はしまった、と互いを見合う。
やがて彼らを諌める声が近づいてきた。
「おい! お前たち、何をしとる!」
ハクアは鉄塔によじ登るのをやめ、すぐさま
地面に飛び降りた。
声の主らしき鉱山の男が、ぞろぞろと数人の
仲間を引き連れてハクア達のもとへとやって
きた。
彼らはハクアとジュラの目前で立ち止まると
仁王立ちとなり、二人を見据えた。
やがて先頭に立つ人物が怒号を立てる。
「お前ら、何者だ!!」
日に焼け、引き締まった肌に黒土のついた
白いニッカボッカがよく似合う、この男の
名はヒムカという。
この鉱山の現場作業を取り仕切る者である。
「少し、鉱山の見学をしたいと思って
興味心からしたことです。
申し訳ありませんでした」
ジュラは静かに頭を下げた。ヒムカは
そんなジュラの姿をじろじろと怪しげに
眺める。
「……おめぇ、変わった恰好してんな?」
ジュラが頭から被る獣のことを言いたい
らしい。
すると部下の一人が突然たじろぎ始め、
ジュラを指差した。
「お、親方! こいつ、道場破りだ!
ほら、昨年の秋にスイレンで話題に
なった……!」
「なんだと!? ……ああ、そうか。
なるほどな。今度は坊主を引き連れて
鉱山破りときたか。
そこの坑道は凶暴なコウモリが出るんで
閉じたんだが、中にまだまだお宝は沢山
あるからな。
お前さんみたいに鉱山に忍び入ろうって
やつは沢山いるぜ」
ジュラは旧坑道に眠る鉱石を取りにきた
盗っ人だと疑われているらしい。
ジュラは慌ててかぶりを振った。
「決してそんな訳では……」
ジュラはどうにか釈明しようとする。
しかし鉱石目当てではないものの、確かに
こっそりと坑道に立ち入ろうとした手前、
どうにも上手い言い訳が出てこないらし
かった。
ハクアはそんなジュラを庇い立てた。
「彼は盗みを働く者ではありません。
どうか、上の方を呼んでお話をさせて
ください」
ハクアはヒムカに正面をきった。
が、ヒムカはハクアを一瞥すると如何にも
苛ついたように舌打ちをする。
「盗っ人は皆そう言うぜ。まったく困った
もんだ。……おい、連れてけ」
ヒムカが引き連れていた男達にそう指示する
と、ジュラとハクアは彼らに肩をがっちりと
捕まれ、現在の坑道付近にある国軍の駐屯所
に連れて行かれてしまった。
その後ジュラとハクアは駐屯所のとある部屋
に入れられた。
二人はパイプ椅子に座らされ、机を挟んで
軍の男が一人、その隣にヒムカが座した。
ヒムカは的外れの説教をジュラに説く。
「おい道場破りの男。そんなに金に困って
んなら、己の武術で何とかせいよ。
武人が子ども使って盗みなんかするもん
でねえ」
ュラはどうにか釈明せねばと精一杯の問答
をする。
「確かに勝手に入ろうとしたのは申し訳
ない。しかし鉱石を盗もうとしたわけでは
なく……」
曖昧な言葉切れに、ヒムカの目にはジュラが
往生際の悪い男に見えたのだろう。
ヒムカは机を拳で殴ると、ジュラを睨み付け
一喝した。
「鉱石をとる以外にあそこに何の用があるん
だってんだ!
コウモリでも捕まえんのか?!」
「ヒムカさん、そういきりなさんな。
血圧がまた上がっちゃいますよ」
横に座す軍人がヒムカを軽く笑った。
彼は中年位のヒムカよりも随分と若そうな
風貌である。
若き軍人は肘をついていた姿勢を正すと、
内ポケットからペンを取り、何かを机の上の
書類に記入し始めた。
「さて、お二人さん。まずは名前から聞かせ
て頂きましょうか」
「ジュラ・グルースと申す」
ジュラがまず名乗り、ハクアもそれに続こう
とする。
「俺はハクア・ニ……」
そこまで言いかけたとき――。
「ずいぶん似てない親子だな。
坊主は母親似かい」
ハクアが名前を全部言い終えるのを待たず、
ヒムカが口を挟んだ。
どうやらヒムカは、ハクアとジュラを親子
だと思っているらしい。
ハクアが若い軍人を相手に、偉大な軍人で
ある彼の父ビャッコ・ニレの名前を出せば
この場所からさっさと解放されるだろう。
しかしここで父の力を借りるのは納得が
いかないのか、父の顔に泥を塗ることに
なると思ったのか。
ハクアは軍人ならば誰もが知るビャッコの
名も出さず、ニレの名を言い直すことも
せず、この場の空気にただ流されようと
していた。
「まぁ、まだ何か盗んだ訳ではないですし、
これしきの事だけで咎めるのもどうかと」
若い軍人がヒムカに諭す。
しかしヒムカは腕を組み、しかめっ面で
ハクアとジュラを交互に見やっていた。
そして突拍子な提案を言い出したのである。
「ようし決めた! 二人とも働くアテがねえ
んなら、ここで働きな!
少なくとも今日一日手伝えばさっきの事は
見逃してやらぁ!」
ヒムカはこれぞ大盤振る舞いと言わんばかり
に自らの胸をドンと拳で突いた。
「お前さん達、見たところ体力には自信が
ありそうだし丁度人手不足だったんでい。
まともに働くことを教えてやんよ、ほら、
付いてきな!」
若き軍人はやれやれといった顔をしている。
ハクアとジュラは顔を見合わせ、何でそう
なるんだと互いに言いたげである。
しかしこの状況で、二人はヒムカ親分に従う
より他なかった。
そうして二人はラニッジ鉱山の一日従業員と
して汗水垂らすことになる。
ジュラは毛布のごときラウルスを背中から
降ろして涼を得るはずが、逆により暑くなる
道を通ることになってしまったのである。




