表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風雲の場所  作者: yunika
第一章
15/79

十五.二人の進学

寒い季節が過ぎ、山の雪解け水が小川に流れ

込む季節がやってきた。


冬の間テンジャクやミードは進学の準備で

忙しかったらしく、道場に顔を見せることは

ほとんど無くなっていた。


ジオリブ国の子ども達は大抵、幼少年期は

各々の近くにある塾や寺子屋のような場所で

字や数の使い方を覚える。


そして十二、三歳頃になると更に自分が望む

専門的な知識を身に付けるため、それぞれが

希望する高学院へと進むことが出来る。

その殆どはスイレンの中心街に設立されて

おり、それぞれの特色も多種多様だ。


テンジャクとミードが進もうとしている

スカイジオ高学院は巨大な図書館を併設し、

国一番の学問を学べる場所として名高い場所

である。


だが多額の寄付金で成り立つ高度な教育施設

の為、寄付者から成り立つ理事会の意向が

反映されやすい傾向にある。


彼ら理事会によって、学院の風紀を乱す恐れ

ありと判断された生徒は十分に優秀な学力が

備わっていようとも入学が難しくなる。


だが政府に影響力のある人物のお墨付きなど

貰えれば、話は別だ。


テンジャクとミード、それぞれの父親達は、

寄付者であり理事会のメンバーの、とある

人物から煙たがられていた。


その為、彼らは道場の師匠であり、国軍の

将校でもあったビャッコに推薦状をもらい、

何とか入学に漕ぎ着けたのだ。


その高学院へと二人が入学した、花咲く春の

日の昼過ぎのこと。


テンジャクとミードはお揃いのかっちりと

した、少しばかりサイズの大きい紺の上着を

身に纏い、ニレの道場に晴れ姿を披露しに

来た。


ハクアの母であるカズラはそんな二人に目を

細めて襟を正してやったり、エンジ色の

ネクタイの位置を直してやったりと、かなり

嬉しそうにしている。


二人を幼き頃から文武ともに鍛えてきた

ビャッコも二人の晴れ姿に腕を組みどこか

誇らしげだ。

これからはもっと励むのだぞ、と叱咤激励の

言葉を二人にかけていた。


そんな和やかな輪の中でどういう訳か一人、

ハクアだけは仏頂面である。


この秋冬、二人があまり遊びに誘ってくれ

なかったことを実に快く思っていなかった

のだ。


大事な進学の準備だとわかっていても、何の

一言もなくこの日の朝ひょっこりと現れた

二人の無神経さに腹が立っていたのである。


「ねえねえ、写真を撮りましょうよ。

 せっかくだから、ハクアと三人で」


カズラが滅多に持ち出さないような、だが

決して最新式のではないカメラを胸に嬉々と

提案する。


「ハクア、こっちへおいでよ」


テンジャクが自分とミードとの間を空けて

手招きした。


「……俺はいいよ」


ハクアは自分でも格好悪いことは解っていた

が、なんとか拗ねていることを二人に知らし

めたくて精一杯突っぱねる。


テンジャクとミードは顔を見合わせた。


「お前、何だってそんなむくれた顔してん

 だよ」


ミードがハクアの腕を掴み引き寄せようと

するが、ハクアはその手を振り払い、彼に

背中を向けてしまった。


益々格好悪いことに、彼は今にも泣き出し

そうだった。


その様子に気付いたカズラは、あらあらと

口に手をやり呆れてみせる。


「ごめんなさいね。

 二人に久しぶりに会うものだから、照れて

 いるのよ」


ミードは顔を歪め、カズラよりも更に呆れ顔

だ。


「男のハクアに照れられてもなぁ……。

 嬉しくねーぜ」


テンジャクはそんなハクアの姿に何故か笑い

を堪えている。ハクアはそんな二人の様子を

ちらりと振り返り、冷めた目で見やる。


二人と目が合い、咄嗟にハクアは悪態をつい

た。


「……何だよ」


しかしハクアがついた悪態以上の返しが途端

に飛んでくる。


「何だよはこっちの台詞だっつーの!

 楽しみにしてたのによぉ。

 気まずいことがあるなら、そうだって

 言わねーとわかんねーだろーが」


「……」


ハクアは黙ったまま心で溜め息をついた。


気まずいわけではない、このわからず屋、と

ばかりに。

 

すると今度はテンジャクが、ハクアに向かい

優しい声色で宥めようと――、


いや、脅そうとする。


「ねえ、照れてるの? 恥ずかしいの? 

 こっちへ来て笑わないと本当に恥ずかしく

 なるハクアの秘密をばらしちゃうよ」


「……。

 ……それはご勘弁」


ハクアは目を拭い、跳ぶ兎のごとき動きで

二人の間にシュタッと立つと、ポーズを決め

た。

両端の二人からも自然と笑みが生まれる。

ようやく三人揃い、カズラはシャッターを

切ったのであった。




テンジャクとミードは佇まいを改め、師匠で

あるビャッコの前に正座し、床に両手を揃え

た。


「スカイジオ高学院へ入れたのはお師匠様が

 推薦状を書いてくださったおかげです」


テンジャクがビャッコに向かい深々とお辞儀

をした。ミードもそれに続く。

二人は頭を下げたまま、威勢良く声を合わせ

た。


「ありがとうございました!」


ビャッコは照れくさいのか、しばしポリポリ

とこめかみを掻いていたが、やがて二人に顔

を上げるよう促すと、神妙な顔つきで静かに

こう言った。


「……私は息子の大事な友達だからといって、

 誰にでも推薦状を書くわけではない。

 君達の頑張りが私を動かしたのだ。

 これからも先、君達の歩む先に、山崖は

 いくらでも待ち受けている。

 身に備わる自信を胸に、山を動かし、谷を

 越えていきなさい」


その言葉を聞き、二人は再度ビャッコに頭を

下げた。



 

その後は皆で素麺を食べ、しばらくハクアの

部屋でボードゲームをして遊んだ。そうして

いる内に夕暮れはすぐに来てしまう。


執事の爺が部屋をノックし、兄貴分二人を

呼びに来る。

このあと学院の寮に行かなければならない

二人の為に、それぞれの母親達が迎えに来た

様だ。


道場の軒先では先ほどの二人の様に、彼らの

母親達が推薦状の件でビャッコに丁寧に頭を

下げていた。

そこにカズラが加わり、いつの間にか場は

母親達の井戸端会議へと変わる。


ビャッコはこの場にいてもいいのかどうか、

なんだか気まずそうである。


ようやく会議もとい長話が終わり、母親達が

それぞれの息子に帰路に就くように促す。


ハクアは二人を見送る為、門の外まで付いて

行った。


二人の母親達が帰り道を進む少し後ろを、

三人の少年達は歩いて行く。


ミードがハクアに話しかける。


「おまえも再来年には俺たちと同じ寮に入る

 んだぜ。んで、一緒に勉強する。

 あとスポーツも遊びもな。それで三人とも

 今よりもっと頑張って、いつか大物になる

 んだ、約束だぜ」


ハクアはその提案に頷きつつ、尋ねた。


「大物って?」


「んービャッコ師匠みたいな国に影響力抜群

 な人物がいいな。俺は立派な商人になって

 良いものをなんでも見つけて、この国での

 権力が欲しいなあ」


ミードの将来は、商人である彼の父親に倣う

らしい。


「野心家だね」


テンジャクが間の手を入れる。

ミードはその言葉を彼にも当てはめた。


「そういうお前には、野心はねーのかよ」


「んーん、君と一緒。でも何になろうかな」


「お前は…立派な学者とか?

 なんかいいのねーかな」


ハクアはテンジャクに提案した。


「医者とかどう?」


心優しいテンジャクなら、きっと人気の医師

になるだろう。そう思ったのだが。


「血は苦手なんだよね。これをしたいっての

 はあるんだけど、現実味がなくて今はまだ

 言えそうにないよ」


彼はどうやら他になりたいものが、ぼんやり

とあるらしい。

ハクアもミードもそれ以上は彼の将来を

コンサルティングしようとはしなかった。


「ふーん、また決まったら教えてくれよな」

「ああ。ハクアは軍人かな?」


ハクアはその話題を待っていたとばかりに、

すかさず二の腕に力こぶしをつくる。


「ああ。父さんみたいな立派な将校になる。

 たくさん勲章つけて国中を練り歩くんだ」


「いやいや、散歩してねえで戦えっつの」


ミードのツッコミにあっけなくハクアの話は

締めをくらう。

少年達の笑い声が夕焼けの路地に響いた。

敷地の端まで来ると三人は互いに向き直る。


「じゃあね!ときどき手紙送るよ」


「中心街に遊びに来いよな!」


二人は親達の後を追う。


「ああ!絶対行くよ」


二人とハクアは互いに手を振り合い、別れを

告げた。


二人が向かう、まっすぐ伸びた路地の向こう

では夕陽が橙色の射光を放っていた。


二人は逆光がとても眩しかろうが、胸が期待

と希望で満ちている今の彼らには、それさえ

未来への道標に見えたことだろう。


いつか二人と同じ所を目指し肩を並べたい。

ハクアはそう願い、彼らの姿が見えなくなる

までずっと手を振り続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ