どうでもよいあとがき、あるいは本の紹介
この話は、はじめ、塔に閉じこめられたシロクマ無双の話でした。けれども、シロクマが冬眠をしないということと、扉を開けるのに恋人たちが力を合わせるのが必要だという設定がネックになって、先に進みませんでした。たとえ、お話の中でも、男女しか「正常な」カップルとは認めないという設定がいやだったのです。
女王様の正体をシロナガスクジラにするべきか悩んでいるなか、「冬って何だろう」と質問をした私に、子どもは答えました。
「寒い、あとクリスマス」と。
「それはどんなもの?」と重ねて聞くと、
「イヤなもの、楽しいもの」という答えが返ってきました。
ということで、雪に、氷に、吹く風に何を感じるのかというのが、話のスタートになります。
そして、2016年のCWCでの鹿島アントラーズの活躍を見て、鹿が登場するお話にしよう、となったわけです。
話を進める上でたいへんだったのは、童話の作り方でした。私なりの解釈ではありますが、童話というのは、「なぜ」を省いたお話です。
たとえば、「ももたろうは おにたいじに いきました」というのが童話の文体だとすると、「桃太郎は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の鬼を除かねばならぬと決意した」というのが物語の書き方になります。
ちなみに語り手の文体に合わせると「そこにあったのは、割られた窓とかたくさんの血のあとだった。ぼくは、このままにしておいてはいけないと思ったんだ」になりますし、本編だと「荒れ果てた村を前に、少年は立ち尽くしました。それから、いろいろな人たちに聞いてまわりました。鬼たちはどこにいるのか、何人いるのか、弱点は何かと」となります。
この縛りはきつかったです。自分の力量を考えると、もう書けないと思いました。楽しかったですけれど。
あらすじにある「季の美」とは、今年蒸留された、京都のドライジンです。味もですけれど、表現された世界が美しいのです。若者と娘が最後にたどり着くのは、こんな杜であってほしいなあと。
そして、「吉田君」とは、とある酒場というかスコティッシュ・パブに飾られた、鹿の首の名前です。マイケル・ジャクソンの『ウィスキー・エンサイクロペディア』にも登場する、知る人ぞ知る有名人?です。
ということで、最後にかっこよく。
この物語を、2016年CWCの鹿島アントラーズと、「季の美」と、吉田君にささげます。
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★変身シーンを楽しみたい人に
・サムイル マルシャーク『森は生きている』湯浅芳子/訳。いじわるな継母と姉が犬になるシーンがあるのです。
・ジェイン ヨーレン「ブラザーハート」『夢織り女』所収。村上博基/訳。描かれているのは、因果というか業の継承でしょうか。文章と天野喜孝のイラストがひたすら美しいです。
★鹿(正確には馴鹿)の首……ではなく、剥製が登場する話
・神沢利子『銀のほのおの国』。なろう的な区分だと「異世界トリップ」「ハイファンタジー」になりますが、児童文学といいきれないほど、考えさせるというか、暗くてエグいです。
★お父さんが息子に語る、童話
・恩田陸「おはなしのつづき」『朝日のようにさわやかに』所収。入院している息子に、お父さんが白雪姫の童話を語るのですが、魔女はどんなことを考えて一人で森へ向かったのだろうとなぜ魔女の気持ちを考えているのか、息子はなぜ入院しているのかなど、あらすじの紹介だけで、うるっとするのです。
★故マイケル・ジャクソン
月面を歩く歌手ではなく、同姓同名のウイスキーの達人。