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短編集 ~一息~  作者: つるめぐみ
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翻訳機

 近未来科学製品と紹介されていた翻訳機を買った。翻訳機といえば他国の言語を自国の言語にするものだが、これは動物の言葉を翻訳するというものらしい。

 くだらない発明だなと思いつつも我が家の犬の首輪に着けてみる。

 いつも散歩では引っ張り、ゴミ箱を荒らし、朝には俺にのって散歩の催促をする。

 そんな傍若無人丸出しの飼い犬が何を考えているのか知るのも、ひとつの楽しみなのかとは思う。だからといって、言葉を知ろうとも思わないのだが、面白半分あって試しに着けてみた。

「これなんだ? 変な感じがするな」

 着けた早々飼い犬が話す。もっと簡潔な言葉に訳されると思ったのだが、どうやら違うらしい。かなり精密に訳すようだ。

「取ってくれよ。どうせまた妙な悪戯なんだろう」

 飼い犬は、ひと声吠えたり鼻を鳴らしているだけだ。それなのに、この翻訳機の性能の凄さに驚いた。

「これは凄いな。前に犬の翻訳機があったことは知っていたが、それ以上の物だ」

「翻訳機だって? じゃあ、俺の言葉がキヨシに、わかるようになったのか?」

 話を返してきた飼い犬に、俺は動きをとめてしまう。キヨシは俺の名前だ。翻訳機を製造した者が知っているはずがない。いや、そもそも俺の言葉は通じていたというのか?

 静かに座った飼い犬は、咳払いのような声を出してから、真剣な表情で俺を見た。

「じゃあ言うぞ。まずは今の食事のことだ。脂肪分が多い割に栄養素が少ないらしいんだよ。餌を減らしたのに俺が太ったってキヨシは言っていたろう。隣のラッキーと同じものに変えてくれないか。毛が艶々してきて、女にもてるようになったって自慢していたんだ」

 飼い犬が語る流暢な人間語と話の説得力に、俺は何度も頷くだけだ。

「あと散歩な。あの速さじゃあ運動にならないぞ。ゴミの分別もできてないから、いつも俺は分けてやっているだろう。朝もギリギリに起きちゃ駄目だ。脳が完全に覚めるには時間がかる。はやめに起きないと、仕事の効率が悪くなるぞ」

 飼い犬の指示に俺は返す言葉もない。全て図星だからだ。聞くうちに、徐々に職場で上司に指図されているような気がしてきてしまう。

「キヨシ、ちゃんと聞いているのか? この際だから、俺は全部話すぞ――ワン!」

 飼い犬の人間語が犬語に戻る。俺が隙をついて翻訳機を取ったためだ。

鼻を鳴らしているが、主人と飼い犬に確執があってはいけない。いつでも主人が上の立場でなくては。とはいえ、餌は変えてみようかと思った。

 それ以降、翻訳機を愛犬家の誰かに譲るという気もおきず、もう一度、着けようという気にもなれず、押し入れの奥にしまいこんだ。

 しかし、時々思う。こいつは俺が考えている以上に物事を見ているのではないかと。

 散歩に出掛けた時、飼い犬が妙に犬を連れた女性に猛アピールするのは何故だろうかと詮索するようになった。

 母が言っているからだ。はやく孫の顔が見たいわと。

 ペットは思った以上に、飼い主に気を遣ってくれているのかもしれない。

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