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短編集 ~一息~  作者: つるめぐみ
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五度目

 私は会社に必ず置き傘をしている。山育ちなので急な天気に対応することに慣れてしまったからだ。それなので折り畳み傘も常に持ち歩いているし、重いと感じたこともない。

 都心部の会社に勤めても習慣は抜けなかった。あったほうが便利なのが置き傘という考えが、どこかに残っているのかもしれない。

 ある日、突然の雨に見舞われた。その日も置き傘に感謝することになった。

 やむ様子もなく、濡れるのを覚悟して飛びだせる春雨でもない。周りを見ると自力で帰るのを諦め、迎えにきてもらうよう電話している人も多かった。

 私はひとり住まいなので迎えにきてくれる人はいない。だから置き傘頼りでもあるのだ。

 いつものように置き傘を取りにいく。使い続けてきたお気に入りの傘は、男女兼用でも使えそうな色だ。

 ところが、置いた場所に傘はなかった。自分の勘違いかもしれないと何度も確認する。

 しかし、見つからない。代わりの傘なら目の前にある。借りたらいいんじゃないか。けれど許可なしに使うのは盗みと変わらない。

 それにあの傘は大切なものだった。そのため、代わりは考えられなかったのだ。

 盗まれたショックを抑えこんで、常時していた折り畳み傘を差して会社を出た。

 自宅に到着すると、そのままシャワーを浴びにバスルームに直行した。

 あれは、彼にプレゼントされた傘だった。一途で優しい彼は心の底から私を愛してくれていた。傘は誕生日プレゼントではなく、出会った一周年の記念としてくれたものだ。

 男性はイベントに疎いと聞いたことがあった私は驚いた。

 その傘をプレゼントしてもらって一週間後。彼は事故に遭って命を落とした。

 傘をプレゼントしてくれた時の彼の言葉は忘れられない。

「その傘、俺が使っていたものなんだ。覚えてる? 雨の中、一緒に帰った時のこと」

 初デートの時に映画を観にいった。感動して涙して映画館を出ようとしたら大荒れ。急遽、隣にあったデパートに入って購入したのだ。

 自分のも買おうとした時に、一緒に入ればいいじゃんと彼は言った。すこし遠かった距離が、相合傘で近くなった気がした。 

 盗まれた傘は、大切な思い出が詰まった遺品だったのだ。

「これで、会社で盗まれたのは五回目か……また戻ってきたらいいんだけど」

 ただ悲観しているわけでもない。その傘は盗まれても戻ってくるという確信があった。


 翌日、傘は戻ってきた。知らない人が会社に届けてくれたのだ。

 ガラスが散乱している道に落ちていたので、妙な感じがして拾ってくれたらしい。

 しかも不思議なことに拾った瞬間、傘の持ち主はあの会社の人という感じがして、届けずにはいられなくなったのだそうだ。

「聞いた? またうちの社員が事故に遭ったんだって。これで五人目だよね」

 通り過ぎようとした給湯室から雑談が聞こえてきた。

 話を聞くと事故に遭ったのは会社の備品を隠れて盗むような人だったそうだ。長く働いている人のため、誰も怖くて意見できなかったらしい。

 それでもと思う。人の物を盗むなんて最低の行為だ。

 きっと今回は天罰が下ったのだろう。

 戻ってきた彼の傘を抱き締めて私は思った。もう二度と私から離れないでねと。

 すると、

「なんとか帰ってきたよ」

 私の頭の中で、そんな彼の声が響いたような気がした。

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