リアリティ
新作出版にむけて本格推理小説を書いている時、インターフォンがなった。
映像モニターを見ると、正装姿の男性が立っている。
見知った顔ではないが推理小説家の経験上、素性の推測ができた。どこかの編集担当だろう。
「どなたでしょうか」と訊くと、やはり「○○出版の者です」と返ってきた。
不審がられるのではないかという判断だろう。名刺を取り出して映像モニターにむけている。
丁寧な挨拶をする相手だ。連絡なしの訪問ではあるが扉を開いた。
「お忙しいところ申し訳ありません。お近づきのしるしにこれを」
箱には高級海鮮缶詰セットとある。すぐに仕事の話だなと察した。
「私の仕事は高いですよ。外ではなんですから、中へどうぞ」
男性は渇いた笑みを浮かべて中に入った。
本気で捉えたのだろうか。自作品の主人公の真似をしただけなのだが。
私は、誰かがなんの連絡もなしに仕事を依頼しにきた時、自分の作品をまともに読んでいるのか、相手を試すことがある。
反応が薄かったこの男性は、ビジネス目的できたのだろうと結論づけた。
居間に通してお茶を出すと、案の上、男性は単刀直入にとばかりに語りはじめた。
「実は先生にリアリティを追求したファンタジーを書いていただきたいのです」
なんとも妙なことを言う。
ファンタジーにリアリティ? 現実世界ではありえないことを書くファンタジーで、リアリティを追求したらどうなるのか、わかっているのか。
「おっしゃっている意味が、よくわからないのですが……」
「先生のおっしゃりたいことはわかります。夢を壊すなと言いたいのでしょう」
どうやらわかっているらしい。しかし依頼された以上は私も真剣だ。
「やるなら徹底的に書きますが、いいですね?」
「はい、先生が警察機関の闇に隠れた部分を綴り、常にリアリティを求めて執筆されていることは承知しています。必ず原稿料は払います。原稿の指定枚数はこちらに」
枚数は多くない。短編ということだろう。雑誌で様子を見るということか。
ビジネス目的で依頼しにきた相手だということはわかる。しかし、その試みは面白い。
しかも、私の創作姿勢を理解して、無理な注文をするときたのだから興味深い。
「わかりました。その仕事、引き受けましょう」
男性が帰ってすぐ、私はファンタジー小説の資料を開いた。他にもリアリティを追求するために物理学や化学、生物学の本も机の上に置く。
リアリティを追求するのなら、現実世界にドラゴンが出現した話がいい。
そのドラゴンを現実世界の主人公たちが退治しようとしたら?
能力や魔法といったものは存在しないので、対抗する武器は重火器のみとする。
そこからが本気だ。
体重五十キロの人間が飛行するには少なくとも片翼五十メートルが必要らしい。しかもハチドリのように羽ばたかないと飛べない。では巨竜ならどうか。
火を吹くのも生物学上では無理だ。そこでホソクビゴミムシの生態を資料とする。体内で二つの化学物質を分泌化合。化学反応して沸点まで達した液体を吹き出す。
自衛隊は巨竜を撃ち落とすことはできないだろう。落下した途端、周囲に大地震が起きるからだ。
更に体に対して翼が大きい不格好なドラゴンは、後回転運動を繰り返しながら飛行する。
辺りに飛び散る沸騰した液体。方向を見失ったドラゴンは進路を変えて他国へ――。
数日後、できあがった原稿を渡すと、男性は頭を深くさげて原稿料を渡してきた。
約束していた倍の金額だ。驚いたが、男性は予想以上のできですとご満悦だったので、言葉に甘えることにした。
そして、私の作品が雑誌に載った。
『一流本格推理作家が綴るリアリティあふれるファンタジー』と、書かれた見出しの最後に『コメディ』と加えられていた。
仲間からかかってくる電話は全て、「先生にコメディの才能まであるなんて驚嘆しました」という称賛。
かなり複雑な心境の中だが新天地を見た。私、コメディもいけるかもしれない! と。




