用法用量
あるコンクリート製のホテルの一室。そのベッドの上で男と女が、むかい合っていた。
両者の手元には、液体の入った薬瓶がある。互いに真剣な表情であった。
「とうとう、この時がきたな」
男は薬瓶の蓋を慎重に開けながら女に語る。女も男に倣うように薬瓶の蓋を開けた。
時刻は午後十一時を示している。明日は休日、思い切った行動をおこすのなら、これほど条件のいい日はない。
「私、怖い……」
「怖いのはわかるさ。だけど君ひとりじゃない。俺がいる」
怯える女の肩に手を置いた男は、気を落ち着かせるように深呼吸をした。
「こういったのは相手が飲むのを見てからよりも、一緒に飲んでしまったほうがいい。そうすれば、迷うこともないし、お互い一緒の時間を味わうことができる」
男の言葉に女は首を縦に動かした。この日のために、手に入れにくい薬と誰にも邪魔されない場所を確保したのだ。
お互いに呼吸を整えてから、合図とともに同時に液剤を飲む。
独特の味に苦戦しながらも、二人は液剤を同時に飲みきった。
「どうだ、何か感じるか?」
男の問いに女は首を横に振って答える。効果が表れるのは約十分後と説明にはあった。
時間が経過するのを待とうと、男がタバコを取り出して火を点けようとする。
瞬間、男の胸が徐々に膨れて巨大化していった。ただ女は呆然と、目の前の男の胸囲が自分以上になるのを、見つめ続けていた。
十分後には胸の膨らみがとまった。男に変化があったのに対して、女に変化はない。
「ねえ……もしかして、そのもしかしてだけど……」
震えた声で女が聞く。見つめ合う二人に言葉はない。沈黙だ。
カラになった薬瓶を確認した男が、全身を震わせながら叫んだ。
「くそっ、男用と女用を逆に飲んだんだ。この日のために準備したのに」
「どうするのよ! と、いうことは、一生そのままなの?」
「いや、もとに戻す薬も用心のために買っている」
男はカバンから薬瓶を出すと、今度は説明文を確認してから液剤を飲んだ。
効果が表れるのは十分後、巨大化した男の胸が今度は萎んでいく。
ようやく前の自分を取り戻した男は、安堵の息を吐いた直後に、がっくりと肩を落とした。
「今日のために購入したのに……もったいないことをしたな」
すると息をつきながら言う男の顔色を窺うように、女が覗きこむ。
「ねえ、だったら私も、もとに戻す薬を飲んだほうがいいんじゃないの?」
「もとに戻す薬? もともとないのに、どこをもとに戻すんだ?」
男の問いには女が答えるのではなく、
『商品名:大きくなる薬
用法用量を守って正しくお使いください。素敵な夜を楽しみたいという男女に。男用と女用がありますのでお気をつけください』
と、書かれた空の薬瓶が代わりに答えていた。




