1話 死
突然死は訪れる。
それは誰しも平等に
俺も、そう思っていた
その日はいつも通りだった。
ギルドで受けた薬草採取の依頼。
報酬は銀貨五枚。
E級向けにしては高い報酬だ。
高すぎるとも言える。
「薬草採取で銀貨五枚か…」
依頼書を見つめながら呟く。
「確かに少し高いですね」
緑髪の少年リオが首を傾げた。
「高い分には文句ないだろ」
大剣を背負った青年ガルドは笑いながら言った。
「だって銀貨五枚って…A級並みの報酬だぞ」
A級ともなれば危険な魔物の討伐や護衛任務が中心になる。
ただの薬草採取ではありえない額だ。
「この依頼、本当に受けて大丈夫か…?」
俺はふと依頼書の端に目をくれる。
「境界付近に……なんだこれ小さくて見づらいな」
「何やってんだ置いてくぞ!」
ガルドの声が飛んできた。
顔を上げると、2人はすでに出口へと向かっていた。
「今行く!」
俺は依頼書をしまい、2人の後を追いかけた。
森へ入って数十分。
依頼書に描かれた薬草はすぐに見つかった。
「ほら見ろ、問題なんてなかったじゃねぇか」
「思ってたより簡単でしたね」
リオが薬草を袋に入れた。
その時だった。
ズン……
地面が揺れた。
「地震…?」
リオが不安そうに呟いた。
いや、違う。
木々の奥から、とてつもない威圧感が近付いてくる。
「お、おい…あれってまさか」
ガルドの声は震えていた。
森の木々が、音を立てて左右に薙ぎ倒される。
倒木は燃え、周囲には灰が散る。
その奥から現れたのは、一頭の巨大な赤い龍。
全身を真紅の鱗で覆い、黄金色の瞳がこちらを見下ろしている。
「赤龍……!」
目の前で起きたあり得ない現象に俺は呆気に取られていた。
「赤龍!?A級の魔物じゃねえか!」
ガルドは叫んだ。
なんでこんな場所に赤龍が。
俺の脳裏に依頼書の注意書きが浮かぶ。
すぐにポケットから依頼書を取り出し、その一文を読んだ。
"危険区域との境界付近につき、十分注意すること"
だからやけに報酬が高かったのだ。
そんな大事なことを端の方に書くなよ。
そんなことを思ってる暇もなく赤龍はこちらへゆっくりと近づいてくる。
「お、おい…どうすんだよこれ」
ガルドは震えた声で問いかけてくる。
「逃げろ」
俺はガルドの目を見て答えた。
「は?」
「俺達じゃあいつには勝てない。俺が食い止める」
「馬鹿言うな!1番弱いお前じゃ無理だ!」
心外だな。
これでも俺は全属性の魔法を扱える。
……全部初級だけど。
「無理でもやるしかないんだ。あれを見ろ」
俺は端の方で気を失ってるリオに目を向けた。
恐怖で気絶してしまったのだろう。
無理もない。
「1人で戦っても2人で戦っても結果は変わらない。お前はリオを連れて逃げろ」
「だが!」
「ガルド、頼む」
俺は真剣な眼差しでガルドを見て言った。
「……分かった。死ぬなよ」
ガルドはリオを背負い駆け出した。
あっという間に2人の背中は森の奥へ消えていった。
「ははっ…そりゃ無理な話だ」
仲間は全員逃げ、俺は1人になった。
いい判断だ。
俺達E級パーティでこの魔物を倒せる訳がないのだから。
「さて、一応戦ってみるか」
俺は初級魔法"ファイア"を放った。
炎はうねりをあげながら赤龍の胴体へ直撃した。
「頼む、効いてくれ…!」
俺の魔力量では1発が限界、これで勝てなきゃ後はない。
赤龍を見た。
焦げ跡一つ付いていない。
"ファイア"の炎は、奴の怒りに火を付けただけだった。
「まあ、そうだろうな」
こうなることはわかっていた。
そもそも火属性の赤龍に"ファイア"を放ったのが間違いだったんだ。
せめて、もう少し魔力が残っていれば"ウォーター"を使えたのに。
いや、焼け石に水…どの道結果は同じか。
本当に弱いな、俺は。
「あぁ、もう駄目だ」
魔力が底をついた。
体に力が入らない。
膝をついたと思った次の瞬間には、地面に倒れ込んでいた。
もう逃げることすらできない。
悟った。
俺は死ぬ。
何も成し遂げられず。
惨めに。
1人で。
「まあ全滅するよりは俺1人犠牲になる方がよっぽどマシだよな。
……こんな最弱の俺でも最期に誰かの役に立てたのかな…」
悲壮感たっぷりに呟く。
だが、その言葉を聞く者は誰1人としていなかった。
赤龍の前足が振り下ろされ、巨大な影が俺を覆った。
次の瞬間。
グシャ
最期に自分の身体の潰れる音が聞こえ、視界はゆっくりと閉ざされていく。
俺は死んだ。
はずだった。
・・・
本当に死んだのか?それにしてはやけに意識がはっきりしているような…
いや、考えるのはよそう。
どのみち身体を潰された俺には助かる道もないだろうしな。
「あの!大丈夫ですか!?」
声が聞こえる。高く柔らかい声音……女性か
「…起きないなぁ」
「でも脈はあるし、生きてるよね…!」
生きてる?俺が?潰されたはずなのに脈とかあるのか?
そんなはずはない。
死ぬ間際に夢でも見ているのだろうか。
「こうなったら、あれをするしか!」
あれ…?
まさか人工呼吸か?それなら大歓迎だ。
もう少し目を瞑っておこう。
「えい!」
ないはずの腹部に鈍い痛みが走る。
「いってえぇぇぇぇぇ!」
俺は飛び起きた。
「良かった!目を覚ました!」
前を見ると青色の目をした少女と目が合った。
「大丈夫ですか…?」
状況が飲み込めない。この子は誰だ?赤龍はどこにいった?なぜ身体がある?
次々と浮かぶ疑問を払拭し、目の前の光景に意識を向ける。
少女はしゃがんでこちらを見ている。
フードがついた白い服、黒色のハーフパンツ、肩まで伸びた銀髪、美少女だ。右手に持ったナイフもよく似合う。
ん?ナイフ?
そういや先程から腹の辺りがやけに痛む。
目を向けてみると出血しておりそれを指し示すかのように目の前のナイフからは赤い液体が付着している。
そう、俺は彼女に刺されたのだ。
「え…?なんで俺刺されたんですか…?」
目の前の少女に聞いてみた。
「いやぁ…中々起きなかったので刺激を与えたら起きるかなあと」
少女は少しだけ気まずそうにそう答えた。
「刺激?」
「はい!」
「刺しました!」
今度は一片の曇りもない表情で明るく答えた。
「いやいやいや、おかしいって!なぜ刺す!?普通叩くとかでしょ!!」
至極当然の感想だ。俺は間違っていない。
「ごめんなさい…でも!無事で良かったです!」
あなたのせいで無事じゃなくなるところでした。
……と言いかけて飲み込んだ。どんな形であれ心配してくれていたというのは事実だ。
「……まあ、起こしてくれた事には感謝します」
それにしても、俺は確かに赤龍に潰された。
なのに、
どうして俺は生きている?




