第4章 4 ―― あなた? ――
第四十八話目。
僕らは何かした?
4
「――で、ランスって人はどれだけの悪態をついたの?」
「知るか」
皮肉めいた文句をぶつけてくるアカネ。
素っ気なく答え、岩肌が剥き出しになっている壁に凭れて、殺風景な天井を眺めていた。
そうでもしなければ、向かいの壁に凭れ、口を尖らせて睨むアカネと目が合ってしまうから。
咎める冷ややかな目は勘弁してほしかった。
だけど、確かに気持ちは滅入って溜め息がこぼれそうだ。
果たして僕らはこの牢屋からいつ出させてもらえるか……。
酒場の前で僕らを呼び止めたのは、街の警備をしていた者らしい。
僕らは別にやましいことをしていない。
けれど、どうも逆らうことはできない雰囲気を醸し出していた。
想像通りというか、アカネはしばらく抵抗して抗ったけれど、最終的に従うのが懸命だと、抗うのを諦めた。
その結果、僕ら2人は街の奥にある屋敷の地下の牢屋に収容されてしまった。
「よっぽどランスって人は悪人だったみたいね」
アカネの嫌味は続き、反論するのも面倒なので、流しておいた。
「お腹減ったんですけどおっ」
牢屋は薄暗く、通路は松明が灯され、淡い明かりが辺りを照らしているなか、アカネの叫び声が木霊した。
ほかに収容されている者や、看守の者もおらず、返事はなかった。
アカネは拗ねてずっと文句を言い続けている。
「ねえ、本当に私らはいつまでここにいればいいの?」
「だから知らないっての」
苛立ちを堪えられず、鉄柵を蹴りながら叱咤するアカネ。さすがに僕も声を荒げた。
「僕だって意味がわからないんだ。急にこんなところに入れられたら、ランスが生きているのかさえわからないんだし。だから、何が起きているのかさえ――」
「あ、誰か来る」
不安をこぼしていると、唐突に声を上げるアカネ。
ふと見ると、アカネは僕を無視し、鉄柵を掴むと、奥の通路を睨んでいる。
無視するな、と注意していると、暗い奥から確かにカツカツと足音が近づいていた。
ようやく解放か、と壁から頭を放して眺めると、次第に影が人の輪郭を成していく。
人が鉄柵のそばに近寄ったとき、背筋が伸びた。
「――ランスッ」
つい声を張ってしまった。反動で立ち上がり、アカネの隣に立ち、鉄柵を掴んだ。
「よかった。お前、生きていたんだな、よかった」
鉄柵を掴む手に力がこもり、うつむいてしまう。胸に込み上げてくるものがあった。
鉄柵の前に現れたのは1人の男。
僕より少し背の高く、体格がいい。赤みかかった髪は坊主頭で、鼻筋は高い。目が大きくまっすぐな眼差しは強い意志を持っていた。
ただ、昔はもう少し髪が長く、もっと刺々しい雰囲気をかもしていたけれど、今はそれがなかった。
僕の知る面影はなくなっていても、ランスが生きていたことに安堵した。
しかし、ランスはずっと険しい表情を崩さなかった。
「あなた方は何を目的に、ここまで来たのです?」
あなた?
「何、言ってるんだ、お前。なんでそんな喋り方」
僕の知るランスの喋り方とはまったく違う、いやどちらかといえば、乱暴な喋り方が基本であったので、拍子抜けしてしまう。
冗談を言っているのだろう、とつい苦笑してしまう。
「でもよかった。お前を捜していたんだ。お前がその、鬼に負けたって聞いて。でもお前が負けるなんて信じられなくて」
無意識のうちに興奮していたのかもしれない。自然と声を張ってしまう。
しかし、僕の態度とは裏腹に、ランスは一際冷淡な表情を崩さず、じっと睨んだまま。
一瞬、動揺なのか瞳孔がより開いた気がしたけれど、すぐに険しさを戻してしまう。
「そうだ、ランス。お前の剣があるんだ。それを返したくて」
「――剣?」
より目尻を吊り上げるランスだけど、すぐさま無関心であるというように、視線を逸らした。
ランスの剣。
拘束され、荷物は没収されてしまったけれど、つい叫んでいた。
武器を奪われ、長時間拘束されるんだと、げんなりしていると、微かにランスは溜め息をこぼした。
剣に反応を見せたことに期待すると、またしても禍々しい目とぶつかった。
「あなたが捜しているランスという者はいません」
やっとちゃんと話してくれたんだ、と身を乗り出したのだけど、ぞんざいに吐き捨てられた。
「いや、何、言ってんのさ?」
「私はランスという者ではない。ランスという戦士はもう死んだ」
ランス?




