第一章エピローグ - 新たな居場所ブウ -
「────これで良しブウ! 次はどこブウ?」
「えぇっと……水路の柵がまだでしたね。誰かが落っこちちゃうと危ないので、次はそこを直しましょう!」
「よ~し、任せろブウ~!」
マルゴルたちがデオール村を襲ったあの夜から、三日が経った。
昼間になり明るくなってから解ったことだが、デオール村は思っていた以上にあちこちが騎士団の連中に荒らされていた。
畑も水路もめちゃくちゃで、焼失した納屋の撤去だってしなきゃならない。
広場に至ってはボコボコの穴だらけで、荷車も通れないほどに荒れ果てて……って、これは俺が戦ったときにやっちゃったんだけど……。
逃げ出した家畜も沢山いたようで、昨日は村人総出で山の中に入って探した。
放っておくと山の中で家畜が魔物に襲われてしまい、味をしめた魔物は継続して村の家畜を襲うようになるので、急いで捕まえないといけなかったんだとか。
そして今日はメリアと一緒に、畑の柵を直す作業に勤しんでいる。
ただ材料となる木材を運んで柵を作るだけなのだが、デオール村の畑は坂になっているため材木を何度も往復して運ぶのが辛いのだそうだ。
おまけにそこら中で柵がなぎ倒されているので、人手が必要。
そこで俺が縄で縛った材木を纏めて大量に運び、壊れた箇所を手あたり次第直して行くことにした。
「それにしても、畑と畑の間の柵ってこんなに低くていいのかブウ?」
「はいっ、もともとデオール村は畑作業は村人全員で分担しますから、どこからどこまでが誰の畑、という訳ではないんですよ。なので植えた作物がわかるように区分けされていれば大丈夫です!」
「はぁ~、なるほどブウ~。皆で協力して畑仕事って、何だか良いブウ」
「ふふふ、まだ収穫できるものも残ってますから、そのときは手伝ってくださいね、オークさん!」
「おう! 楽しみだブウ!」
あの戦いの後、俺は戻ってきた村人たちと協力してマルゴルたちを王都に突き出す準備をした。
俺が引き続き騎士団員たちを監視しておき、その間に村の人たちがエッダを連れて王都に向かってくれたのだ。
エッダは同行した村人たちの証人として、マルゴルほか第四騎士団が犯した蛮行をひとつ残らず審問官へ曝け出してくれたそうだ。
すぐに王都から憲兵の一団がやってきて、村に残っていた第四騎士団の連中および隊長のマルゴルを逮捕して、連行していった。
その時、マルゴルの上司にあたる両手剣士団の騎士団長が来ていたらしく、デオール村ではいささか緊張が走ったようだったが、その騎士団長とやらは村の入り口でこれ以上ないくらいの謝罪の言葉を述べた後、村には入らず、賠償金として多額の金貨銀貨を置き深々と頭を下げて帰っていったそうだ。
デオール村からしたら今回の件は、騎士団の不祥事だと問い詰めたいところだったに違いない。
だが、騎士団長の謝罪がそれはもう丁寧なものだったらしく、しかも置いて行った賠償金がびっくりするくらいの額だったそうで、村の皆で話し合った結果、責任の所在はマルゴルに対してのみ課すことにしたそうだ。
問題を金で解決した感も否めないが、デオール村としても武器を持った連中と剣呑な関係が続くことを避けたかったようで、お互いの妥協点となった。
マルゴルは裁判のあと、刑に処されたらしい。
どんな刑になったのかは、全員想像がついていたので聞かないことにした。
エッダが王都に行った際、今回のマルゴルの暴走を阻止したのは『人間の言葉を話し、理解する、善良なオーク』が戦ってくれたからだと証言してくれた。
憲兵団とともに村に戻ってきたエッダは、事実確認をするために同行してきた王都のお偉いさんたちに俺のことをさも英雄であるかのように紹介した。
現場検証のようなことをしながら、俺の行動ひとつひとつを誉めちぎるような事をされたため、さすがに俺も異世界にきて初めてこっぱずかしい思いをした。
俺の前に並んだツヤツヤしたローブを羽織った見るからに偉そうな文官さんたちは、俺が挨拶のために近寄って行っただけでも泣き出しそうな顔をして震えてしまっていたが、村から帰る頃にはようやく慣れてくれた様子だった。
全ての確認が終わったとき、エッダは文官たちと一緒に俺に声を掛けてきた。
「オーク様、この度のご活躍のお礼ですが……正直申しますと、何を差し上げればよいのか皆頭を悩ませてたのです。金貨も、勲章も、土地も不要と仰っておりましたので……」
そう言って、エッダは真鍮で作られた一枚の紋章を渡してきた。
頑丈そうな革紐が取り付けられたそれは、裏面に何やら文字が彫ってある。
「それは王都プロスティリアの王家紋です。裏面にはプロスティリア王による証明の一文と共に、こう書かれております」
“このオークは善良なる者、プロスティリア領デオール村の守護者なり”
“何人もこの英雄の行手を妨げる可らず、プロスティリア王が命ず”
なんと、オークである俺の存在を認め、さらには領内の街に自由に出入りできるフリーパスの通行証だった。
これがあれば、王都プロスティリアや商業都市ディンバルトンのほか、領内の様々な街に特別待遇で入ることができるらしい。
「これはオーク様の身分の証明書にもなります。この領内では、その紋章を掲げれば魔物に間違われることもなくなるでしょう、ふふふ」
俺は嬉しさのあまり、大声を出して踊り出してしまった。
この異世界を自由に歩き回るための権利を貰ったようなものだ。
これが貰えるように様々な計らいをしてくれたエッダには、もっとしっかりお礼をしたいところだったが、マルゴルを移送するためにわずか一日ほどで王都へと帰ってしまった。
いつか王都を訪れる機会があれば、その時にメリアと一緒に会いに行こうと思う。
そうしてまた静かになったデオール村で、俺たちは復興作業に取り組むことにしたのだ。
「オーク殿、あまり無理をされるな。騎士団を撃退してくれてから、まだ三日しか経っておらんだろう」
柵の材料を纏めていた俺に、ダナク村長が声をかけてきた。
あの夜に肩を痛めてしまったようで、左腕を首から布で吊っているが、その声色は明るく足取りも軽いように思える。
「ダナク村長! 怪我の具合は? もう歩いて大丈夫だブウ?」
「うむ、これでも昔は頑丈さが取り柄だった身だからな。それに、まさにこれからが大変な時だというのにおちおち寝てもいられん。老骨と言えども少しは役に立たんと、オーク殿に笑われてしまうわ、はっはっは」
「も、もうっ! ダナク村長! 本当はまだ出歩いちゃいけないくらいの怪我なんですよ……! 村にお客さんが来た時はお知らせしますから、お家で休んでいてくださいっ!」
メリアはそう言って立ち上がると、ダナク村長を背中を押して帰そうとする。
「お、おぉ……ははは。いや、ちょっと散歩でも思ったんだが……これは敵わんな。メリアに言われては従うほかあるまい。メリアよ、オーク殿と一緒に村のこと、頼んだぞ」
「はいっ、任せてください! 私とオークさんでなーんでもやっちゃいますから!」
その姿はまるで、本当の父娘が互いを気遣っているような光景に見える。
本当に、ダナク村長はメリアにとって大切な『お父さん』なんだろうな。
二人の笑い合う顔を見ているうちに、この笑顔を守り抜くことができて本当に良かったと思えた。
ダナク村長のほか、怪我を負っていた他の村人たちも順調に回復している。
あれだけ村の被害があったのに、死者が一人も出なかったのは不幸中の幸いだ。
そのせいもあるのだろうか、とんでもない目に遭ったにも関わらず村の人たちの雰囲気はどこか明るく、修復作業も村人皆で楽しみながらやっているような状態だ。
「オークの旦那ぁ! 今週の分の麦酒を蔵から出しておいたぞ! 昼飯のついでに味見して行けよ!」
「オーク君! 手が空いたら、帰りに薪割りも手伝ってくれるかい!?」
畑のあちこちから、俺を呼ぶ声が聞こえる。
この数日、村の修復で力仕事が必要になる時はどれも率先して手伝っていたので、今ではすっかり気軽に頼って貰えるようになった。
「オークさんっ! 今日もまだまだ忙しそうですね! このへんで先にお昼ご飯にしませんか?」
「おぉ、そうしようブウ! どこで食べるブウ?」
「今日も私の家で一緒に食べましょう! 今日のメニューは塩漬け肉のサンドイッチと、茸のクリームスープですよ!」
澄み渡る青空には雲一つなく、遥か遠くの山々の頂まで見渡せる。
オール樹の木々を抜けて吹きつける風は、どこからか白い花びらを乗せて村を通り過ぎて行った。
俺はこの美しいデオール村の一員として生きて行く。
「腹ペコだブウー!」
今回の騒動でデオール村には、村を守るオークがいるという事が噂になっていた。
その噂は、王都を中心とした街々を行き交う人々によって広がり
『悪事を働いた騎士団を返り討ちにした』という武勇伝と相俟って
酒の席で好んで吟唱されるようになる。
そしていつしか、商人たちの間で
『デオール村』は別名、『ディオーク村』と呼ばれるようになるのだが
俺がそれを知るのは、もう少し先の話だ。
第一章 fin




