第一章 第18話 - 村の皆を助けるブウ -
ギラリと睨む俺を見て、青ざめたマルゴルはごくりと唾を飲みこむ。
「ば、爆発魔法を使ったのか!? こ、こいつ……ただのオークじゃねえ……!」
衝撃波で吹き飛ばしただけなのだが、何やら魔法か何かだと勘違いしているらしい。
正直言えば、俺自身もさっきのは驚いちゃったけどな……!
向かってきた騎士団員たちの目の前に棍棒を叩きつけて、怯んだところを攻撃してみようと思っていたのだが……まさか叩きつけただけで全員吹っ飛ばしてしまうとは。
メリアとダナク村長が住居の中に入っていてくれて良かった……近くにいたら怪我をさせてしまっていたかもしれない。
いやはや、オークの怪力、恐るべし。
「く、くそぉぉ! あんなオーク野郎一匹に、俺の金儲け作戦が邪魔されてたまるかぁぁ!」
突然、マルゴルが叫ぶ。
今度は何をしてくるつもりかと身構えたが、マルゴルはくるりと後ろを振り返りそのまま走り出してしまった。
「マ、マルゴル隊長!? ど、どちらへ!?」
「う、うるせぇっ! お前らはあのオークの足止めをしろ! やれっ! やれぇ!」
「「「えぇぇぇぇぇぇっ!?」」」
「そ、そんな! 無茶ですって! 置いて行かないでくださいぃ!!」
すっかり少なくなってしまった部下とともに、あわてて村の奥の方へと走り去っていく。
逃げ出したように見えるが、なにやら企んでいそうな捨て台詞を残していったな。
あの男が、これくらいで諦めるようなタマだとは思えない。
しかし、この場から撤退してくれたのは好都合だ。今のうちに村の人たちも助けよう。
俺は後方に目をやった。
一か所に集められた村の人たちの周囲にいる騎士団員にターゲットを絞る。
逃げ出したマルゴルについて行きそこねた騎士団員が、まだ二人いた。
抜刀こそしているものの、オークである俺を恐れているのか剣先はこちらを向いている。
だが「村を守る」と宣言した以上、村の人たちを人質にでも取られたら厄介だ。
まずは彼らの安全を確保する必要がある。
そう考えた俺はぐるりと振り返り、勢いよく地面を蹴りつけて飛ぶ。
大きな音とともに跳ねた巨大な緑色の身体は、一瞬のうちに男の目の前に飛び込んで行った。
二人のうち最初に標的にされた騎士団員の男は、突然目の前まで迫って来た俺に驚き大慌てでその身を構えなおす。
「ひっ!? こ、こっち!? なんでこっちに!? ひっ、ひいいぃぃぃい!?」
あたふたと握りなおしている両手剣は、余計な装飾など付いていない非常にシンプルなデザインの剣だ。
長い柄を両手で支え、太い両刃の刀身をこちらに突き付ける。
だが、長い刀身が災いして手の震えが思いっきり刀剣の先まで伝わっている。
怯えているのが一目で丸わかりだ。
「なんで、って……そりゃお前が村の人たちに悪さをしないようにだブウウウ!!」
「ひいっ!? う、うわぁぁぁああああ!!」
実戦経験があまりないのだろうか、完全に腰の引けた騎士団の男はがむしゃらに剣を振り下ろしてきた。
見た目からして非常に重たそうな両手剣だが思った通り、振り下ろされる剣先の速度はかなり遅い。
はたしてこんな遅い剣筋で、戦いの役に立つのだろうか?
俺は敵ながら心配になってしまった。
十分に見切った剣の軌道に合わせ、俺は牙製棍棒を横薙ぎに払う。
分厚い刀身の側面に当たった棍棒は、振り下ろされようとしていた剣を真横からはじき飛ばした。
金属が弾ける鋭い音と共に、闇夜に散る火花。
吹っ飛ばされた大きな両手剣はブルンブルンと回転しながら飛んでいくと、遠くの地面に突き刺さる。
騎士団の男は剣を叩かれた衝撃で目を瞑ってしまったようで、いつのまにか一瞬にして武器を失ってしまったことに愕然としているようだった。
手ぶらになってしまった自分の両手を凝視したあと、恐る恐る俺の顔を見上げる。
絶望の眼差しを向ける部下の男に、俺は満面の笑みを返してやる。
だが、当然これは慈悲の笑みなどではない。
切りかかって来た奴に、容赦などしてやるものか。
「こらぁ~~! そんなデッカい刃物を振り回しちゃ~~~! 危ないブウ~~~!」
「ちょっ、待っ……!? ひいぃぃいっ!?」
俺は丸腰になった男の太腿をガシリと鷲掴みにすると、ぐいっと上へ持ち上げた。
鎧を着た男の体重を腕一本で持ち上げるオーク。
その光景に近くにいた村人たちからは、わぁっと声が上がる。
「どおおおおりゃああああああああああああああ!!!!」
「ひっ、ひいいいっ!? ひぎゃあああああああああああああああ!!!!」
そのまま腕をブンブンと回して男を人形のように振り回すと、近くにいたもう一人の騎士団員の男めがけて放り投げた。
「飛んでいけブウウウウウウウウウ!!」
「ひぃッ!?」
「なぁっ!?」
理想の投球フォームで投げる、サイドスローだ。投げられたのはボールではなく人間だけど。
かなりのスピードで直撃した男たちは、ぐしゃりという金属の鎧がぶつかる音をさせた後そのまま畑に続く坂の下へと吹き飛んで行ってしまった。
「ぐええええええええぇぇぇぇぇぇっ……!!」
「ぎああああああああぁぁぁぁぁぁっ……!!」
暗闇の中にフェードアウトする二人。
しばらくすると、ぼちゃんという水音が聞こえた。
畑側の坂を転げ落ちたあと、坂の下にあった畑用の用水路に落ちたようだ。
よしよし、これならしばらくは上がってこれまい。
あれ? 待てよ?
金属製の鎧を着たまま水に落ちたということは、水深次第ではそのまま溺れ死ぬかもしれないが……。
……まぁ、いいか。仮にも王都の騎士団様だ、自分たちでなんとか脱出するだろう。
これで村の人たちを捕らえていた連中は片付いた。
自分たちを見張っていた騎士団の男たちが居なくなったことで、村人たちは顔を見合わせている。
すると、その中にいたひとりの中年の男が立ち上がってきた。
見覚えのある顔。最初に村に来た時に、俺に剣を向けていた人だ。
「……ゆ、夕方のオークなのか? き、君は、その……」
おそるおそるといった具合で俺に聞いてくる。
俺は口元でニカッと笑みを作り、できる限り明るい声で答えた。
「助けに来たブウ! 逃げ遅れた人とかいないブウ?」
「え……い、いや、村長とメリア以外の顔はある。村の住人は全員ここに集められているはずだ……」
そう言うと、男の後ろにいた沢山の村人たちは揃ってうんうんと頷いた。
ほとんどの目が、俺の顔を見ている。
だが、その視線は初めて村に来た時に向けられたような恐怖の込められたものではない。
「ここは危険だブウ。これから残りの騎士団の奴らを全員ぶちのめしてくるから、森の中に避難しておいてほしいブウ。怪我して動けない人がいたら、皆で助けてあげて欲しいブウ」
そう言って、俺は村の脇にあるオール樹の森を指さした。
敵の騎士団員がどこにいるか把握できていない村の中にいるより、森の中に居てくれた方が安全だろう。
騎士団の連中は森の中などは歩き慣れていないだろうし、村のすぐ近くの森ならば村の人たちの方が詳しいはずだ。
もし騎士団員に見つかって追われても、逃げ切れるかもしれない。
俺の提案を聞いた村の人たちは皆笑顔になって一人、また一人と立ち上がった。
互いに協力しながら、動けない人は皆で支えながら移動していく。
その中にいた一人のおばあちゃんは「あぁ……オークのひと、ありがとう、ありがとうねぇ」と言いながら、また先ほどまで泣いていたと思われる小さな男の子も「ありがとうオーク! ばいばい!」と言いながら手を振ってくれた。
うんうん、皆無事でよかった。
ちょっと助けに来るのが遅くなっちゃって、ごめんな。
中年の男は、残された村人がいないことを確認して最後尾につくと、こちらを振り返った。
「皆が助かったのは君のおかげだ……君には何と詫びたらいいのか……。言い訳にしかならないが、わ、私はオークをこの目で見るのは初めてだったんだ。恐ろしさを感じるあまり、君には酷い事を……」
ぼそぼそと謝罪を始めてしまったので、俺は男の言葉を遮る。
「ぜーんぜん気にしてないブウ。でもお詫びしてもらえるなら、今度来たときに麦酒を飲ませて欲しいブウ!」
「……えっ? ビ、麦酒?」
中年の男は、突然の要求にきょとんとした顔をした。
「メリアが、デオール村は麦酒が特産品で美味しいって言ってたブウ。これが終わったら是非とも飲んでみたいブウ!」
「は、ははは……そうか、そういう事ならお安いご用だ。まさかオークにうちの麦酒を求められるとは……オークも酔っ払っちまうくらい沢山用意しておくさ!」
「おぉ〜、それは楽しみだブウ。じゃあ気持ちよく飲めるように、村の人たちのこと頼むブウ!」
「ああ……! ……オーク君、本当に……本当にありがとう……」
男はそう言うと、森に向けて避難を開始した村人の列に追いつくよう小走りで駆けて行く。
最初はあれほどまで俺のことを警戒していた人だったが、話してみれば笑顔になってくれていた。
オークだって人間を助ける時もあれば、酒を飲みたい時もある。
そういった俺の人間くささに気付いてもらうことができれば、お互いに理解しあえるかも知れない。
あぁ、本当にこの世界の人間の言葉を話せるようになっていて良かったなぁ。
……なんて、和んでる場合じゃない。
まだその辺にマルゴルの部下たちがいるかも知れない。
マルゴル本人も見つけて、ぶっ飛ばさなければ。
そう思って村の奥に続く道に目をやると、何やら暗がりから人影がやってくる。
騎士団の連中が反撃のために戻って来たのかと思い構えたが、どうやらそういった気配ではない。
歩き方がゆっくり不規則で、まったく警戒している様子じゃない。
どうやら歩きながら何か喋っているようだ。
しばらくすると、二人の姿が現れた。
「へ、へへ……おら、ちゃんと歩け! 半森人め、手こずらせやがって……!」
「離しなさい……! 貴方だってあのマルゴルと一緒に処分されたくは無いでしょう……!」
「うるさい! 俺はマルゴル隊長のもとで副隊長になるんだ!」
あれは確か、マルゴルに叱責されて納税公証人を探しに行かされた部下の男だ。
どうやら腕を掴まれて引っ張られているのが、その公証人らしい。
隠れていたところを見つかってしまったのだろう。
「マルゴル隊長! ご命令のとおり、公証人の女を捕まえてきました! 聞いてくださいよぉ、こいつったら茂みの中に隠れていやがっ……て…………あ、あれっ……?」
マルゴルの命令に従って、頑張って公証人を探してきたんだろうな……。
残念ですが、マルゴル隊長さんはもうここにはいませんよ。
部下の男は仲間が大勢いるはずだった広場がもぬけの殻になり、あろうことかオークが一人ヤル気満々で立っているのを見て固まってしまった。
段々と状況を理解し始めたのか、納税公証人の女の人を拘束したままガチガチと震え出してしまった。
何だか気の毒な気もするが、ぶっ飛ばす方針には変わりはございません。
この納税公証人の女の人も、騎士団に狙われている以上は助けたほうが良さそうだ。
俺は思い切り地面を蹴ると、わずか数歩で二人の前に飛び出した。
「ひッ!? な、仲間は……隊長はどこにぃぃぃい……!?」
「オ……オーク!? も、もしかして例の、喋るオークなの……!?」
騎士団の男に後ろ手で捕まったままの女性は、俺が近づくと目を見開いて見てきた。
初めて見る女性だが、捕まっているところを見ると、この人も被害者なのかもしれない。
誰かに乱暴されたのだろうか、首から胸元にかけての布が破れていてかなりセクシーな状態になっている。
メリアもかなり胸が大きいと思うが、この女性はさらに……うぅうむ、異世界ってすごい。
……って、いかんいかん!
今は戦闘中だぞ! そんな事を考えてちゃいかん!
俺が胸元に見とれている間も、騎士団の男は動けなかったようだ。
背中にはほかの連中と同じように剣を背負っているが、両手で女の人を捕まえているので抜剣できていない。
未だに仲間やマルゴルを探しているのか、キョロキョロしながら震えているだけだ。
目の前に魔物が居るのだから、女の人を放して戦う準備くらいすればいいのに。
納税公証人の女の人は、俺の顔を見上げながらぽっかりと口を開けている。
こちらも不安そうに眉をひそめながら固まってしまっている。どうやらまだ状況が理解できていないように見えるな。
ここは挨拶くらいはしておいたほうがいいか?
「はじめましてブウ。デオール村とメリアを助けに来ました、オークですブウ」
「ほ、本当に喋ってるぅ……! どッ、どうも!? わたッ、わたし、のっ……納税公証人のエッダと、申し……!?」
「あ、エッダさん。これはご丁寧に、どうもどうもブウ!」
「ほっ、本当に喋ってるぅぅぅう!?(五秒ぶり二度目)」
「お、おおぉぉおい、お前ら!? なっななな何普通に会話してんだぁぁあ!?」
何と言われてもな。
ご希望とあらばこの男とも会話してやってもいいのだが、この男さっきからエッダさんにベタベタ触りすぎなのが気にくわない。
こういう奴を見ると、何だか攻撃力があがるような気がするのだが、きっと気のせいだろう。
「おい、お前ぇ……いつまでお姉さんの事を触ってるブウ。レディに対して失礼過ぎるブウ」
「ひぃっ!?」
そう言いながら、俺は騎士団の男と女の人の間に手を入れると、力任せに二人を引き剥がした。
男の方は逃さないように、右手で胴体をギュッと鷲掴みにする。
べコンという鎧が凹む音と同時に、男の顔が締め上げられたニワトリのような顔になる。
どうやら腹部を守っていた部分が潰れてしまったようだ。
「ひゅごッ!? お、ごッ……!?」
「女の人に乱暴するような男はァァァ、最低野郎だブウウウウウウウウ!!!!」
俺は男の腰のベルトに人差し指を引っ掛けると、男を巻き込んでぐるぐると回り始めた。
「ほおおおおおおおお!? ほぎゃあああああああああああぁぁぁぁ!!」
俺は周囲を見ながら、いいタイミングで指を離す。
騎士団の男はハンマー投げの鉄球よろしく斜め上方向に射出されていった。
ひねり回転の加わった男は安定した軌道で放物線を描いて飛んで行き、そのまま広場の隅にあった木の枝に突っ込むとベキベキと音を立てながら枝の中を落ち、最後はベチョッと地面まで落下した。
地面に突っ伏しながら尻を持ち上げたような情けない格好で気を失っているが、ひくひくと痙攣している。
死んでいないようだし、放っておいても大丈夫だろう。
「よーし、これで一丁上がりだブウ」




