第一章 第15話 - 空が燃えるブウ -
「ちっ……シケた村だ。税収は良い村だっていうから期待していたが、何にもありゃしねぇ!」
オークがデオール村を去ってから数刻後。
日常の平穏を取り戻したかのように見えた村は、ふたたび喧噪に覆われていた。
真夜中だというのに、村のあちこちには大量の篝火が焚かれており、赤い炎に照らされた畑は何人もの人間に踏み荒らされたような足跡がついている。
畑を区切っていた柵は無残に破壊され、整然と並んでいた畦は車輪で潰されたような跡が残っている。
何本かの作物は無造作に引き抜かれ、そのまま土の上に投げ出されたままになっていた。
畑の坂道を上った先にある、家々が並んだ中央にある広場では、村人たちのほとんどが集められていた。
そのうち何人かは地面に倒れたまま、周囲の村人たちに介抱されている。
子供の泣き叫ぶ声が響き、女性たちは互いに抱き合うようにして身を震わせているのが見える。
その後ろでは、篝火に照らされてぎらぎらと光る真っ黒い重鎧を着た男たちが、村の民家にどかどかと押し入っては、家財を物色していた。
テーブルは倒され、足の折れた椅子はドアから広場へ放り投げられている。
しばらくすると、大きな袋にパンや干し肉、ワインを入れた男がニヤニヤしながら出てきた。
広場の中央にある岩に腰を下ろした男は、その様子を見て満足そうに声を上げる。
男の後ろでは、火をかけられた納屋が木の爆ぜる音を立てながら燃えさかっていた。
「よォし、いいぞ。まずは食料だ。銀貨や宝石もあったらもってこい。ネコババするんじゃねえぞ、お前らァ!」
まるで戦争のような風景のなか部下たちに対して号令をかけた男は、他の男たちと同じような真っ黒の重鎧を身に着けていた。
ただ一人だけ、首元から背中へと金色の紋章が入った赤黒いマントを羽織っている。
指揮官然とした態度をとるこの男のもとに、ひとりの礼服らしきものを着た女が詰め寄る。
「マルゴル!! すぐに部下に、略奪を止めるように命令しなさい!!」
マルゴルと呼ばれたマントの男はその女の声を聞くやいなや、見るからに面倒くさそうに女の方を見る。
「……これはこれはァ、エッダ殿。いつまでも馬車から下りてこないので、すっかりお眠りになってしまっていたのかと思いましたよ……」
「私を格子付きの馬車で監禁しておきながら、よくもそのような事が言えたものですね……!」
エッダと呼ばれた女は、岩の上に座るマルゴルを睨みつけるように見上げた。
エメラルド色のラインが入った礼服に身を包む彼女は、一見して人間のようだがその両耳は僅かながら先端部が尖った形をしている。
顔にかけられた眼鏡は周囲で燃える炎とともに、怒りに満ちた目を映し出した。
直後、畑の方から鎧を纏ったマルゴルの部下と思われる者が一人、ふらふらになりながら駆け寄ってきた。
全身に鎧を着たまま畑の坂道を駆けあがってきたのか、息をぜいぜいと切らしている。
その姿を見てマルゴルは明らかに不機嫌そうに舌打ちをした。
「ハァッ、ハァッ! ……マ、マルゴル様、すみません……! この女、小用で出せと言うからカギを開けたら……!」
「こォの役立たずめ! こんな奴が小便に塗れようが関係あるか! もう一度馬車に連れていけ!」
「あ、そ……それが、この女……馬車から出たときに、扉にかけてあった錠前を森に向かって放り投げやがりまして…………」
カギが見つからなくて、閉められなくなった、と。
部下の情けない声を聞くと、マルゴルは大きなため息をつきながらゆっくりと岩から下りた。
エッダの後方で小さくなっていた部下は、汗だくになりながら震えている。
目の前まで近づいてきたマルゴルに対し、エッダは怒りを込めて睨みつけた。
「もう一度言います……今すぐ、部下の略奪行為を止めなさい!」
「……納税公証人であるあなたの仕事が遅かったので、代わりに私とその部下が徴税に当たっております。ご心配などされず、どうぞ馬車へお戻りに…………」
「ふざけないで!! これが徴税ですって!? あなた達が今していることは、ただの犯罪です!」
声を荒げるエッダに対し、マルゴルは突然目を見開き怒鳴り散らした。
「えぇぇい、やかましいぞ! 大人しく聞いていればピーピーと喚きやがって! 俺は納税の遅れたこの村で延滞徴収をしているだけだ……貴様のような文官風情に指図される謂われなど無いわ!」
大声を上げると同時に、マルゴルの肩から背中へ掛けられた両手剣の黒い金具がガチャリと鳴る。
実用には程遠い、ごてごてとした装飾品が付けられたそれは、マルゴルの趣味の悪さを物語っている。
「お前をわざわざ連れてきたのは、これが"徴税"の仕事であることを証明するためだ。それ以外に、お前のような女の利用価値など無い、解ったら黙って大人しくしているがいい」
「納税公証人を同伴すればすべてが徴税の仕事になるだなんて、まるで子供の言い訳ですね……! 今すぐダナク村長へ謝罪し、行いを改めなさい! 彼は私の古い友人です……これ以上の不遜な行いは、許しません!」
「許さないだァ? へへ……一体何をどうやって許さねえつもりなのか……聞かせてもらおうじゃねえか……」
マルゴルは荒い鼻息がかかるほどエッダに詰め寄る。
それに対し、エッダは一歩も引かずにマルゴルの濁った瞳を睨み返す。
「この事は、王へご報告します! 貴殿の粗相がついに一線を越えたとあれば、王や騎士団長殿ももはやあなたを野放しにはしないでしょう!」
"騎士団長殿"という言葉が出た瞬間、マルゴルの鼻の穴がひくりと動いた。
彼にとって特別に面白くない人物の名前だったようで、みるみるうちに顔が赤くなる。
「……出来損ないの半森人が調子に乗りやがって……。おい、この女を馬車牢へ放り込め。カギが使えないなら手足を縛って、扉を釘で固定しろ」
「公証人である私を害すれば、どれほどの罪になるか知らないのですか!?」
「勿論、死刑になることくらいは知っている……が、残念ながら俺は罪を言い渡される事は無い……。何故だか解るかぁ? へへへ……」
「う、ぐ……!」
マルゴルは突如、エッダの襟首をつかみ上げて引き寄せる。
指まで覆われた鉄手甲をぐりぐりとエッダの顎に押し当てる。
「そうさ……貴様は今日、街道に現れたという『オーク』に殺された事にすればいいだけだ! 王都には俺たちが責任を持って運んでやるから、棺桶の中で寝ていていいぞぉ! ひゃっははははは!」
「き、狂人め……! こんなずさんな策略、通る訳ないでしょう……!」
「うるせぇ! なら、てめえはオークに殺されたように見えるよう戦鎚で足先から丁寧に潰して殺してやるからな……覚悟しておけ!! 魔法も使えない半森人の分際でいつも俺の邪魔ばかりしやがって……無駄に長い寿命で目障りな職位にいるお前を、いつか殺してやろうと思っていたんだよ!」
もはや犯罪行為を隠すこともしなくなったマルゴルのもとへ、一人の村人が連行されてきた。
広場の中央で突き飛ばされ、地面に伏す。
白髪に白髭の老人……村長のダナクであった。
「ぐぁ……な、何故だ……! 王都の騎士団が、何故こんな事をする……!?」
「あぁっ!? ダナク……! くっ……放せ! この手を放しなさいっ! ああぁっ!」
襟首を掴まれていたエッダは、倒れ込んだダナク村長を見ると血相を変えて叫んだ。
マルゴルが掴んでいた襟元の薄布が破れると、エッダは構わず引きちぎって離れ、ダナクのもとへ駆け寄った。
破れた自分の服など気にもせず、エッダは地面に突き飛ばされたダナクの肩に手を添え、優しく抱き起す。
「あぁ……ダナク……久しぶりに顔を見られたのに、このような形でお会いするなんて……」
「……エ、エッダか……。ワシもだ……数年ぶりに会えたというのに、こんな場面では再会も喜べんな……」
マルゴルの部下に乱暴な扱いをされたのだろう、ダナクは額から血を流し、左肩を押さえている。
その灰色の瞳には、今もめらめらと炎をあげて燃える納屋が写り込んだ。
二人の両脇にはマルゴルの部下が二人、ダナクを突き出すように並んでいる。
マルゴルは指先に残っていたエッダの襟布を振り捨てると、ゆっくりとダナクに向かって近寄って行った。
「何故だと……? やれやれ、物覚えの悪い爺だ……。最初に言った通り、貴様らの住むデオール村は今季の納税義務を果たしていない。俺はその徴税に来た、と伝えたはずだが?」
「こ、今年の税金は騎士団が来てすぐに支払ったではないか! あの袋に入った銀貨は、王から交付されていた額が間違いなく入っていたはずだぞ……!」
「銀貨の袋ぉ~? ククク……」
ダナクの必死の訴えに、マルゴルは鼻で笑ってほくそ笑んだ。
ダナクを連行してきた二人の部下に向かって問いかける。
「おーい、お前ら。さっきからこの爺は俺に銀貨袋を預けたと言っているんだが……誰か見たかぁ? 俺は預かった覚えなど全く無いんだがねぇ、へへへ……」
「な、なん……だ、と……!!?」
「……マルゴル!! あなたという人は……!!!!」
ダナクは愕然として、両脇にいるマルゴルの部下たちの顔を見た。
お世辞にも精悍とは言えない傷だらけの顔の部下は、ニヤニヤとダナクを見下ろしている。
「いいか、よく聞け爺。納税公証人の目の前で渡していない銀貨なぞ、納税の証明にはならん。よって、このデオール村はいまだに納税の義務を果たしていない……。仕方なく俺は、現物で税金を賄えないかと査定してやってるのだ」
「ま、マルゴル……この外道……! それが人間のする事ですか……!!」
あまりにも理不尽な仕打ちにエッダが怒りを爆発させる横で、ダナクは開いた口が塞がらないようだった。
何かを言い放ちたい様子で口をパクパクとしていたが、ついにがっくりとうなだれてしまった。
唇を血が出るほどに噛みしめながら怒りに震え、そして口を開いた。
「…………ワシは今日、とんでもない過ちを犯したわ……。なんと恥ずべき事か……」
ぽつり、とダナクがつぶやく。
「んん? ……あぁ、そうだな。その通り……ようやく解ってきたようじゃないか。お前がもっと早く俺たちの要求を聞き入れていれば、こんな事には──……」
「違うわ、愚か者めぇ!!!!!」
マルゴルの言葉を遮り、ダナクが叫ぶ。
老人とは思えぬ破裂音のような叫び声。
その目は怒りのあまり真っ赤に血走り、ぎりぎりと歯の噛みしめる音が聞こえてくる程だ。
「ワシの過ちは……貴様らのような下賤な騎士団もどきを村に入れてしまった事だ!! 貴様らのようなケダモノより、オーク殿の方がよほど人間らしい心を持った人格者であったわぁぁッッッ!!」
「…………なにィ……?」
ぴくり、とマルゴルのこめかみが動く。
「騎士の風上にも置けぬ外道どもめっ!! 貴様らなんぞ、オーク殿の足元にも及────……」
突如、ダナクの上半身をマルゴルは鉄靴で思いきり蹴り上げた。
「…………ぐおっ!…………が、はっ…………!」
「あぁっ、ダナク……! マルゴル! もう止めなさい!」
背後で燃える納屋の炎に照らされながら、マルゴルは部下二人に指示を出す。
その顔は先ほどまでのニヤニヤした表情とは異なり、冷酷な悪人そのものの顔だ。
「おい手前ェら……そこの半森人のクソ女を拘束しておけ……」
後方へ蹴飛ばされたダナクは顔から落ち、苦痛に顔を歪める。
口の中を切ったようで、顎には真っ赤な血がしたたり落ちた。
マルゴルの指示を受けた二人の部下は、エッダの手首を掴み背中に回して拘束する。
「おい爺……俺たちへの侮辱も聞き捨てならんが……今お前、"オーク"が何つった?」
地面に横たわるダナクの腹を、マルゴルはドスンと踏みつけた。
「ぐはっ!」
「俺たちはなァ……街道に出たってウワサの『しゃべるオーク』もついでに狩りに来たんだ。せっかく中隊規模での遠征だ、いくら知恵のついたオークでも一匹くらいなら余裕でぶっ殺せる。首でも取って手柄にしてやろうと思っていたんだが……目撃証言のあった付近ではオークなんか見つかりゃしねえ。おかげで、もう少し早くこの村に到着できるハズだったのに、すっかり夜中になっちまった……」
マルゴルは踏みつけている足に徐々に体重を乗せていった。
ぐりぐりと踵を捩じり、ダナクの腹部を痛めつける。
「……だが、今のお前の話じゃ、どうやらこの村にも来てるようじゃねえか? んん? どうなんだ?」
「ぐ……ぁぁぁ……!!」
「あぁぁ……ダナク! ダナクッ!!」
踏みつけられるダナクを見て、エッダが叫ぶ。
ダナクは、自分が迂闊な発言をしてしまったことに気が付いた。
騎士団の無法ぶりに頭に血が上り、オークが村に来ていたことを漏らしてしまったのだ。
マルゴルは顔をぐいっとダナクに近付ける。
「そのオークはどこにいる? 何のために村に来た? さぁ、知っている事を喋ってもらおうか……。さもないと、これからもっと痛い目に……」
マルゴルは更に踏みつけようと足を上げた、その時────
「やめてください!! それ以上、ひどい事をしないで!!」
窓ガラスの割れた民家の間から、メリアが飛び出してきた。




