第一章 第14話 - 自らの意思で帰るブウ -
「……よし! ダナク村長! 事情は解ったブウ!」
沈み切った雰囲気の中、急に俺が場違いなほど明るい声を出したので、皆がギョッとしてしまった。
中には咄嗟に武器を構えなおした村人もいたが、俺は気にせず続ける。
「メリア! 俺、帰るブウ! もともとこの村に迷惑をかけるつもりなんて無かったブウ!」
「えっ!?」
泣きすぎて目を腫らしていたメリアだったが、俺の言葉を聞くなり驚いてこちらを向いた。
「お、オークさん! オークさんは迷惑なんかじゃありません……!」
「いや~、メリアにそう言って貰えるのはすっごく嬉しいんだけどブウ……。村長にこうまで言われちゃったら、さすがに空気読むブウ!」
「……オークさんっ! 騎士団なら私が説得します! また私が魔物使いの真似をすればごまかせます!」
「メリア、それは無理ブウ。メリアの演技じゃあ魔物使いじゃないのがバレバレだブウ! たぶん『ウソつけーっ!』って言われて矢が飛んできそうブウ! ハハハ!」
「……え、ぁ……う、うぅ…………」
こんな時に冗談を言ったからか、メリアは困った顔をして目を伏せてしまった。
やはりメリアは、困った顔も可愛い。
見ているだけで笑顔になってしまう。
俺はうなだれたメリアの肩に、やさしく手を乗せた。
「それに……メリア、安心して欲しいブウ。俺はメリアや、この村の人たちにひどい事をされたなんて、これっぽっちも思っていないブウ」
メリアは困惑した表情のまま、顔を上げた。
俺の顔のすぐ近くに、メリアの顔がある。
肩に乗せた俺の手に、メリアの手がそっと重ねられる。
小さな、けれどとても温かな手のひらだ。
「え、な……なぜですか……?」
「村長も、村の皆も、自分たちの村を守っていくために行動しただけだブウ。そして、皆は明日も頑張らなきゃいけない時だブウ。そんなところに俺みたいなオークがいたら、そりゃ~もう邪魔だブウ、自分でもそう思うブウ! ハハハ!」
俺はおどけたような雰囲気で一息に話し続ける。
こういう時は、何でもいいから笑って雰囲気を明るくするに限る。
たとえそれがカラ元気でも、沼の底みたいな空気になるよりマシだ。
沼の底には空気は無いが。
「…………お、オークさん……っく、うぅっ……お、オークさん……うぅぅっ……!!」
メリアは再び顔を伏せた。
俺に手に触れている彼女の柔らかい手が、ふるふると震えている。
俺の言葉に感激している……なんて訳、ないか。
「オークさんっ……! ごめんなさい……ごめんなさいっ……!! うっ、ううぁっ……! うあぁあぁぁぁぁあぁ……!!」
ついにメリアは、大声をあげながら泣き出してしまった。
俺は思わず、彼女の背中に手をまわし優しく抱き寄せる。
彼女の顔を伝っている涙の雫が、俺の首筋のあたりに温もりを残していく。
なんとか最後に笑って別れたかったのだが……。
メリアに負けず劣らず、俺の演技もヘタクソ過ぎたようだ。
俺の本心はメリアと同じように、今にも泣きだしてしまいたいくらいだ。
この世界に落とされ
森で暮らし始めた。
ある日、街道を見つけ
人間と出逢い
そこでメリアを助け
初めは怖がられて絶望し、諦めかけた。
けど、メリアはすぐに俺のことを理解してくれて
わずかな時間だが、今日こうして共に歩いてくれた。
同じように、この村の人たちにも
最初こそ怖がられようとも
話し合い、わかり合い
メリアと同じように、俺のことを理解してくれると願っていた。
受け入れてくれるのではないかという期待があった。
だが、そんなものは幻想だった。
村の人々は俺を恐れ
剣を向け、弓を放つ。
俺がオークだから。
いくら言葉が通じても、この異世界の人間とオークは相容れない。
社会そのものがオークの存在を赦さない。
俺は、この世界の人間に受け入れてはもらえないのだ。
解っていたことだ。
今朝、メリアが住処の洞穴で泣き叫んでいたとき
俺はそう理解していたはずだ。
なのに、俺はいつの間にか期待して、そして拒絶された。
嗚咽を漏らすメリアを見ていると、目の奥が熱くなってくる。
堪えろ、俺。
メリアがこんなに泣いているのに、俺まで泣いてどうする!
笑え!
笑って、お礼を言うんだ!
「メリア、今日は一緒にいてくれて……ありがとうブウ。俺、この世界で過ごした時間のなかで、今日がいっちばん楽しかったブウ……」
「ああぁぁぁぁああぁっ! うわあああぁぁぁああ……っ!!」
号泣しているメリアを、そっと離す。
メリアは両手で顔を覆い、その場に座り込んでしまった。
「もう泣かないでブウ。メリアと話したこと、笑ったこと、絶対忘れないブウ」
俺は最後にメリアの背中をぽんぽんと撫でると、ゆっくりと立ち上がった。
人間の背丈をはるかに超える身長であるオークの俺が直立すると、それだけで周囲にいた村人たちは気圧されたように一歩下がる。
村人たちを一瞥すると、俺はメリアから離れた。
「皆さん、お騒がせしたブウ。そこの人、すまないけどメリアのこと、宜しく頼むブウ」
「え!? あ、あぁ…………」
俺はメリアの近くにいた村人に介抱を頼むと、ニカっと笑って見せた。
笑顔を向けられた村人は恐らく生まれて初めて見たオークの笑顔に驚きを隠せない様子だったが、その顔にはもう恐怖感は浮かんでいないように見える。
初めから、こうしてもっと笑って話せば良かったのかもしれないな。
「ダナク村長、俺はこのまま村の外まで出ていくから、見届けて欲しいブウ」
「……解った。街道までご一緒しよう」
そう言うと、ダナク村長はくるりと振り返って村人たちに告げた。
「他の者は来なくていい、ワシだけで行く。皆、先に自分の家に戻っていつも通りの生活をして欲しい」
俺がオール樹の並ぶ街道のほうへ向けて足を踏み出すと、村長の足音もついてきた。
◇ ◆ ◇
村の入り口から離れ、下り坂の街道に入る。
ほぼ真っすぐに伸びている山道は、相変わらず両脇に大木が並んで生えているため狭苦しく感じる。
真上の空にアメジスト色の月が出ているのだが、今日はこんもりとした雲がいくつも空に浮かんでいる。
それらは時折月の光を遮り、ダナク村長が歩くのを困難にしているようだった。
村長はランタンで足元をしっかりと照らしながら俺のうしろについてくる。
俺はといえば、オークの目は便利なもので、これくらいの月明りがあれば薄暗い山道でも難なく歩けるのだ。
俺はすぐ後ろにいるはずのダナク村長に向けて、口を開いた。
「……ダナク村長。メリアの事を怒らないでやって欲しいブウ。あの子は魔物に村の位置をバラしたかった訳じゃないブウ。本当に本心から、俺にお礼をしたい一心でやったんだと思うブウ」
「……解っている、オーク殿。あの子は……そういう子で…………」
そこまで言うと、村長は急に言葉を詰まらせた。
俺と村長が歩く音が耳に響く。
村長が持つランタンが揺れ、カラカラという金属音が不規則に鳴る。
しばらくすると、ダナク村長のかすれた声が聞こえてきた。
「……オーク殿、すまない…………」
首だけ振り返って見ると、ダナク村長は視線を足元に落としながら立ち止まっていた。
俺はいったん足を止め、ふー、と豚鼻からため息を吐いた。
「……村長ぉ~、謝るくらいなら、最後まで胸張って追い出して欲しいブウ。じゃないと、俺もモヤモヤするブウ」
「本当に……本当にすまない……。情けない話だが、ワシはあの子の泣き顔を見て、今しがた自分がとった行動が村長として正しかったのか、解らなくなってしまったのだ……。あの子を助けてくれたお主を追い出す事が、果たして本当に正しい判断なのか……」
よく見れば、ダナク村長の肩が小刻みに震えている。
寒さや恐怖によるものではないだろう。
この人も、村の皆を守るために村長として正しい行動を探し続けているのだ。
人々にとって恐怖の対象でしかないはずのオークの眼前に立ち、自分の意思をしっかりと伝えてきた。
並の人間ができることではない。
何が彼をここまで厳とさせているのか。
「……ダナク村長。俺みたいな若造が言うものおかしいけど、村長の立場のことも解るブウ。これからもメリアのこと、守ってやって欲しいブウ」
「もちろんだ……。彼女は、幼少の頃から大変な苦労をしてきた子なのだ……。彼女がこの村に来たあの日から、ワシは彼女の親代わりになればと道を示してきたつもりだ……」
あぁ……そうだったのか。
今の言葉から察するに、ダナク村長はメリアと血縁ではないものの、この村で彼女を引き取り育ててきたのだろう。
そんな娘のような存在のメリアが、ある日突然オークを連れてきたとなれば、怒りたくなるのも当然だ。
俺がもし同じ立場だったら、「どこの豚の骨とも知れないヤツが、娘に近付くな!」って言ってるだろうな。
村長として、というのは建前みたいなもので、本当はメリアのことが心配でたまらなかったのだろう。
「明日にでも来るだろう王都騎士団も、どう対応したものか考え倦ねている……。立ち向かうべきなのか、下手に出て機嫌をとるべきなのか。村の皆が不幸にならずに済む選択をする事が私の役目であり……今日こうしてお主を追い出すのも、村のことを考えての事で……」
「はっはっは。こんなしっかりしたパパがいるなら、メリアはこの村にいる限り大丈夫だブウ」
「っ!!…………お、オーク殿……ワシは……!!」
ダナク村長が、がばっと顔を上げる。
その顔には、迷いのような、後悔のような表情が浮かんでいる。
何かを伝えようと口を開けかけたが、俺はそれをピシャリと手で遮った。
「いい、いい。村長、それ以上はもう止めとこうブウ」
何故なら
「俺はオーク、村長やメリアは、人間だブウ。だから村長は決断をした。それで十分だブウ」
俺は先ほどの村人に向けたものと同じように、ニカッとした笑顔を作った
それを見たダナク村長は、ランタンを持つ手をギリッと握ると、何も言わずに目を閉じて天を仰いだ。
「さて、じゃあこの辺まででいいかブウ。村の皆には、オークは間違いなく帰って行ったって言っておいて欲しいブウ」
「承知した。……こんな事を言えた義理でもないが、道中気を付けてな」
「ありがとうブウ、村長。それじゃ!」
俺は軽く会釈をして、ひとりの帰路を踏み出した。
すると、遥か後方……村の方から、駆け足の音が聞こえてくる。
俺のオークの耳にはそれがしっかりと聞こえていたが、俺は踏み出した足を止めることなく歩き続ける。
駆け足の音は、ダナク村長が立っていたあたりで徐々に止まった。
荒くなった呼吸音も聞こえる。
でも、俺は振り返らない。
振り返れば、もっと別れが辛くなることは解っている。
だから、俺は歩き続けた。
「……オークさぁぁんっ!! ありがとう!! ありがとうございましたあぁぁあっ!!」
遠くなっていく村の入り口から、振り絞ったようなメリアの声が聞こえた。
俺は振り向かず、左手を高く上げ、ヒラヒラさせながら月明りの街道を下って行った。
◇ ◆ ◇
どんよりとした低い雲が、アメジスト色の月の光をぼやかす。
幻想的な薄闇に包まれた悲しい夜空の下、俺は住処の洞穴へと帰っていく。
街道を歩き、丘を越え、林に差し掛かり、森を横切る。
デオール村で繰り広げていた喧噪がウソのように、誰の話声も聞こえない帰り道だった。
帰路では夜間であることもあってか、商人や盗賊のような人間もいない。
森に入ったあとも、小動物やモンスターの気配もない。
分厚い皮に覆われた太くたくましい自分の足が前に出る度に、地面を踏みしめるわずかな音が聞こえるだけだった。
(今日は……色々ありすぎて、疲れたブウ…………)
絶大なフィジカルを誇る疲れ知らずのはずの足が、今はとてつもなく重く感じる。
理由は解っている。疲労ではない。
胸の奥にあったわずかな光が消えうせ、その影が全身を重くしているのだ。
恐らく、メリアにはもう二度と会えないだろう。
最後に見たメリアの顔は、泣き顔になってしまった。
俺は、メリアにしっかりとお礼の気持ちを伝えられただろうか。
メリアは俺の事を忘れてくれるだろうか。
メリアは、メリアは────
オークのでこぼこの顔の表面を、涙が伝う。
気が付けばメリアのことばかり考えてしまう。
メリアの事を思うたびに、目から熱い雫が溢れてくる。
俺は手で乱暴に涙を拭う。
痛ててて、畜生……。
相変わらず、この手指は目をこするのには不向きなほど硬い。
見上げれば、俺はいつの間にか住処の洞穴のある坂の前にいた。
今日のことを思い出しながら、何時間も歩いていたらしい。
昼間にここを出てからデオール村に着いた時刻のことを考えると、恐らく今は深夜だろう。
いつの間にかアメジスト色の月はすっかり低い雲に覆われており、星空も見えなくなっている。
この調子だと、朝方には雨模様になるかもしれない。
ここ何日も雨なんて降らない日が続いていたのに、この数日は悪天候に見舞われている。
俺はわずかに見える地面を足でさぐりながら、のろのろと洞穴のある場所まで登っていった。
洞穴に入ると俺は肩にかけていた牙製棍棒を下ろし、入り口の壁に立てかけた。
ふと足元を見ると、壁際に置かれたアームレイの葉の上に、昼間にメリアと食べた果物の残骸が残っている。
皮と種だけになった果物からは、今も甘い匂いが漂ってくる。
木靴の修理に使ったカデンの実も、壺に入ったままになっていた。
出かける前に、あとで片付けようと思ってとりあえず洞穴の隅に置いておいたものだ。
洞穴の奥に入り、シャナブルの葉を敷き詰めた寝床にゆっくりと身を横たえる。
ふわふわとしたいつも通りの肌触りを感じたかと思うと、ふと花の香りのような芳香が豚鼻に入ってくる。
これは、メリアの髪の匂いだ。
この洞穴に、わずか数時間前まで確かにメリアがいた。
その痕跡が至る所に残っている。
時間にしてたった一日。
メリアと過ごした時間は、本当にわずかなものだ。
そのはずなのに、この異世界に転生してからの記憶の中で最も強く、鮮明に脳裏に焼き付いている。
「……はぁぁ……。これじゃ寝られそうにないブウ……」
もう会えないであろうメリアの事を忘れようとするほど、瞼の裏に彼女の笑顔が次々と現れてきた。
ダメだ。
もう忘れろ。
未練タラタラすぎるぞ、俺。
俺はばちりと目を開くと、腰につけたままにしていた革水筒を取り外した。
飲もうとして口を開けたが、ほんの少し水が垂れてきただけで、中身は空っぽになってしまった。
デオール村まで向かっている最中に、思っていたよりも飲用していたようだ。
外は真っ暗に近いが、水だけはこの洞窟内に保存していない。
面倒だが、目の前の川で汲んでくるか。
俺は横たえたばかりの身体をのそりと起こし、再び洞穴から出た。
その時──────
(…………ん……?)
月明りもない深夜の山は、明かりになるものなど殆どない。
にも関わらず、はるか遠くに見える山にかかった低い雲の一部分が、明るく照らされているのが見えた。
最初はわずかに明るい程度だったが、目を凝らして見るとそこはハッキリと明るさを増してきている。
自分の目がおかしくなってしまったのかと思ったが、どうやら間違いない。
雲が赤い光に照らされて、その光は徐々に大きくなっている。
揺らめくような不規則な光。
あれは、もしかして────
「何かが遠くで、燃えているブウ…………?」
そう口に出した瞬間
俺は全身が凍り付くような感覚に襲われた。
この方角、あの距離、あの山────
あの赤い炎のような光の場所にあるのは
間違いない
デオール村だ
オークの直感が、最大級のアラートを発している。
俺は革水筒を放り投げ、入り口に立てかけてあった牙製棍棒を握りしめると、全力で森の中へと走り出した。




