10 ぶちぎれニューハーフ
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「あのさぁ、いいかげんにしてくれる? 何回おんなじところで間違ってんの?」
ショーパブ『マスカレード』で、今日1回目のショーを終え、CAST控室に戻るなり、先輩のマーサさんから怒られた。
マーサさんは、私が入店するまでは最年少だった、「ボクっ娘」ニューハーフである。
少女漫画に出てくる、美少年のような風貌をしている。
「ヘタクソなくせに、なんでボクより前で踊ってんの?」
私が困って「あ、どうもすみません」などと謝りながらオロオロしていると、リエさんが助け舟を出してくれた。
「まぁまぁ、マーサちゃん、エリカちゃんは、まだ入って間もない新人ちゃんなんだから、大目に見てあげなよ」
ホッとしたのもつかの間、こんどはリエさんに「リエ姉まで、この子の肩持つんだ!」と食って掛かる。
「ボクだって、きれいなドレス着てセンターで踊りたいのに、いっつも男の子っぽいカッコさせられてさ。こんなダンスのことなんにも知らない子の引き立て役なんて、もうごめんだよ!」
マーサさんは、そう言うと控室を飛び出してしまった。
「ナナ姉、エリカちゃんをお願い!」
リエさんは、同期のCASTであるナナさんにそう言い置いて、マーサさんの後を追った。
「ごめんね、エリカちゃん。ビックリしたでしょ」
ナナさんは、そう言って私に椅子を用意してくれた。
「とりあえず、落ち着こうか」
椅子に座った途端、なぜか涙がボロボロこぼれてきて、止まらなくなった。
「ゔ、ナナざん、ごめんなざい。……わだじ、ダンズ下手で……」
「エリカちゃんは、ダンス下手なんかじゃないよ」
ナナさんが、私の頭を胸に抱きよせて言った。
「エリカちゃん、ウチに来てずっと頑張ってたもんね」
思い返せば、私は実の母親の胸に抱かれた記憶がない。
ナナさんの胸は暖かくて、「なんだかお母さんみたいだ」と思った。